炎の淵より by 近衛 遼 其の十四 山麓の村から天睛の砦へ向かいつつ、真はあらためて、となりにいる青年の実力を痛感していた。 自分を市に誘ったのは、じつはカムフラージュのためだったのか。 宗の国の動きを探るため、面の割れている心配のない自分を伴ったのだろう。むろん、珪秋ひとりでも十分、情報を集めることはできただろうが。 件の茶店で、珪秋はじつに巧妙に話を振った。 このところ山路が物騒だ。帰りは山越えをせず、迂回して行こう。 真に話しているふうを装い、ほかの客や茶店の主人に聞こえるように言っていた。真もそれに話を合わせ、周囲の様子を窺った。 しばらくして。 となりにすわっていた男が話しかけてきた。男は南からやってきた行商人らしい。 「天睛が和の国に乗っ取られたってえのは、ほんとなのかね」 「え、そうなの?」 珪秋は、さも驚いたように言った。 「ここの親爺が、小耳にはさんだんだってよ。近々、でっけえいくさになるって話だぜ」 「やっぱり。ここまで来るのに、やたらたくさん余所者を見たのよ」 「おめえさんたち、住まいはどこだい」 「三叉よ。知ってる?」 「ああ、天睛と久住の真ん中ぐらいんとこだろ。ちっと危ねえんじゃねえの。早いとこ、余所へ移った方がいいぜ」 男は荷物を担いで、立ち上がった。 「天睛まで行くつもりだったけど、欲出して命落としちゃ馬鹿馬鹿しいからな。ここらへんで引き上げるよ」 男が店を出ていくと、今度は茶店のあるじが卓の上を片付けながら、話を始めた。 「お客さん、三叉のおかただって?」 「ええ。いまの話、ほんとなの」 不安げに、珪秋は訊ねた。 「さあねえ。あっしも、又聞きだから。けど、用心するに越したことはないんじゃねえですかい」 いかにも人のよさそうな顔で、あるじは湯呑みや皿を持って奥へと戻っていった。 そのあとも何人かと言葉を交わし、真たちは店を出た。 「やってくれますねえ」 足早に歩きながら、珪秋は呟いた。 「これじゃ、あのかたを抑えるのがたいへんだ」 「珪秋どの、それはどういう……」 宗の国の「草」が、故意に天睛の砦に関しての噂を流しているのはわかったが、それが今回の任務とどう結びつくのかが判然としない。 「わかりませんか。宗の国は、和の国がわれわれと結託したことを知っているんですよ。そのうえで、天睛を孤立させて潰すつもりです」 先刻の会話だけで、そこまで読み取ったのか。 一瞬、考えすぎではないかと思った。たしかに、宗の国の「草」は天睛を孤立させようと噂をばらまいているのかもしれないが、実際に和の国と独立派が結びついていることまで知っているとは思えない。天角の者たちが失態を犯さないかぎり……。 「……まさか……」 血の気が引いた。 「天角は、絶望的ですね」 珪秋は断じた。 「では、今回の策は……」 ついえた。なにもかも、水泡と帰してしまった。いや、それよりもなお悪い。宗の国にこちらの動きを掴まれてしまったのだから。 「帰りましょう。このまま天角の動きを待っていても、無駄です」 そうだ。一刻も早く、このことを御門さまに報告しなくては。 遠話の術を使おうと印を組む。その手を、珪秋が掴んだ。 「だめですよ」 「え……」 「近距離ならともかく、和の国までとなると、傍受されるかもしれませんから」 真は唇を噛んだ。たしかに、自分の力では完全に術をカバーすることはできない。 「それは、あなたの上官に任せなさい。対価は必要でしょうが、ね」 思わせぶりに、真の腕を叩く。 まったく、よくわかっているじゃないか。さすがに、玄武の近侍を務めているだけのことはある。 「……そうですね。そうします」 いったい、どれぐらいの「対価」を払えばいいのやら。いままでのあれこれを鑑みて、真は心の中でため息をついた。 「わたくしも、今日は化粧のひとつもしますかね」 先刻、市で買った化粧道具を見下ろして、珪秋は冗談めかしてそう言った。 「どこに行ってたのよ」 天睛の砦に戻ったときには、すでに焔は帰還していた。 「それに……」 若草色の着物の襟を、ぐい、と掴まれる。 「なによ、これ」 ぴりぴりとした空気。 自分が無断で外出していたからだけではない。きっと、内宮との交渉がうまくいかなかったのだ。だから、こんなに早い時間に引き上げてきたのだろう。 「珪秋どのに、貸していただきました」 「あの陰間に?」 黄金色の瞳が、剣呑に光った。 「あいつの前で、脱いだの。へーえ。やっぱり、そーゆーことだったんだ」 「違います」 「なにが違うのよ」 「里に下りるのに、御影の装束は目立つからと……」 「ヒトが仕事してるあいだに、アンタは里に遊びに行ってたワケ?」 言うや否や、焔は真の横っ面をはたいた。間髪入れず、のどを掴んで床に倒す。 「調子に乗るな」 真を組み敷いて、焔は言った。乱暴に帯を解き、着物の前を開く。 「アンタ、まだ自分の立場がわかってないみたいだけど」 きつく、下肢のあいだを掴まれた。息が詰まる。のどがひきつったような声が漏れた。 「潰してやろうか?」 さらに強く握られる。 「……!」 「こんなモノ、なくてもいいんだよ。俺はぜーんぜん困らないから」 ひとしきりそれを弄んだあと、指はうしろへと進んだ。 「こっちだけで、十分、事は足りる」 まだ固いその場所に、荒々しく侵入する。真は反射的にひざを上げ、衝撃に耐えた。 市で得た情報を伝えようと思ったが、いまはそんな余裕はない。自分にも、この男にも。 とにかく、この嵐を鎮めなければ。どんなことをしてでも。 指の動きに合わせて、真は腰を揺らした。熱を集めて、次を誘う。 「あいかわらず、食いつきがいいねえ」 言葉で嬲りながら、焔は内壁を刺激した。 「ほーんと、カラダは正直だ」 指がするりと抜けた。そして。 猛々しく主張するものが、一気に奥まで突き入れられた。あごがのけぞる。背中が震える。肩を掴んでいた手に力が入る。 「っ……ん……は……あっ…」 乱れた小袖の上で、その行為はいつ果てるともなく続いた。 |