■オウガを愛でる作品 NO2■*登場人物オウガ、日向アキヒについては、こちらをご覧下さいませ*
いつの間にか心の最奥に潜り込み、刺さっていった棘が今も抜けない。
金色の棘 by真也
ACT1
しくじった。
濡れた岩肌にもたれながら自嘲する。情けない。チャクラを使い切ってしまうなんて。
原因はわかっている。『回天』のやり過ぎだ。取り敢えず敵の殆どを殲滅できたが、後が悪い。そこから逃げる力さえ使い果たしてしまった。
滝の音が絶え間なく続く。ともかく、どこかに身を隠さなければ。そう思って立ち上がろうとする。ずきり。両腕が酷く痛んだ。
腕が疲弊してる。これでは戦えない。敵の増援がこちらより早かったら終わりだ。全くの計算違い。自分の力を把握できていなかったのだ。
ふと思う。日向家宗主の父や、近い未来にそれを受け継ぐであろう兄ならば、この場をなんなく切り抜けただろう。少なくとも、自分のようなみっともない事にはならない。彼らは内在する力はもちろん、冷静に状況を見る目を持っている。それに引き換え自分は見失った。一刻も早く里に戻ることに固執し、力任せで押し切ろうとした。それで、この様である。
最悪だな。
泣きたい気分でおれは目を閉じた。
思えばずっと空回りだった気がする。優秀な兄と厳格な父。マイペースでやりたいことをやっている割には、何故か周囲にかわいがられている弟のナツヒ(夏日)。おれはずっとその間で探していた。自分の居場所を。
優秀さでは兄に敵わない。型破りな所は弟に敵わない。残っているのは不器用で頑なな自分。それでも。ただ認められたくて、頑張るしかなかった。
『アキヒはさー。頑張り過ぎなんだよね。別にさ、日向家にこだわんなくてもいいんじゃない?お前、トラップとか遠隔攻撃得意だしさー』
そう言った奴がいた。同じスリーマンセルではなかったのに。おれの忍術など中忍試験や合同演習、大きな作戦で垣間見るだけだったはずだ。なのに、そいつの指摘は的確だった。今回もそうだ。敵を撒くだけだったら『回天』を使わなくても、数種のトラップで事足りる。どうして倒そうと思ってしまったのか。
『息抜き、しようよ』
綺麗に細められた金色の目。いつも何か企んでいるような気がした。自分だって木の葉じゃ小さくない家の血をひいていたくせに。
奴の名前。あれは、確か・・・。
「ああーっ。こーんなとこにいたよ」
記憶の中にある声がした。しゃべり方も同じ。覚えのある気配までが近づいてくる。目を開いた。
「駄目だねぇ。せっかくの白眼持ってんのに、閉じちゃったら意味ないよん」
覗きこむ金色。猫の瞳がにんまりと笑む。口元から犬歯が零れた。
目の前には、犬塚オウガが立っていた。
「しっかし意外だねぇ」
簡易毛布を広げながら奴が言った。床をしつらえている。振り向いて更に喋る。
「チャクラがなくなるまで戦うなんて、おおよそアキヒらしくないじゃん。一人で飛び出したってのも無謀だね」
「・・・・」
ただでさえ耳の痛いことをはっきりと言われる。むっつりと黙るしかなかった。
出会った場所からしばらく離れた洞穴に、オウガはおれを連れてきた。冬場は動物達の住処にでもなりそうな所。
「ま、でも、見つけられてよかったよ。木の葉じゃみんな結構心配してたし。オレの鼻も伊達じゃないねー」
「・・・・・すまない」
しかたなく謝罪を口にする。おれが自分のミスで里に迷惑をかけたのは事実。こいつに捜索させたのも事実なのだ。
「はーい、できたよん」
オウガは謝罪を無視した。聞こえなかったのか。手早く作業を終え、こちらにやってくる。肩が貸され、おれたちは臨時の床へと進んだ。
「休みな。こんなでも、岩の上に直接寝るよりはましでしょ」
促しに戸惑う。納得出来なくて訊いた。
「・・・・いいのか」
「なにが」
「追っ手が来るかもしれない。なのに、ここで休んでいていいのか」
率直に疑問点を述べる。オウガはにやりと笑った。
「当然。でなけりゃ黄丸を見張りに出さないって」
黄丸とは彼の使う忍犬で、薄黄色い毛並みをした犬だった。
「あいつの移動速度と鼻は、人じゃ到底敵わないよん。ひと吠えで通じるし」
オウガは竹筒を取り出した。詮を抜き、小さな丸薬とそれを差し出す。
「何だ、これは」
「飲んで。ただの滋養強壮剤。早く回復してもらわなきゃね。恐らく奴らは明日には追撃してくるはず。休むなら今のうち。チャクラもない弱ったままの忍じゃ、足でまといになるだけでしょ」
にっこりと微笑み辛辣に言う。降参するしかない。おれはしぶしぶ丸薬を口に放りこんだ。ごそごそと毛布を被り、目を閉じておとなしくした。
気配を感じて目覚めた。複数の殺気。でも、これは人のものじゃない。
「起きた?」
真っ暗な闇に金色が光る。オウガが側までやってきていた。
「追っ手か」
印を組み、白眼を見開く。笑んだ奴の姿が浮かびあがった。
「どーも囲まれちゃったみたいよ」
わくわくと言う。おれは眉を顰めた。何が嬉しいのか。
「おい」
「追っ手と言っても人じゃないよん。たぶん、忍犬で燻り出す気だね」
大きめの目が細められて一本の線になる。口の傍から犬歯が覗いた。
「どうするんだ」
「戦うよ。たぶん、半数は逃げるだろうけど」
「馬鹿な」
忍犬のみならず犬は主人に従順だ。逃げるなどと、考えられなかった。複数で追ってきているのは必須。上手く逃げなければ、追い詰められてしまう可能性がある。
「アキヒはまっすぐ逃げてね。もちろん、白眼全開でよ。一晩走れば木の葉につけるから、どこか安全なとこに潜んでて。まちがってもその腕で戦っちゃだめよー」
「お前はどうする」
「オレ?オレは戦うよ。だって、ひさしぶりだもん」
意味が分からず首を傾げる。こいつだって任務に出ているだろうに。久しぶりだと?
「たまにはとっておき、つかわなきゃね」
察してかオウガが言葉を足した。印を組み、チャクラを練り始める。気が渦巻き始めた。
最初は変化かと思った。が、違う。奴そのものが変化している。犬ではない。真っ黒な毛並みに金色の瞳。むしろそれは、人狼に近かった。
「・・・オウガ」
「オレってキバより母親に似ちゃったみたいねー。だから、こういうことができんのよ。後で必ず行くから。借りを返してもらうね」
甲高い音。オウガが犬笛を吹く。しばらくして、黄色の犬が走ってきた。スピードに任せて、他の犬達を攪乱している。
「今だ、行け!」
オウガと共に洞穴を飛び出した。数匹が食らいつこうとしてくる。一声、何かが吠えた。犬達が怯む。あれは狼の声。
「さあ、いくよんー」
犬達の声に紛れて、オウガの声。嬉々としている。振り向いて姿を見ようと思ったが、やめた。これ以上あいつの足手まといになるわけには、いかなかったから。
最大限に白眼を見開き、おれは木々を駆けた。
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