| 宿り木 by 近衛 遼 第二十一話 祈りを捧げる男 ACT11 その後、約三十分に及ぶ事情聴取の末。 「ごめんね、マリちゃん」 冬威はワラ人形の本来の使用目的を教えられ、しゅんとして下を向いた。 オーストラリアでの仕事を早めに片付けて帰国した冬威は、茉莉が外の仕事に就いたと知って、かなり心配したらしい。そんなときに、テレビの心霊番組でワラ人形のことを知ったのだという。 どうして、ワラ人形を「願いを叶えてくれるお守り」だと思い込んだのかはわからないが、なにしろ世間の常識をまったく知らない冬威のことである。ただ、ワラ人形に五寸釘を打ち込んで祈れば、望みが叶うと勘違いしてしまったのだろう。 悪気がなかったのは、わかっている。が、もしかしたら、あの原因不明の発作はこのせいだったのかもしれないと思うと、すんなり許すのもシャクだ。 非科学的だと言われようが、あまりにもタイミングが合いすぎる。実際、冬威は茉莉が退院したあとは、このワラ人形に願掛けをしていないというのだから。 ワラ人形が強力なのか、冬威の念が並外れて強かったのか、あるいはその両方か。いずれにしても、空恐ろしいことには変わりない。 「篁さん」 茉莉は重々しく言った。 「すみませんけど、今日はもう帰ってください」 「えーっ。どうして? オレのこと、嫌いになったの?」 「好きとか嫌いとかっていう問題じゃないです。あんた、ほんとに自分のしたこと、わかってます?」 「わかってるよー。あーあ、大事に持っててソンした。あとで川に捨ててやる」 無造作にワラ人形を掴もうとする冬威を、茉莉があわてて止めた。 「駄目ですっ。こういうものは、ちゃんと御祓をしてもらわないと」 川に捨てるだと? そんなことをしてみろ。おれは水難事故でオダブツだぞ。 「これはおれが預かります。御祓が終わるまで、ここには来ないでくださいね」 衣類をひとまとめにして、手渡す。 「あーっ、やっぱり、オレのこと嫌いになったんだ〜」 泣きそうな顔で、冬威。 「だから、そういうモンダイじゃないって言ってるでしょう!」 こんなモノの側で、××とか○○ができるか。……って、六日前は、無理矢理されてしまったが、あのときは半ば不可抗力だったし。 とりあえずは、塩で浄めておこう。頼むから、これ以上おれに祟らないでくれよ。茉莉はワラ人形を半紙と風呂敷で包み、箪笥の上に置いた。塩を取りにいこうとしたとき、 「あのさー、マリちゃん……」 冬威がうしろから声をかけた。 「なんですか」 「その『オハライ』って、いつ終わるの」 「神主さんの都合もありますから、はっきりとはわかりません」 「そんな〜。それまで、ずーーーっとおあずけなワケ?」 お預けって……おれはあんたのエサかよ。茉莉は憮然としたまま、冬威の服を差し出した。 「バカなこと言ってないで、さっさと着替えてください。いまなら終電に間に合うでしょ」 「間に合いたくないよー」 がばりと、冬威が抱きついてきた。勢いあまって、蒲団に倒れ込む。深い口付け。激情が舌の動きに現れている。 気持ちはわかる。長期の出張のとき以外で、こんなに間が空いたことはないんだから。しかし。 「篁さん」 やっと息を解放してもらった瞬間をとらえて、茉莉は言った。 「これ以上のことをしたら、絶交ですよ」 子供じみた言い方だとは思う。が、この男には、これがいちばん効くはずだ。 「……ごめんなさい」 消え入りそうな声で、冬威。 「ごめんなさい。ごめんなさい。……ご…めん……」 震えながら、同じ言葉を繰り返す。 「帰るから。オレ……帰るから、だから……」 モスグリーンの瞳が濡れている。 「怒らないでよ〜」 がばり。再び、抱きつかれた。 おい。これ以上は絶交だって言っただろうがっ。 体を押し返そうとしたとき。 『まつり』 そう呼ぶ声が聞こえた。 「篁さん……」 肩を抱きながら、そっと横を見遣る。 「………」 わななく唇から漏れる音。たしかにそれは、茉莉の名を呼んでいた。 「……怒ってませんよ」 そう言うしかなかった。求める心を拒むつもりなど、さらさらないのだから。 「でも……」 「でも?」 不安げに、冬威が顔を上げた。 「責任は、とってもらいますからね」 ぴしりと言い渡す。潤んだ双眸が真ん丸になった。 「責任って……」 「御祓の代金。全額、篁さんに出してもらいます」 これぐらいは、言って当然だ。 明日にでも近くの神社に連絡しよう。この家と、冬威の家も御祓してもらうとなると、いくらかかるのだろう。実家の旅館で幽霊騒ぎが起こったときには、かなりな金額がかかった。広さからいって、あれの二十分の一ぐらいで収まるはずだが、相場があってないようなものだから、安心はできない。 「わかった。オハライのお金、出せばいいんだねっ」 ぱっと、表情が明るくなった。……おい。それで安心するなよ。 「それから!」 さらに厳しく言い渡す。 「今後こんな間違いがないように、一般教養をしっかり勉強するよーに!」 「えーーーっ、オレ、そーゆーのキライ〜」 「嫌いでもなんでも、覚えてくださいっ」 有無を言わせぬ勢いで詰め寄る。冬威は頬をふくらませて、こくりと頷いた。 「わかったよ〜。わかったから、だから……」 「怒ってませんよ」 再び、冬威が望んでいるだろう言葉を口にする。 怒ってないよ。もう。 あんたはおれに、帰ってきてほしかっただけなんだから。もっとも、その方法がちょっと……いや、だいぶ、かなり常軌を逸してたみたいだけど。 「……帰る」 ゆっくりと、冬威が身を起こした。もぞもぞと身仕度をして、戸口に向かう。 「じゃあ、マリちゃん」 「はい」 「おやすみ」 「おやすみなさい。また、あした」 またあした、会いましょう。 ちらちらと振り返りつつ、冬威が帰っていく。その背が見えなくなるまで、茉莉は玄関の横に立っていた。 (THE END) |