今、ここに在ること  by (宰相 連改め)みなひ




ACT34

「そうそう、いー感じじゃん。あともうちょっとってところだね〜」
 パチパチと手を叩きながら、閃さんが言った。おれはすこぶる機嫌を良くしながら、結んでいた印を解く。
「やったー。じゃ、今日中に遮蔽結界、会得できる?」
「そうねぇ、できるんじゃない?」
「ほんとー?」
「本当。後はタイミングだけだからね。さすが、愛の力は違うよー」
 にやにやと閃さんが返した。やだなぁ、それ。ちょっとやらしい笑いじゃん。
「愛の力?変なコト言うなよ」
「またまたー、しらばっくれても駄ー目。知ってるよ。昨日あいつ、戻ってきてただろ」
 むっつりとするおれに、先輩水鏡はズバリと切り込んで来た。鋭い。さすが現役「水鏡」だ。
「そうだけど、それと術とはかんけーないじゃん」
「大有りだよ。集中度合はまるでちがうし、何より気の高まりかたが違う。昨日とは段違いって感じだね」
 むくれるおれに、チッチッチッと音を鳴らしながら閃さんは言った。ニッカリと自信たっぷりの顔。どうも、おれに勝ち目はないらしい。
「ちぇーっ。面白くねぇの」
「なんでー?いいことじゃん。いかに『御影』といい関係を築くか。それって、『水鏡』にとっては命にかかわることなんだよ?」
 子供を宥めるように、水鏡の男は言った。自分の言葉にうんうんと頷いている。なんだか、実感あるみたいだ。
「お前さ、『水鏡』の役割って具体的にわかる?」
 ぴんとこないおれに気付いたのか、閃さんは訊いた。
「知ってるよ。『御影』の防御と力の増幅、コントロールだろ?」
 自分の知ってる知識を言う。目の前の顔が、にやりと笑った。
「基本はねー。加えて言えば、『御影』が暴走しないための歯止め。個々に戦闘能力が高い『御影』が、和の国を裏切らない為の監視役も兼ねている。つまり、『御影』の誰かが裏切ったり暴走した時、真っ先にそいつと戦うのは、そいつの戦い方を一番よく知っている『対』の『水鏡』ってことになるの。知ってた?」
「・・・・・知らなかった」
 初めて聞いた。「水鏡」にそういう役割もあったとは。動揺しているおれに、言葉が継がれた。
「まあ、逆に『水鏡』が裏切った時、それを仕留めるのはそいつの『御影』なんだけどね。つまりは、『対』で行動しているってことは、お互いがお互いの監視も兼ねているって言うことなのよ」
「そうか・・・」
 「対」には一緒に協力して戦うという意味の他に、そういう意味もあったのだ。思ったよりも厳しい現実に、おれは衝撃を受けていた。
「どちらにしてもさ、よく考えたら『水鏡』ってすっごく損な役割だと思わない?いわば『御影』の楯であり、力が足りなきゃ『対』の道連れになる。ふつう、こういう状況に追い込まれたら、逃げ出したくなるよな?」
 おれは頷く。確かにそうだ。派手で実質的に行動の指揮権を持つ「御影」と、その裏方とでも言うべき「水鏡」。どう考えてもこちらに分が悪い。
「おまけにこの間も言ったけどさー、『御影』ってみーんなひとクセもふたクセもある奴らばっかしなのよ。おれの相棒みたいに一年ん中危ない奴から、普段はオトナシイくせに、いきなりすっげぇ暴走しちゃう奴まで。『水鏡』ってさ、そんな奴らをうまーく動かしていかないといけないの。そういうタイヘンな役割をさ、なんでみんなやってると思う?」
 自分でも疑問に思うことを訊かれて、おれは頭を抱えた。全然わからない。本当、どうしてなんだ?
「・・・・わっかんねぇ・・・」
「じゃあさ、お前はどーしてあいつの『水鏡』になりたいの?」
 しかめっつらのおれに、先輩水鏡は訊いた。さも興味ありそうに、くるりと茶色の目をまわして。
「どーしてって、最初あいつの『水鏡』になれたら、『御影』に入れるって言われたから」
「じゃ、『御影』に入れるなら誰でもいいんだ」
「違う。決めたんだ。おれは、あいつの『水鏡』になるって」
「ふーん。どして?」
「それは・・・・」
 言葉に詰まってしまった。他の誰でもない、昏の「水鏡」になりたい理由。
 あいつがすごい力をもっているから?
 「御影」に入りたいから?
 昏一族だから?
 あまりよくない頭で、考えつくだけのことを挙げてみる。でも、どれもピンとこなかった。
「言わなくていーよ」
 フル回転で頭を使うおれに、にっかりと笑いながら閃さんが言った。優しい顔。まるで、子供に見せるそれのような。
「おれに言わなくてもいいから、そいつは後でゆっくり考えな。理由は何でもいいんだ。自分がこいつならって思える理由。それがあるから、みんなやってるんだと思うよ」
 耳に染み入るような声で、童顔の水鏡は告げた。温かい、もう何度目か見ているオトナの表情で。ちょっとかっこよく思えた。
「ちなみにおれの場合はねー。すっごくタチの悪い奴だけど、あのオッサン、おれキライじゃないんだ。金払いイイし。他の奴じゃ無理だと思うんだよね。あれのお守りは」
「それが理由?」
「そう。これがおれの理由。だから何でもいいって言ったでしょ?要は自分さえ納得できりゃあいいのよ」
 からからと楽しそうに、先輩水鏡は言った。胸を張って、どこか誇らしげに。やっぱり、かっこいいと思った。
「ま、お前はお前の理由を見つけな。なんか、きっとあるから」
「うん」
 肩をポンポンと叩かれて、やるぞーと奮起した。宿題を出された気分。これだけは片付けなくちゃいけない。正式にあいつと「対」になるまでに、きっぱりとおれ自身の手で。
「さあ、休憩はこれまで〜。続き、やっちゃうよ」
 ぱちんと指を鳴らしながら、閃さんが告げる。おれはぐっと唇を結びながら、訓練へと気分を切り換えた。

 翌朝、昏は砦に帰ってきた。砦の人間の避難が出来次第、「昏」の力を使うと告げる。夜半までかかって遮蔽結界を習得したおれと、それにつきあっていた閃さんを叩き起こして。