今、ここに在ること by (宰相 連改め)みなひ ACT15 夢を見た。 どうして夢なのかと言えば、おれはまだ小さくて、隣に斎兄ちゃんがいたから。 「わかんないんら(だ)ようっ!」 夢の中のおれは泣いていた。ただ悲しくて、どうしようもなかった。 「碧、ゆっくり考えてみろ。でないと本当に何もわかんないぞ?」 優しく諭すように、斎兄ちゃんが言う。 「ら(だ)ってわかんないんら(だ)もんっ。寝てて、起きたら悲しくなってたんら(だ)。おれ、ひとりら(だ)ったもんっ」 説明はつかなかった。どうしてこんなに寂しいのか。目覚めと共に感じた不安。抑えられない悲しさ。泣き続けるおれに、斎兄ちゃんは根気よく問い続けた。 「どうしてひとりなんだ?おまえには、藍兄さんやおれがいるだろ?みんなもいるじゃないか」 「違うもんっ。兄ちゃん達ぢ(じ)ゃないっ」 「じゃあ、誰なんだ?」 「ち(知)らないようっ!」 叫んで、おれは更に悲しくなった。あいつだ。あいつがいない。おれは一人になってしまった。それが、とても辛いと思った。 「しょうがないな。ほら、これ食って落ち着け」 目の前に何かが差し出された。しゃけの握り飯。それは、おれがかんしゃくを起こして逃げ出した時、必ず斎兄ちゃんが食べさせてくれるものだった。 「あー、しゃけだあっ」 「もう泣きやんだのか?おまえ、本当に食いもんに目がないな」 困ったような顔で、斎兄ちゃんが笑う。おれはなぜだかほっとして、握り飯にかぶりついた。 くっそう、ひどいめにあった。 夢の次は現実だった。ずきずき。ずきずき。全身が疼いている。特に下半身は冗談じゃなく重だるくて、自分のものとは思えなかった。 ちくしょう。いっつもすました顔してるくせに、とんでもないことやりやがって。 こんなめに会わせてくれた犯人を思いだす。おれの御影予定の奴。昏。 見てろよ。ただじゃすまさないからな。 固く心に誓う。実力はだいぶんとあっちが上だし、今のところ勝てるメドはないのだが。それでも泣き寝入りする気はなかった。 ぐう。 復讐を誓うおれをよそに、元気よく腹が鳴った。どれだけ手足がだるくたって、胃袋には関係ないらしい。ちょっと情けなくなった。 ぐぐう。 心持ち落ち込むおれを無視して、胃袋は追い打ちを掛けた。仕方ないと諦める。とにかく、空腹を埋めるのが先だと思った。 「はらへったー」 布団の中から主張した。あいつが家に帰ってきたのは知ってる。気配を消していないから、おれのすぐ近くにいることもわかった。布団から顔を出し、ごそごそと這い出る。なんか言ってやらねばと思った。 いいにおい。 昏にイヤミの一つも言うつもりだったおれは、そのにおいに惹きつけられてしまった。これは、もしや。 あそこだ。 二メートルほど離れた入口の近くに、ビニール袋が置いてあった。間違いない、においのもとはあれだ。 痛てっ。 起き上がろうとして、背すじに痛みが走った。動けない。思わず顔を顰める。 何だよ。食べられないじゃん。 無性に腹が立ってきた。おれはひどいめにあったのに。こんなに腹が減ってるのに、腹を満たすことさえできない。あんまりだと思った。 がさり。 一人で怒っている間に、目の前に袋が置かれた。何だと見やる。昏だった。 ふん。 一瞥して、おれは視線を袋に移した。こんなもんで許したわけじゃない。けれど、空腹には勝てない。まず何か食べたかった。 ガサガサと袋から中身を取り出す。取り出したものに言葉が出た。しゃけの握り飯。それは斎兄ちゃんと同じ、飯に細かく砕いたしゃけを混ぜこむ方法で作ってあった。 ぱくり。 握り飯にかぶりつく。黙々と口を動かした。まだ温かい飯の味。塩のきいたしゃけの味。胃の中へと落ち込んでゆく。徐々に空腹が充たされていった。 「なあ」 三個目を食べ終わったところで、おれはあいつを振り向いた。覚悟したような、黒い瞳とぶつかる。 「これ、おまえの驕りだよな?」 先手を打ってやった。あんなことされてしまったのに、飯代なんて払うか。奢って当然だと思った。 「驕って、くれるんだよな?」 更に念押し。昏が僅かに頷いた。動揺したように揺れる目。いい気味だと思った。 「じゃ、四個め食うぞ」 宣言して、おれはまた握り飯を詰め込んだ。できるだけ食ってやる。いや、全部食ったっていい。 六個目の握り飯を平らげて、やっと胃袋が満足した。ふと訓練のことを思いだす。訓練だと?こんな身体でやれるか。 「銀生さんに言っといてくれよ」 強気で言った。 「今日、訓練休むって」 昏は黙って聞いていた。おれはあいつを見据える。視線なんか逸らすもんか。 「ああ」 視線が逸らされ、昏がぼそりと応えた。はん、逃げたか。おれはそっぽを向き、布団の中へと潜り込んだ。 「握り飯は・・・全部食っていい。十個買ってきた」 当たり前だよ。ご希望通り、全部食ってやるからな。 「この家に鍵はない。結界も解いて行く」 いつでも逃げろってか?馬鹿にするな。 ぼそぼそと告げて、あいつは玄関へと向かった。ぴしゃりと戸の閉まる音。気配が遠ざかっていく。 行ったな。 布団の中で感じた。もそりと顔を外に出す。部屋を見回した。 昏の家。だだっ広くて質素で、おおよそ生活臭のない家。 絶対、出ていかないからな。 意地になって思う。いくらおれがきっかけとはいえ、こんなめに合うのは解せない。だからといって、尻尾を巻いて逃げるなんてもっといやだ。毒を食らわば皿まで。ここに居座り続けてやる。「昏」の力が何だ。頭ン中、見られるだけじゃんか。 必ず、あいつの水鏡になってやるんだ。 固く心に誓う。転んでもタダでは起きない。起きてやらない。それだけのものを、取り返してやる。 だけど、取り敢えず疲労回復だな。 天井を見ながら思った。やりたいことはいっぱいある。でも今は身体がろくに動かない。とにかく寝て、身体を休めなければ。こんな状態じゃ、何もできやしない。 あいつの顔が浮かんだ。いつもの無表情な顔も。怒りの顔も。すぐ前に見た、少し動揺した顔も。 覚えてろよ。 どうやって仕返してやろうかと考えながら、おれはぎゅっと目を閉じた。 |