散華 byつう
ACT5〜牀の上〜
おかしいとは、思っていた。
忙しい政務のあいだを縫って、いや、忙しいときこそわざとのように木の葉の里に遊びに来ていた森の国の国主が、この一年ちかく、ぱったりと姿を見せなくなっていたから。
里の家にやってきては、縁側で茶を飲みながら子供たちをからかう。ナルト自身も、そういった折りにはよく館を抜け出して、世間話をしに行ったものだった。
木の葉の国と森の国の長であるという身分を超えて、ただの昔馴染みとして。
そんな時間が持てるのは、うれしかった。かつて自分を愛しみ、導いてくれた先達たちを思い出す。やさしい時間が、そこにはあった。
最後に会ったのは、去年の地蔵盆のころであったか。例によって里の家で、リーの作った素麺をみんなで食べた。
いま思えば、そのときからなんとなく様子がおかしかったような気がする。もしかしたら、もう自分の病を知っていたのかもしれない。
「火影さま」
戸口に、リーが現れた。
「暗部研究所のシギ主任が……」
「来たか」
ナルトは立ち上がった。
「急ぎ、奥の間へ。……風と雷はまだか」
「は。二人とも、復命は昼前になると思われます」
間に合わないか。できれば、枕辺に呼んでやりたかったが。
セキヤが朱家の宝を託してもいいとさえ思った彼ら。彼らもまた、幼いころからあの男とは近しい関係にある。
風は三日前から文遣いの任務で雨の国へ出かけており、雷も一昨日の晩から近隣の村の夜盗退治にかりだされていた。
「帰ってきたら、すぐにこちらへ」
「わかりました」
口を一文字に結んで、リーは頷いた。
白髪の老医師は、房に入るやいなや、牀に横たわる朱髪の男を丁寧に診察した。傍らで栗毛の助手がいろいろな機材を準備する。
すでに心音は停止していた。老医師はゆっくりと顔を上げた。
「火影さま」
「うん」
「いまから処置をすれば、一刻ほどもたせることはできますが」
感情を交えぬ口調で、指示を仰ぐ。事実しか述べないこの男を、ナルトは信頼していた。
「そうか。では……」
瞬時に心を決して命を下そうとしたとき、牀の足元にいた刃が進み出た。
「五代目」
懐から、書状を取り出す。
「内務より、親書でございます」
ひざまずいて、献じる。ナルトはそれを受け取り、素早く目を走らせた。
曰く、万一のときは延命措置をとらぬこと。それにより、いかなる結果になろうとも、両国間の友好に揺るぎなき旨。
流麗な筆致で書かれたその文を、ナルトは三たび読み返した。
さすがだな。
昨日、朱家の品を預かったときと同じような感慨が胸を突く。森の国側がここまで覚悟しているならば、こちらも礼をつくさねばなるまい。
「承知した」
低い声。ナルトは書状を懐に収めた。
「シギ」
老医師の名を呼ぶ。
「はい」
「処置は不要だ」
ただ静かに、見送ろう。戦い続けたこの男を。
「御意」
シギは一礼して、ふたたび瞳孔と脈を確認した。臨終が告げられる。刃は牀に向かって、深々と頭を垂れた。
半時ばかりのち、必要な仕事を終えて、老医師と助手は退出した。
「リー」
五代目火影は近侍の上忍を側に招いた。
「森の国に連絡を。内々に、な」
「承知」
短く答えて、出ていく。
ほどなく森の国の王城に向けて、鷹が飛び立つだろう。今後の段取りを、綿密に打ち合わせなければ。
森の国へは、木の葉丸を名代として遣わそう。エビスとガイが同行すれば、面目はたつ。
つらつらとそんなことを考えていると、廊下から聞き覚えのある子供たちの声が近づいてきた。
「だから、どうしてこんな時間に呼び出されるんだ。まさか、ナルトになにかあったんじゃないだろうな」
「雷、火影さまだろ」
「細かいこと言うな。任務から帰ってきたばかりで、くたくたなんだ」
「ぼくだって、そうだよ」
「お前の仕事は『草』みたいなもんだろ。単独任務だから融通もきく。こっちはさんざん扱き使われたんだ」
房の扉が開いて、黒髪の双子が姿を見せた。
「ナルト!」
側に寄ろうとして、立ち止まる。視線が、もうひとりの人物に移った。
「刃? どうしてここに……」
「……雷」
それに、先に気づいたのは風の方だった。牀に横たわる人影。見紛うことのない緋色の髪。
「……なんだ、これは」
雷も牀の上に目を遣った。よく知っているはずの、しかし記憶にあるのとはまったく違う顔が、そこにはあった。
「一刻ばかり前だった」
ナルトが告げた。風はそっと、刃の着物の袖を掴んだ。見上げる瞳で、何事かを問う。刃は頷き、風の手を包んだ。
一方、雷はじっと牀をにらみつけていた。凍りついたように動かない。
しばらくして、ナルトが声をかけようとしたとき、雷はつかつかと枕辺に近づいた。
「おい。……起きろよ」
固い声で、雷は言った。風がわずかに息を飲む。
「起きろと言ってるんだ、このくそジジィ!」
怒号とともに、セキヤの胸倉を掴む。
「なにをしてるんです!」
房に戻ってきたリーが、あわてて雷を羽交い締めにした。
「はなせ! どうせタヌキ寝入りに決まっている。俺は騙されない!」
うちはの血をひく彼らに、なんのこだわりもなく接してくれた数少ない人間のひとり。その突然の死を、雷は信じたくないのだろう。悔しさと悲しさが痛いほど伝わる。
「雷、落ち着きなさいっ。朱雀どのは、もう……」
「いいんだ、リー」
ナルトは言った。
いいんだ。こういう形でしか、自分の感情を表わせないのだから。
「火影さま……」
リーが手をゆるめた。
唇を噛み締めて、雷はその手を払った。さらに暫時、牀の上を見つめる。
「……帰る」
それだけ言って、雷は房をあとにした。
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