今、ここに在ること  by (宰相 連改め)みなひ




ACT26

 おれ達に与えられた任務。
 それは、和の国西端にある砦の一つ、西央の砦で起こっている小爆発の原因解明と根絶だった。


「よく来てくれた」
 西央の砦の長、春日清正と言う人が言った。おれは少なからず驚く。なぜなら、おれは和の国では鬼子とされる外見。自慢じゃないが、初対面で好印象を与えた経験はない。それに加え、昏は知る人ぞ知る(おれはよく知らなかったが)昏一族。当然、いい顔はされないと思っていた。だけど。
「まずは旅の疲れを癒すがよい。部屋を用意させてある」
 長の態度は妙に友好的だった。長以外の人々の視線はいつも通り、嫌悪や蔑みなのに。実はこの清正って人、本当にいい人だからかもしれないけど、ちょっと慣れないから戸惑ってしまった。
「では案内を。是清」
 呼ばれて黒眼の青年が立ち上がった。長い黒髪を藍兄ちゃんみたいに後ろで一つにまとめている。年はおれたちと同じくらいか。
「貴様が来るとはな」
 是清とか言う奴はおれ達の前に立ち、昏を睨み付けていた。おれは目を見開く。あれ?知り合いかよ。だけど昏は無反応だった。ただ、無表情に見返している。
「だんまりか。さすがは和の国最強を誇る昏一族だ。砦の守護の者ごときには、口をきく必要はないということか」
「なんだと!」
 かちんときて言った。奴がじろりと睨む。なんだよこいつ。感じ悪い。
「黙れ。お前に言っていない」
「おまえたちの手に負えないから、おれ達が来たんじゃないか!だのに、なんでそんなこと言われなきゃならないんだよ!」
「無礼な。俺を春日是清と知っての言葉か」 
「春日?知らねぇよっ!」
 大きく言い放った。奴が驚いたような顔をする。
「春日伯爵家を知らぬだと?外見通り下賎な・・・・そうか。お前、桐野の鬼子だな?」
 にやり。見慣れた表情。目の前の男が、馬鹿にしたように笑った。
「だから、なんだってんだよ!」
「桐野の教育も大したことはないな。春日家も教えぬとは」
「何をっ」
「時間の無駄だな」
 ぼそりと声がした。びっくりして振り向く。昏だった。
「俺は無意味な話をしに来たのではない。任務を遂行しに来たのだ」
「『昏』がっ!」
「是清」
 ぴしりと声が響き渡った。奴がはっと上座を仰ぐ。砦の長がこちらを見ていた。
「見苦しいぞ」
「しかし、叔父上」
「春日の名を受け継ぐ以上、その名に恥じぬ振る舞いを心掛けねばならぬ。是清、それのわからぬお前ではあるまい?」
「はっ・・・・申し分けありません」
 おだやかに諭され、奴が俯く。悔しそうな顔。ざまあみろと思った。後ろの昏を見る。昏は変わらず無表情でいた。
「その方ら」
 砦の長が言った。
「すまぬな。よく言い聞かせておく。ともかくは休息を。その方らには是清をつけるゆえ、細かい話は甥より聞いてくれ」
「承知」
 長の言葉に、昏が軽く頭を下げた。おれもそれに習う。砦の長に促され、是清とかいう奴が案内に立った。おれ達は後に続く。広間を去りかけるその時。 
「昏」
 長が再度呼んだ。あいつが振り向く。上座を見上げるあいつに、春日清正は目尻の皺を深くして言った。
「大きくなったな。頼むぞ」
「はい」
 あいつは少しだけ穏やかな顔で返事し、軽く会釈した。長もこくりと頷く。昏はくるりと身体を返し、おれの横にぴたりと着いた。
「知ってんの?」
 ひそひそと訊いてみる。
「ああ。三年前、ここに来た」
 それだけを答え、昏はスタスタと歩いていった。おれは慌てて追いかける。是清とかの案内のもと、おれ達は別室へと向かった。

 
「滞在中はこの部屋を使うがいい。足りないものがあれば、早いうちに言え」 
 部屋におれ達を案内し、春日是清は憮然として言った。部屋には食事が用意されている。都より三日歩き通しだったおれ達には、それはうれしいもてなしだった。
「やった!おれ腹減ってたんだ。昏、食おうぜ」
 是清とかいう奴を無視して、おれは食卓についた。昏も無言で食卓につく。二人、箸を手に取り、黙々と食べはじめた。
「今回は特別だからな。これは叔父上が言うから用意させたんだ」
 水をコップに注ぎながら、是清が言った。不本意丸出しの表情。
「叔父上も人が良過ぎる。どうしてこのような輩に・・・」
「そりゃあ、おれ達トクベツだからじゃん!」
 ちょっとからかってみたくなった。是清の顔が真っ赤になる。やっぱりがなりはじめた。
「貴様っ!人が下手に出れば、つけ上がりおって!」
「怒鳴るなよ。唾飛ぶだろ。きたない」
「汚いだと!この俺が誰だか・・・」
「何度も言うなって。春日だろ?え!春日って、ほのかと同じっ!」
 名字で思いだした。おれが知ってる唯一の「春日」。それは、学び舎の「水鏡」クラスにいた、一葉の友達の春日ほのかだった。
「なんで貴様がほのかを知っている!」
 是清が怒鳴った。なぜだろう。怒り度数が上がっているような気がする。
「ほのかは俺の大切な妹なのだぞっ!なのに、何故だっ!」
「え-------っ!あいつ、お前の妹なの?」
 びっくりして聞き返した。なぜなら、おれの知ってる春日ほのかとこいつは、似ても似つかなかったから。
「おまえとほのか、全然似てないじゃん」
「二卵性だ!言えっ!どうしてほのかを知っているっ!」
「学び舎で一緒だったんだよ。あいつ、いい奴だよな。よくクッキーとかケーキとかくれたんだ」
「何ぃ!ほのかのクッキーだとっ!」
 なんだか怒りの論点がズレてきている気がする。けどまあ、面白いので更に言い重ねた。
「ほのかのクッキー、うまかったよな」
「貴様!俺でもたまにしか食えぬのに・・・」
「ふーん、そうなんだ〜」
「うるさい!」
「いい加減、出てこい」
 ぎゃあぎゃあ喚くおれと是清をよそに、沈黙していた昏が立ち上がった。驚いてあいつを見る。昏は片手で印を組み、壁の一部を睨んでいた。
「なあ、どしたの?」
「昏一族、何事だ」
「力ずくでその結界を剥いでやってもいい。そうして欲しいのか?」
 おれ達の問いをまるきり無視して、昏は壁を見つめ続ける。しかし、何もない。不審な気も感じない。ちょっと心配になってきたその時、あいつが見つめていた壁の一部がぐにゃりと歪んだ。
「昏っ!」
 驚いて立ち上がる。
「下がっていろ」
 昏はおれの前に立ち、印を組んだままでいる。しばらくして。
「怖いねぇ」
 張りのある声がして、歪んだ壁の一部から、男が一人現れた。