今、ここに在ること  by (宰相 連改め)みなひ




ACT27

「さすが昏一族って言いたいけど、その物騒な印は頂けないよな」
 破砕印を組む昏に、歪んだ壁の中から出てきた男は言った。短い栗色の髪に鳶色の瞳。にやりと弧を描く口元。年は藍兄ちゃんくらいか。
「曲者っ!」
「何者だ」
「怪しい者じゃないよ」
 是清の叫びを無視して、男は昏の問いに答えた。敵意や殺意は感じない。しかし、こいつが潜んでいたというのに、おれと是清は気付かなかった。
「おれはね、正真正銘の『御影』。役目は『水鏡』の方。桧垣閃(ひがき せん)っていうんだ。よろしくな」
 警戒全開で見つめるおれ達に、閃という人はにっかりと笑った。更に不審は募る。この軽い男が「御影」だって?
「あっちゃー、全然信用してないだろ。一応、補佐しに来たのになぁ」
 頭に手をやり、男は困っている。変なの。困るのはおれ達の方なのに。
「補佐とはどういうことだ」
 昏が訊いた。閃と言う人がくるりとこちらを向く。先程と同じ、人の良さそうな笑顔で答えた。
「実はね。西央での爆発騒ぎは、最初は御影本部に依頼がきてたんだ。それを、銀生さんがおまえ達用に取ってっちゃったの。でもおまえ達、いくら強大な力を持ってるって言っても、まだ『対』と認められる前の訓練生だしねぇ。危険度が高いって御影本部は心配したのよ。だから、おれが派遣されたの。『御影』として未熟なおまえ達の補助と、指導目的でね。あ、そうそう。これは銀生さんも知ってるから」
「あいつが・・・」
「そう。これでちょっとは信じたかな?」 
 鳶色の目をくるくると動かしながら、閃と言う人は言った。軽そうな雰囲気だけど、きっちりと話に筋が通っている。
「お前が『水鏡』ならば、お前の『御影』はどうした。普通、御影と水鏡は一対のはずだ」
「おれの『御影』?そいつなら御影宿舎でお留守番してるよ。今頃、きれいなお兄ちゃん縛ってるんじゃないかな。好き者だし」
「はぁ?」
 おおよそ考えつかなかっただろう言葉に呆れてしまった。きれいなお兄ちゃんだって?縛るって?
「ま、子供には早かったかな。そういうイケナイ趣味の男なんだよ。目のおっきな子が好きでね〜。おまえなんて好みだと思うよ」
 ひょいと指を差された。絶句する。なんか、妙に寒気。
「まだ疑わしい?なら、頭の中覗いていいよ。見せられる情報は見てくれていい。まあ、本当の姿のおまえにゃ、ガードしきれないだろうけどさ」
 バシバシに険のある目つきの昏に、にこにこと笑いながら閃という人は言った。おれはちょっと感心する。ひょっとしたらこの人、すごいかも。
「いいんだな」
「もちろん。・・・・・・な?わかった?」
「・・・・ああ」
 数瞬の間を置いて、昏とその人とで話がついた。どうやらあいつが力を使ったらしい。目が蒼くならなかったから、ごく僅かしか使ってないのかもしれないが。
「どういうことだ!」
 ただ一人、事態を全く読み取れない是清が叫んだ。すでに刀を抜いている。危ない。こいつ切れかけてる。
「うわっ、なにしてんだよっ」
「あらら〜。仲間はずれがイヤだったかな」
「無謀だな」
 逆上寸前の是清に、おれ達三人は呆れた。やれやれ、どう説明したらいいものか。
「さては貴様らつるんでいたのか。説明しろ!事と次第によっては切り捨てる!学び舎の同窓であろうと容赦しない。覚悟しろ!」
「え?誰と一緒なんだよ?」
 意味不明で聞き返した。是清が答えるより早く、ぽつりと声。
「俺だ」
「えっ、昏なの?」
「そうだ。奴は『御影』クラスにいた。お前も戦ったはずだ」
「ええーっ?覚えてないよ。おまえよりすごい奴、いなかったもん」
「五月蝿いっ!!」
 昏とおれの会話が、相手を更に刺激したらしい。一触即発(と、言っていいのだろうか)の危機だった。その時。
「あのさ。こーいうの、見たことある?」
 小首を傾げながら、閃と言う人がぴらりと一枚の紙を見せた。途端、是清の目が倍くらいに大きくなる。がしゃりと刀を落としてひざまづいた。
「しっ、失礼いたしました!」
「あ、知ってた?よかった〜」
「・・・・なあ。あれ、何?」
 勝手に収まってる是清を横目に、おれは昏に訊いた。昏がちらりとこちらを見る。眉間に縦ジワで言った。
「あれは命令書だ。正式な御門印と御影長印があるから、本物だな」
「おおーっ。じゃ、ほんとの『御影』じゃん!」
「だからそう言っただろう。お前、俺の力を忘れたか」
「いや、忘れてないけど繋がらなかった」
 へらへらと笑って誤魔化すおれに、昏は痛そうにこめかみを抑えた。がっくりと肩を落としている。まあまあ、そう落ち込むなって。
「なあ、もういいかな?」
 おれと昏との間に、「御影」だという男は割り込んできた。おれは首を傾げる。目の前の人が、困ったような顔をした。
「おれ、怪しくないってわかったか訊いてるんだけど。どう?」
「あ、うん。わかった。正真正銘、『御影』なんだろ?」
「そうそう。よかった。ホッとしたよ。お前たちと戦うなんて、どう考えてもヤだもんね」
 ぺろりと舌を出して言う。この人、かなり年上だと思うのに子供みたいだ。そのせいか、気が弛んでしまう。
「でもさ、どうして隠れてたんだよ。おれ、あんたがいるのわからなかった」
「まずはどんなもんか見てみたかったのよ。何せ『昏』と『桐野の鬼子』だからね。姿が見えなかったのは遮蔽結界っていうの。『水鏡』には必須。たしか、お前が『水鏡』だよな。なら、これも教えなきゃね」
「教えてくれるの?」
「ああ。銀生さんに頼まれてるんだ。本物の『水鏡』見せてやれってさ」
「余計なことを・・・」
 ぼそりと声がした。昏だ。ちょっと怒ってる。やっぱり銀生さんが絡むとイヤみたいだ。
「まあさ。ちゃんと素性が分かったところで、アレ食べない?二人前だと多過ぎるし、おれも腹減ってんの」
 閃さんが指差すその先には、おれ達の食べかけていた食事が鎮座していた。しっかり空腹を思いだす。そうだ。まずは食事だ。
「食べようぜ」
 隣の昏を促す。あいつは不本意な顔ながらも食卓についた。おれも閃さんも食卓につく。
「な、おまえもどう?この際、仲良くいこうぜ」
「はっ、失礼します!」
 閃さんの誘いで是清が席についた。がちがちに緊張している。
「食べおわったら任務の話ね。いいかな?」
 嬉々として食べ物を口に運びながら、助っ人の「水鏡」が訊く。訓練生二人と砦の新入り一人は、行儀よく頷いた。
「んじゃ、さっさと片付けようぜ」
「よーっし、食うぞっ!」
「貴様一人の為に用意したのではないっ。こらっ!肉ばっかり食うな!」
「おまえってさ、伯爵家のくせにセコいな」
「失礼な!」
「・・・・・・(ため息をつく昏)」

 任務を前に食卓を囲む。
 言い合いばかりしていたけど、なんだか楽しい時間だった。