今、ここに在ること  by (宰相 連改め)みなひ




ACT30

 ウトウトと微睡むおれの肩を、誰かがゆさゆさと揺らした。
『碧』
 遠話。昏の声じゃん。
『起きろ。碧』
 えー、まだ眠いんだよ。
「ちっ」
 小さな舌打ちと共に、掛けていた毛布ごと身体が抱きあげられた。そのまま飛び上がりどこかに着地する。驚いて目を開いた。
「なっ!」
 言葉を発する間もなく、がばりと抱きしめられた。頬に昏の鎖骨があたる。なんだよ、昨晩チュー嫌がったくせに、これから始めるって?
『お前なぁ、ワガママだぞ!』
 そう言おうとした瞬間、盛大な爆発音が響いた。


「な、なんだよ」
 状況が見えなかった。爆発が起こったことはわかる。音からして、かなり近いことも。でも、音だけだった。風圧も、飛んでくるだろう破片もない。
「ちょっ・・・・離れろよ」
 わけがわからずもがいた。覆い被さる昏の身体を押しのけようとする。何かを確認するような沈黙の後、あいつがスッと身体を離した。
「・・・・・うわっ」
 寝ていた寝台のすぐ横に、局所的な結界が張られていた。中に黒煙とチラチラ燃える火。爆発が閉じ込められている。
「あれ、もしかして・・・」
「たぶんそうだろうな。『ご挨拶』というやつらしい」
 爆発は小規模だった。火ももう消えかかってる。被害はベッドの一部と床が少し抉れた程度。確かに報告の通り。あくまで、そこに人が眠ってない場合だが。
「でもなぜ。昨夜おまえ、結界張ったはずなのに」
「不自然なことじゃない。あれは、俺が砦内を感知しやすくする為のもので、防御を目的とはしていなかった。中のものを外に出さないことを目的とし、外からの侵入には敢えて無防備にした」
「ええっ。それじゃおまえ、もしかしてわざと・・・」
「わざとじゃない。相手が動かないことには、こちらは動きようがなかった。だから、相手に動きたくなる材料を与えただけだ」
 驚くおれに、昏は淡々と答えた。「爆発を待つ」とは言っていたけど、まさか、そこまでやるなんて。
「だけど、被害が出たらどうするんだよ。是清があんなに・・・」
「敵が内部の者であれ外部から来た者であれ、どのみち相手も馬鹿ではない。こちらに動きがあったこと位、十分察知しているだろう。ならば、間違った情報を与えて油断させておいた方がいい。時間稼ぎになる。それに」
「それに?」 
「はっきり言っておくが、もとより俺には被害を出すつもりはなかった。自分の感知域で起こる爆発を、封じ込める自信は十分あった。ただし、今回は寝ぼけて起きないやつがいて、結構ギリギリだったけどな」
「ぐっ」
 思わず息を詰める。バツが悪い。でも起きなかったのは事実。
「・・・・悪かったよ」
 上目遣いで告げた。
「いい。以後気をつけろ」
 途端に目の前の無表情が、満足したような顔になる。ちょっと悔しい。
「行くぞ」
 立ち上がりながら昏が言った。
「えっ、どこに?」
「爆発は起こった。今から別室で対策を話し合う。ここは使えないからな」
「ええっ。いつ連絡とったの?」
「お前が変な勘違いしている間だ」
 さも意地悪そうに、昏が告げた。カッと頭に血が上る。
「あーっ、読んだなっ!」
「大げさに暴れる方が悪い。それに、わざわざ能力を使わなくても、お前の思考はすぐ伝わる」
 大声を上げるおれに、あいつは平たく返した。なんか、かっこわるい。これじゃあおれ、空回ってるじゃんか。
「ほら立て。これからは忙しくなる。妙な事など考えられないくらいに、な」
 ブスくれるおれに、昏は口の端を上げて言った。出口へと歩きだす。
「けっ。性格悪いよなー」
 扉に向かうあいつを、おれはふくれっつらで追いかけた。


「おっはよう。災難だったねぇ」
 昏について入った部屋には、閃さんと是清が集まっていた。
「また被害が増えてしまった。なぜ予測できなかったのか」
「被害って是清、おれ達無事じゃん。心配してくれたの?」
「貴様達のことではないっ。ベッドと床だ!」
 面白がって訊いたら、青筋立てて言い返された。何もそんな、ムキにならなくても。
「でさ。なんかわかったのかな?」
 ピリピリしている是清をよそに、閃さんが本題へと切り出した。昏が口を開く。
「爆発を引き起こすものが、判明した」
「へえ」
「なにっ!本当か?」
 感心したような閃さんの横から、是清がずずいと乗り出してきた。既に目が血走っている。けれど、昏は動じなかった。
「嘘など言う必要が、どこにある」
「早く言えっ。何が原因なのだ」
 更に迫る是清に、あいつは無言で服のポケットを探った。何かを取り出す。卓の上に、小さなものが置かれた。
「なにこれ」
「黒こげだな。よくわからん」
 おれと是清はしげしげとそれを見つめた。ところどころ焼けこげている。何なのか。
「あのさ、これ・・・・・」
「肉片だ」
「ゲッ」
 ぼそりと落とされた言葉に、思わず引き攣ってしまった。肉片って言ったよな。それってまさか・・・。
「安心しな。人間じゃないよ。そこ、小さな足があるでしょ?ほ乳類、ネズミってとこだな。違う?」
 たじろぐおれの横から、閃さんが言った。昏が頷く。再度、おれはその物体を覗きこんだ。やっとで見える前足らしきもの。言われてみれば、そう見えないでもなかった。
「しかしさ、なんでこいつだってわかったんだ?」
 ふと疑問に思って訊いた。ネズミなんてどこにでもいる。偶然、爆発に巻き込まれた可能性だってあるだろうに。
「よく見ろ。普通のネズミに見えるか?」
 憮然と昏に返され、おれは三度目それを見た。何か感じる。焦げた前足のつけ根に、僅かに残るもの。印だ。
「昏っ、これ・・・」
「見えたか。なら、意識を集中させてみろ。感じるはずだ」
 促されるまま集中した。何か感じる。ネズミじゃない。これは人の気。殺気だ。
「昏っ」
「ようやくわかったか。今回の爆発はこの、何らかの方法で体内に印を施されたネズミが、印を発動させられ爆発した可能性が高い」
 淡々とあいつが言った。おれは目を見開く。ネズミに刻まれた印と、その発動だって?
「しつもーん」
 片手を挙げ、閃さんが言った。昏がそちらを向く。
「ネズミの起爆印はわかった。でも、それを発動させたのはどこの奴?砦の内部か外部か、答えによっては今後の対策が変わってくるよ。そっちは判明した?」
 確認するように言葉を重ねる。昏が答えた。
「もちろんだ。爆発が起こった時、砦内部に不審な気の動きはなかった。対して、俺の張った結界に、外部から一本の遠話が侵入した。明確な言葉ではない。特殊な暗号列のようなものだ。そしてその直後、俺達の部屋に複数の殺気が近づいてきた」
「で、爆発が起こったってわけか」
 経過を振り返りながら呟いた。あいつがそれを受けて頷く。言葉を継いだ。
「爆発の後、俺は部屋に散らばった肉片に残留した殺気を感じた。おそらく、これがネズミ達を操る術者のものだと考えられる」
「なるほどねぇ。んじゃ、外部からの遠隔操作っていう線が濃いか」
 卓に肘をつき、頭を手でささえながら閃さんが言った。昏が目で応える。同意らしい。
「しかし、どうすればいいのだ」
 固い声が響いた。是清だ。顔が強ばっている。
「爆発の原因はわかった。けれど、ネズミなど砦のどこにでもいる。しかも、体内に印があるものなど、一匹一匹調べることなどできない」
「そうだよなぁ。無理だよ」
 ぽろりと言ってしまった。是清がキッと睨む。やっぱり迫ってきた。
「無理で済ますとは何事だっ!貴様、腐っても『御影』だろうがっ!」
「まだ研修中だって。それに、おれは『水鏡』だよ」
「そんなことはどうでもいい!なんとかしろっ!」
「うるさい」
 言い合うおれ達を前に、地を這う低音が響いた。昏だ。目が怖い。ひょっとして、怒ってる?
「あっ、昏、怒った?」
「怒ってなどいない。お前は無駄口が多過ぎる。黙って最後まで聞け」
 口では否定しながら、気は怒りを示している。やばいやばい。藍兄ちゃんみたいに逆上されたらコトだ。言われるまま、おれはおとなしく口をつぐんだ。
「それでさ、最後まで聞けってことは、続きがあるんだよな?」
 状況を見計らった所で、閃さんが訊いた。うまい。昏の気がそっちに戻った。
「何かあるんだろう?このネズミ爆弾を仕留める方法が、さ」
 片目を瞑って言う。それを見つめる昏が、こくりと頷いた。