go away
    by (宰相 連改め)みなひ




ACT6

 お別れ会の翌日、俺達は卒業式を向かえた。二時間と少しの間の後、厳かに式は終わった。
 胸に卒業生の赤い花をつけたまま、校庭へと出る。わいわいと群れる人々。写真撮影。談笑。涙ぐむ者と慰める者。
 もう、帰ってもいいだろう。
 担任に挨拶を終え、そう判断して俺は通用門に向かった。その時、覚えのある声を聞く。
「待ってぇや!」
 振り向くと久御山がいた。こちらに駆けてきている。
「相馬、もう帰るのん?」
 息を弾ませながら、久御山は聞いた。俺は頷く。
「ああ。別に用もないからな」
「はあ〜、やっぱり相馬や〜」
 事実そのままを伝えると、久御山は大きなため息をもらした。寄せられる柳眉。俺は首をひねる。
「どうかしたのか?」
「あ?いや、普通はもうちょっと、別れを惜しむもんやろに」
「そんなものか?」
「そうや」
 困ったような顔で久御山は言った。俺はしばし考える。結論はすぐ出た。
「ならば行こう」
「へ?」
「学校に戻る」
「はあ?ちょっとタンマ!」
 くるりと身体を返した俺を、久御山は慌てて引き止めた。俺の疑問は深まる。どうして止めるのだ?
「別れを惜しむのだろう?」
 至極真面目に訊いた俺に、久御山は大きな目を更に大きく見開いた。次の瞬間、ぷっと噴き出す。
「ひーっ、もうアカン〜」
 ゲラゲラと笑いだしたあいつに、俺は対処できずに立ち続けていた。何故笑っている?何がおかしいのか?
「何か、変なことを言ったか?」
「言った言った。それもごっつうおかしいこと。でも、そーゆーとこ相馬らしいわ。行こ」
 ぐいと腕を引かれた。学校とは反対の方へ進んでゆく。
「久御山?」
「ええねん。おまえ、『別れを惜しむ』なんてわからんやろし」
 疑問に思って訊けば、いたずらっ子の表情で返された。俺は納得する。それもそうだな。
「な?」
「うむ」
 頷いて俺は足を動かした。久御山の手が離れる。肩を並べて二人、歩きだした。
「明日からこの道、歩かんようになるなぁ」
 ぼちぼちと歩きながらあいつが言う。毎日通った道。
「思えば三年間、よう飽きんと通ったもんやわ」
「中学は義務教育だ。仕方がなかろう」
「まあな。それもそうや」
 くすくすと久御山は笑う。いつもの違和感は感じなかった。そのことを気持ちよく感じて、俺は歩き続ける。
「なあ、この後なんかあるのん?」
 視線をこちらに向け、久御山が言った。
「得にない。帰って本を読むくらいだが」
「なら、ちょっとくらい寄り道ええよな?」
「かまわないが、どこへ行くのだ?」
「ええねんええねん、そんなん行ったらわかるて!」
 久御山が走り出す。小さくなってゆく姿。俺も後を追った。


 あいつがやって来たのは、いつぞや自転車で走った河原だった。
「うー、風すごいなー」
 吹きわたる風を受け、久御山が言った。
「おれ、河原って好きやねん。広いし、遠くまで見えるし」
 二人で川ぞいの土手の上を歩く。久御山は笑っていた。いつもより自然に感じる。笑顔も言葉も。
「なんか、あっという間やったわ」
 大きく息を吐き出しながら、久御山が言った。そうかもしれないと俺は頷く。学校に内緒で様々なアルバイトをこなした久御山のことだ、時間に追われる毎日だったろう。
「おれな、ご褒美もらえるねん」
 そう告げた久御山は、とても嬉しそうな顔をしていた。違和感を感じない笑み。心の奥から湧き出たような。
「どんな褒美だ?」
「会えるねん。『眠り姫』に」
「『眠り姫』?それはお前ではないのか?」 
「ちゃうちゃう、おれの『眠り姫』や。美人やねんで。相馬、会うたらびっくりするわ。合わしたらへんけどな」
 意地悪も交えて、久御山が告げた。「眠り姫」が誰なのか、俺には分からない。ただ「姫」という限りは女性だろうと言うこと。久御山にとって大切な人だということ。その二つは理解できる。
「おめでとう」
「は?」  
「お前にとってよいことのように思えた。だから言った。そうではないのか?」
 自分の言動の説明をする俺に、目の前のあいつは、きょとんとした顔をおもいきり崩して笑った。
「もー、相馬には敵わへんわ!」
 バンバンと肩が叩かれる。結構痛いなと感じながら、俺は久御山を見つめていた。