今、ここに在ること  by (宰相 連改め)みなひ




ACT28

 ささやかな会食の後、おれ達は是清から砦に起こっている爆発の詳細を聞いた。
「とにかく、一番の問題は全く予測がつかないことです。爆発の起こる時間も場所もまちまちで、被害者の出ない場合もありました。爆発の規模はそう大きなものではなく、岩壁を抉る程度です。けれど、それが予告なしに頻発するとなると、話は違ってきます」
「まあ、厄介だと言えば厄介だよな」
「確かに」
 渋い顔で報告する是清の言葉に、閃さんも昏も頷いている。おれはといえば、今ひとつわからなかった。
「なあ、訊いていい?」
 四つの黒眼と二つの鳶色の眼が一斉に向けられる。構わず、おれは続けた。
「なんでそんなことすんの?」
 わからないから率直に訊いた。一同の顔がみるみる変わる。呆れた表情になった。
「おいおい、碧ちゃん〜」
「貴様、そんなこともわからんのかっ」
「だってまわりくどいじゃんかっ。やるならバーンと武器庫とかやっちゃえばいいのに」
 ムキになって言うおれに、閃さんは困り是清は真っ赤になって怒った。(何もそこまで怒ることないのに)
 ちろりと昏のほうを見やる。あいつは黙って眼を閉じていた。
「おい昏一族!こいつに説明しろ。お前の手落ちだ」
 すこぶるえらそうに指差し、是清が宣言した。昏がため息をつく。おれの方へと向き直った。
「碧」
「な、なんだよっ」
 怒られるような気がして身構えてしまった。なんだかこの状況、藍兄ちゃんに叱られる時に似てる。
「わかんないから訊いてんじゃん。怒るなよ〜」
「何を言ってる」
「え?」
「今から説明する。よく聞け」
「あ、うん」
 言われてちょっとホッとした。昏、怒ってないみたいだ。よかった。藍兄ちゃんだったら速攻、説教だもんな。
「敵は爆発による砦破壊を狙っているのではない」
 真っ黒な眼を向けながら、昏は言った。
「じゃあさ、なんで?」
「爆発そのものよりも、それによる心理的効果を狙っている」
「しんりてき、こうか?」
 思いっきりひらがなで発音した。だってぴんとこない。おれは首を傾げた。
「爆発が頻発している。いつそれが起こるかわからない。岩壁を抉る程度だとはいえ、巻き込まれたら手足の一本も失うかもしれない。そういう状態になった時、お前はどうする?」
 様子を察したらしく、昏が説明を変えた。噛んで含めるように尋ねる。
「うーん、やばいなって思うよな。いつもより警戒するだろうし」
「それが長く続けば、どうだ?」
「ビリビリ神経質ってのはヤだよな。下手に勘繰る奴も出てくるし。って、そうか!」
 自分の言葉で気付いた。敵は爆発で壊すことじゃなく、内部の人間を追い詰め士気の低下と疑心暗鬼による混乱を狙っている。ちょうど、追い詰められたネズミが混乱して自滅するように。
「わかったかな?」
 頃合いを見計らったように、閃さんが覗きこんできた。おれは頷く。こげ茶色の瞳が、にっこりと笑んだ。
「オッケー。じゃ、続けるよ」
「しっかし、やり方がインケンだよな。こそこそしちゃって。やるなら真っ向から来いって感じ」
「そうもいかないんだよ。向こうさんは自分達が誰だか知られたくない。といってもバレバレだけどね。とにかく、まだ和の国と正式に事を構えるわけにはいかないんだ。だから、こういうセコいことしてくるのよ」
 ぶすくれるおれに、苦笑しながら閃さんは返した。この人、やっぱり人懐っこい。空気を読むのも上手いし。御影本部から来たって言ってたけど、「御影」の人達ってみんなこういう感じなのだろうか。そういえば銀生さんも軽い。
「では、まずはどうされるのでしょうか?」
 是清だった。ちょっと焦ってる様子。奴は語を継いだ。
「実は今回の一件で、我々は十数人からの犠牲者を出しています。その為か、守備兵の中でも不安を訴える者が少なくない。これ以上士気を落とすのは危険だと、長である叔父上も考えています」
「たしかにそうだよなぁ。で?閃さんどうすんの?」
「おれは補佐だからね。昏君、どうする?」
 するりと身を躱された。話を振られた昏が口を結ぶ。少し考え、口を開いた。
「爆発を待つ」
「何っ!」
 是清が乗り出した。
「貴様、そんな悠長なことを!これ以上の犠牲は出したくないと言っているだろうがっ!」
「ならば、何か手がかりがあるのか?」
 激昂する是清に、あいつは冷ややかだ。是清が息を詰める。悔しそうに告げた。
「残念ながら・・・・ない。爆発の後には、爆発物の残骸などない。起爆符も見つかってはいない。怪しいものが運び込まれた形跡もなく、人の出入りも厳しくチェックしている。内部にいる者の手引きもありえると考え、砦の者を監視していたが、それらしい者も見つからなかった」
「では、待つしかないな」
 ぴしり。昏が断んじた。
「お前の気持ちもわかる。しかし、今は情報が不足している。手がかりがないなら見つけるしかない。その為、とりあえず砦全部に網を張る」
「網?」
「結界の一つだ。外部からの侵入は容易にできるが、内部のものを逃がさない性質を持つ。それで、結界内部のどんな小さな気の動きも感知しやすくなる」 
「封印結界ってこと?でも、砦全部となると、結構な広さになるよ。それに、結界の存在が気付かれるかもしれない」
 閃さんが口を出した。昏がちらりと目を向ける。「問題ない」と答えた。
「封印結界自体に、カモフラージュとして遮蔽結界を重ねる」
「カーッ、やるねぇ。さすが昏というか、術の規模が違うよ。ホント、『水鏡』いらないよな」
「わるかったね」
 ムッときて言った。事実そうかもしれない。そんなことわかってるけど悔しい。おれは閃さんを睨んだ。
「ごめんごめん。怒った?今の失言。取り消すよ」
「あったりまえだよ」
「なんせ最強と謳われた昏一族だからねぇ。ついつい言っちゃったのよ」
「『水鏡』は必要だ」
 ぼそりと声がした。びっくりしてそちらを見る。昏だった。
「碧は未熟だが、ことパワーにおいては俺に匹敵する。数少ない俺の水鏡候補だ」
「昏っ」
 途端に嬉しくなる。そう言うってことは、ちょっとはおれのこと認めてくれたってことなのだろうか。今までの不愉快もふっ飛んだ。
「そうかー。『御影』であるお前が言うんだったら、申し分ないわけだよな。改めて謝罪するよ。これ、お詫び」
 閃さんはごそごそと任務服を探り、ついと何かを差し出した。手のひらのものを確認する。あ、飴だ。
「あーっ。これ、カプサイ堂の激辛唐辛子飴じゃん!」
「お、知ってるんだ」
「うん。これって、本場夏氏自治領の唐辛子使ってるんだよな?何でもカプサイ何とかが入ってて、ダイエットに効くって話。都でバカ売れしててさ、なかなか手に入らないって一葉が言ってた!」
「そうそう、それよ。女って変なもん好んで食うよな。おれはこういうのお断わりだけど。で、いる?」
「いるっ!一度食ってみたかったんだ!」
「じゃあ、はい。これで今の帳消しね」
 ころりと飴が二個手渡された。赤い唐辛子の飴。食べもので釣られた気がしないでもないけど、ちょっと得したのでよしとした。
「さて、おれと是清は何をすればいいの?」
「情報収集を頼む。できれば、是清と実際に砦を回って欲しい」
「オッケー。できるだけ細かく回ってみるよ。是清ちゃん、宜しく」
「よろしくお願いしますっ」
 あいつの指示で任務は動きだした。細かい打ち合わせは次々と決まり、それぞれが行動開始ということになった。