go away by (宰相 連改め)みなひ ACT5 「本日は中学生活最後から二番目を飾るイベントです。明日の卒業式ではふざけることもままなりませんから、今日は楽しんで参りましょう」 女性校長がそう宣言して、卒業お別れ会は開催された。それぞれの学年と組の者たちが、様々な出し物を用意している。俺のクラスの「眠り姫」は、プログラムでは最後の方に位置していた。 学校側が用意した軽食と、白い布を被せられてテーブルになった会議机達。その上を飾る花。雑談する生徒と先生達。会は順調に進行していった。 皆の様子を観察しながら、俺は視線を前方へやった。背の順で並んで座っている同級生達の中ほど、一際目立つ金茶色の髪。久御山がいた。 「イヤやなー。先生、こういう時は酒出してくれな。盛り上がらへんやん」 久御山は教師相手にふざけていた。あれは生活指導の松原だ。余計なことを言ったのか、頭をぺしんと叩かれている。 「痛いわー。先生、こういう時まで説教せんでええやんかー」 久御山は頭を押さえながら、教師の松原にくってかかっている。また小突かれた。痛いと大げさに痛がる久御山。表面上は難しい顔をしながらも、どこか和らいでいる松原の表情。その情景が、二人の三年間の人間関係を物語っていた。 「それでは、三ーFの人、用意してください」 司会役の生徒が告げた。同級生達が席を立つ。俺達の出番が近づいていた。 「なんせこれで最後やからな。ちょっとくらいのミスは、テキトーに誤魔化してこ」 緊張する同級生達を前に、久御山はにやりと笑った。少し緩む空気。あいつが作り出している。 「そういうわけやから、相馬、頼むで」 言いながら久御山が近づいてきた。ドレスのすそを持ち、俺の横に立つ。 「な?」 見上げた瞳。薄茶色の。長めで色素の薄い睫はくるりとカールされている。瞼は青色で、黒いラインが引かれていた。唇は濃いピンクで、色白の肌によく映えている。 「・・・・・見つめんといてぇな」 口角を引き上げたまま、久御山が言った。 「おれがキレイすぎるからて、そこまでやったらセクハラやで」 困ったような表情。意識してもいなかったことを告げられ、俺は目を見張る。 「セクハラとはなんだ?」 「さあな。おまえ瞬きもせんと見るから、おれ困るわ」 「どうして困るのだ?」 「どうしても。苦手やねん」 次々と湧く疑問は、ことごとくやんわりと撥ね返された。俺は首を傾げる。苦手。何でも器用にこなしそうなこいつに、苦手なものがあったとは。 「そろそろ時間やな」 久御山の言葉と同時に、始まりのベルが鳴る。 「さあ、いこか」 あいつの声に押されて、俺は舞台へと歩きだした。 三年F組の劇「眠り姫」は、今のところ大きな失敗もなく進行していた。久御山の女装はギャラリーの反響を呼び、俺の演技は何故だか沈黙を招いた。不可解だ。しかし、静かに演劇を鑑賞するのは、悪いことではない。 「愛しい姫君。必ず、助けに参ります」 何度目かの上記の台詞を発して、劇は終盤へと移った。茨も抜けた。魔女も倒した。あとは「眠り姫」を起こすだけ。 がたん。がたん。 大道具役の者たちが動き、舞台セットが変わってゆく。最終場面のまん中には、机を並べたベッドがあり、その上に久御山が横たわっていた。 「姫君、どうか目を覚ましてください」 言いながら覗きこんだ。すぐ近くに久御山の顔。伏せられた睫。閉じられたままの唇。 いつもは、あれだけよく動いているのにな。 物言わぬ唇に、俺は何故だかおかしくなった。次の台詞を紡ぐ。 「ああ、その唇。目覚めのキスを」 右手で久御山の頬を包んだ。ぴくり。微かに掌に振動を感じる。構わず、俺は顔を近づけた。わあっと上がる歓声。キャーッと黄色い女子の声。囃し立てる男子の声。笑い声。 背を向けていた為皆には見えなかったのだが、俺は久御山に口づけてはいなかった。わずか数ミリの位置で静止する。唇に、ゆるく久御山の息が掛かった。感じる熱。 一、二、三、四、五・・・・・・・・・。 ロボットのように同じ姿勢を保ち、俺は数を数えていた。三十秒ほど数えて顔を離す。久御山の白い顔が遠ざかっていった。 「姫」 俺の台詞に呼応して、久御山は大きく息をついた。ゆっくりと目が開いてゆく。ゆらりと上半身を起こそうとしてよろけた。慌てて背を支える。 「ここは・・・・」 目を開けた久御山は、朝目覚めた時の様に眠たそうな顔をしていた。俺はもしかして本当に眠っていたのだろうかと思いながら、劇を終焉まで続けた。 「やーっと、終わったなー」 夕暮れ。校庭の朝礼台に腰かけ、久御山が大きく伸びをした。俺は鞄を鞄を持ったまま、少し高い位置にあるあいつの顔を見上げる。 「うむ。そうだな」 「しっかし意外やったわー、相馬、結構節操あってんな」 にやりと笑いながら、久御山がこちらを向いた。いつもの笑い。感じた違和感を抑えながら、俺は聞き返した。 「節操?何の事だ?」 「だってそうやん。おれ、てっきりちゅーされると思たで」 ひょいと肩を竦め、悪戯っぽく告げる。俺は考えた。どうしてそんなことを言うのかわからない。 「して欲しかったのか?」 「違うて!しそうやて言っただけやん」 「接吻は男女間でするものと記憶している」 行動の基盤になった知識を告げれば、久御山は大きく目を見張った。次の瞬間、激しく笑い始める。俺は疑問に思った。どうかしたのか? 「何故笑っているのだ?」 「なんでって、そんなん笑うしかないやん!あーおかし!やっぱり相馬やねんなぁ」 まだ腹を抱えながら、久御山は笑っていた。目の端に溜まる涙。引きつったように出される声。だけど、不快ではない。 「そんなにおかしいか?」 「ああ、ごめんごめん。あんまりおもろいから」 ひとしきり笑い終えて、言う。 「教えたるわ」 首に手が回り、ぐいと引っ張られた。視線を上にやれば、屈んで覗き込む久御山が見える。 「あのな。実はできるんや」 「何がだ?」 「ちゅーもそれ以上も。男と女やなくても」 夕日に染まる肌で、あいつが告げる。きらりとひかる茶眼。アーモンド型の。猫を思わせるような目で。 「そうなのか?」 「そうや。いっこ賢こうなったやろ?」 聞き返す俺に、久御山は小首を傾げて笑った。弧を描く唇。挑戦的な目。胸に、もやりとしたものを感じる。 「さ、授業は終わりや。帰ろ」 するりと首の手が離れる。久御山がぴょんと朝礼台を飛び降りた。歩き始める。俺は胸に湧いたものが何かを考えながら、あいつの後を追った。 |