今、ここに在ること by (宰相 連改め)みなひ ACT33 昏一族の秘密を誰かに話す。 そういう日が来るとは、思ってもみなかった。 ましてや、それが碧であるなどとは。 やはり、この辺りだったか。 風化した岩肌から、俺は前方にあるものを伺った。まばらに生えた低木でうまくカムフラージュしてあるが、明らかにそこは地下への入口になっている。おそらくこの下には、潜伏できるだけの環境が作られているのだろう。 一人だけだな。 微弱に漏れだしている気を感知する。西央の砦から西。莫の国との国境地帯。砦で感じた遠話の痕跡を辿り、俺はやっとここを探し当てたのだ。 術者に連絡されたら面倒だ。 思いながら印を組んだ。外側に遮蔽結界。内側に封印結界。二つの結界を合わせ持って使用した。これで中のものは閉じ込められ、外からは何も見えない。 碧にこれができれば、もっと話は早かったんだがな。 そう思って苦笑した。つい仮定形で考えてしまう。本来はこのレベルまで習得させてから、任務に出るつもりでいた。しかし、何事も自分の思うようにはいかない。 碧という自分の予測外の思考の持ち主と「対」を組むのだ。あらゆる状況に対応できなければならない。ならば、まだまだ自分には経験と修練が足りない。繰り言を言ってる場合ではないのだ。そんな自分を反省しながら、俺は岩陰に身を潜めた。 さて。いつ気付くかな。 心で呟く。極力分かりにくいように、薄く張り巡らせた結界。密に連絡を取っていれば、気付くのはそう時間は掛からない。中のネズミか外の術者か。おそらくネズミが早いだろう。自分の命に直結する危険なのだから。不安と猜疑。痺れを切らして出てきた時に、うまく「操作」してやればいい。強引に中に押し入ってもいいが、大抵こういう隠れ家は外から押し入った場合、中の者が始末されるようになっている。確実に術者の所在を知る為と「昏」の力を逆送させる為、まだ中継物は生かしておきたい。 「碧が遮蔽結界を覚えるのと、競争というところだな」 敢えて声に出してみた。今頃必死で学んでいるだろう、相棒の名前を。 俺があいつの分をこなすことは容易い。けれど「対」でやってゆく以上、ずっとお荷物にするわけにはいかない。何より碧自身が、それを善しとしないだろう。術は自分の身体と心で会得するものだ。助力は出来ても代わりになることはできない。 『今日さ、“銀鬼”について聞いたんだ』 昨夜、思い切ったように碧は告げた。突然の言葉に俺は戸惑う。が、すぐ納得した。碧は今日一日、御影本部の「水鏡」といたのだ。それも銀生と面識のある男と。「銀鬼」を耳にする可能性など、十分にあると思った。 『“銀鬼”って、お前の一族の本当の姿なんだってな』 ひどく神妙な顔で、あいつは言葉を継いだ。白い肌が更に青白く見える。想像がつくのだろう。『銀鬼』が俺にとってどういうものであるのか。固い声と結ばれた唇が、碧の覚悟を伝えていた。 情報の出所を問えば、予想通りの答えが出された。そうかと呟く。「銀鬼」と昏一族。一番核心の部分を知られた割に、安堵している自分がおかしかった。 怖れていたはずなのに。知られたくないが為、敢えて遠ざけようとまでしたはずなのに。その時、俺は落ち着くことができた。諦めとは違った気持ちで。 『俺は碧を信じたのだ』 瞼を閉じて俯いた。 『隠す必要はない』 決心する。 『お前が求めるのなら、言おう』 思いきって口を開いた。全てを話すことに、迷いはなかった。 紡がれてゆく自らの言葉。淀みなく続くそれに、俺は驚きを隠せなかった。一族の犯した過ち。罪。末路。残された俺。話して楽しいことではない。けれど、心が軽くなってゆく。 碧は表情を変えず、じっと話を聞き続けていた。否定。肯定。その表情からは、どちらも見えない。自分は本来の姿を封じられていると告げた時、初めてあいつの目が大きく開いた。見える驚き。次に何を思ったのだろうか。不安がないと言えば嘘になった。あらゆる可能性が脳裏に浮かぶ。それでも俺は話し続けた。 信じること。 曝け出すこと。 自分が碧に出来ることは、その二つだけだと思っていた。 昏一族の力を使い、俺は碧の全てを視た。そんなことをした俺でも、碧は一緒にいてくれる。だから、思った。今度は俺の番だと。俺が全てを見せるべきなのだと。 『お前の一族、なんでそんなことしたんだよ。お互い殺し合うなんてさ』 全てを聞き終えた後、ぽつりと碧は尋ねた。素朴な疑問。何故彼らは殺し合ったのか。わからないと正直に答えた。昏一族の悲劇。今の俺を作り出し、本来の俺を封じる元凶となってしまった理由。これまで幾度も考え続け、未だ答えを見つけ出せない問い。 『でもね、手がかりがないわけではないんだよ』 いつだったろうか、銀生がそう言っていたことがある。 『実は上も“原因”を知りたがってる。どうして“彼ら”が殺し合ったのか。それをつきとめられるのはたぶん、同じ“昏”であるお前しかいない。残念ながら、俺には追えないのよ。だから、いつかお前は対峙しなくてはならない。お前を生み出した者たちとね』 当時の俺は、その話に特に興味を持たなかった。そんなことはどうでもいいと。それを知ったからと言って、俺の「今」は変わりはしないと諦めていた。 『ま、今は駄目だな。どうにも危険が大き過ぎる。取り込まれちゃうかもしれないからね〜』 俺の思考を読んだのであろう、銀生はそう言葉を付け加えた。思えば奴でさえ考えていたのだろう。生粋の「昏」である俺が、「銀鬼」になる可能性を。なのに。 「昏は昏だっ!」 人々が今も怖れていることを、碧は真っ向から否定した。迷うことなく。即答で。それらしい根拠もなく、あいつは断言したのだ。俺は俺だと。胸に、何かが込み上げてくるのがわかった。 いいのだと思った。 碧がいる。 あいつが俺を信じてくれる。 自分にはそれ以上、望みはないと。 『気付いたな』 中の気が僅かに変わったのを感知し、俺は思考を切り換えた。そっと印を組む。これからは任務。あいつと共にある為、俺が乗り越えなければならないもの。 『さあ・・・・出てこい』 じりじりと近づいてくる気を待ちながら、俺はゆっくりと笑んだ。 数分後。 ネズミは穴から這い出し、従順な人形へと「操作」を受けた。 |