■オウガを愛でる作品 NO2■
金色の棘 by真也
ACT2
文字通り一晩中走り続け、おれは木の葉側の領地に入った。冬季には猟師小屋になっているだろう建物に潜り込み、ひと息ついた。
もう日は高くなっている。遅い。どうしているのだろうか。ふと不安が過る。もしかしたらと考えて打ち消した。
目の前で変化した人狼。そんな存在がいるとは聞いていたが、まさかこんなに身近にいたなんて。アカデミー時代も中忍試験でも。その後の任務においても奴は目立たなかった。犬塚家に伝わる忍術を使うとは知っていたが。
知らないあいだに妥当なところですり抜けている。そういう存在だった。なのに。
能ある鷹は爪を隠す。その通りだと思った。本当に才能が在るのはあいつのような奴だと。地道に努力を重ねてさえ、ろくに日向も使いこなせない自分とは比べものにならないと思った。
『なさけないな・・・・』
しみじみと自嘲した。言われるままに逃げた自分。オウガの言うことに逆らえなかった。あいつの声に強い輝きを見つけて、従わざるを得なかったのだ。
戦った方がよかっただろうか。
確かにおれはチャクラを使い果たしていたが、まったく戦えない状態ではなかった。オウガが与えてくれた休憩時間で、白眼は完全に復活していたのだから。
つらつらと考えながら両手を動かす。あいつの丸薬が聞いたのか、それは常の半分くらいまで回復していた。
取り敢えずなにか作ろう。オウガが帰ってきた時対処できるように。おれは装備を確認した。簡易食を食べられる状態にし、傷の手当てができるよう湯を沸かす。自分も栄養補給をと食事をとっていた時に気配を感じた。小屋の扉から外を伺い、気を確認する。一人と一匹の気。
「入れてよ」
疲れ気味の声が聞こえた。慌てて戸を開ける。そこには黄丸を抱いたオウガが立っていた。身体のあちこちに血糊がべったりとついている。
「大丈夫か?」
「当然。追っ手も全滅よん。でも、黄丸がやられた」
ぐったりと元気のない犬をそっと藁の上に降ろす。黄丸は弱く呻いた。
「湯を沸かしておいた」
「気が利くな。これ溶いて。湯は少しでいいから」
小さな包みを投げる。差し出した布を湯に浸し、忍犬の傷を清めた。
「どうだ?」
「深いな。でも、血は止まりかけている」
「これでいいか」
「上等」
投げられた粉薬を溶いて渡した。オウガがそれを確認する。忍犬の傷口に塗りつけた。あたらしい布をあてて、くるくると器用に布を巻く。
「さっきアキヒに飲ませたのと同じ丸薬やったから、あと2、3時間がヤマってとこだな」
「そうか」
項垂れて呟く。じっと目を瞑っている忍犬に居たたまれない気がした。
夜になり黄丸の容体は峠を超えた。オウガの薬が効いたのか、今は昏々と眠り続けている。忍犬の様子を確かめて、オウガは大きく息をついた。
「とりあえずこれで大丈夫。明日にはここを発てるよ」
「何か食べるか?」
「そうね。お腹ペコペコ」
ここにたどり着いてから、オウガは何も口にしていなかった。あの洞穴でも。おれが眠っていた時に何か食べたかも知れないが。
「こんなものしかないが」
干し肉と水を差し出す。
「ありがと」
オウガは肉にかじりつき、水で喉を潤した。
「はあーっ。生き返ったよー」
「すまない」
心の底から言った。犬塚一族にとって忍犬は家族同然。その黄丸を傷つけてしまった。俯き、自嘲に口元を歪める。自分にもっと力があれば。冷静な判断力があれば。オウガがじっと見つめていた。二人、黙り込む。
「駄目だよ」
ぽつりと言われて顔を上げた。長めの前髪の奥で、金眼が困ったように細められている。思わず見とれた。
「そんな顔してたらオレ、アキヒをヤっちゃうよん」
頬に手がそえられた。犬歯の覗く唇が近づいてくる。
「オウガ」
「黙って」
唇が、触れた。身体に電流が走ったような感触。
「でもオレ、アキヒのしかめっ面も好きなんだよね」
ぺろり。犬か猫がする様に口の傍が舐められた。舌が唇をつつく。入れてくれ、と。
逆らえなかった。拘束されてないはずなのに身体が動かない。押し倒され、催促を重ねる舌に口を開いた。
何をされるのだろう。
何を考えているのだろう。
何を、求めているのだろう。
混乱する自分のその向こうで、もう一人の自分が言った。「かまわない」と。
『息抜き、しようね』
耳元で囁き。鼓膜から言葉が脳へとしみわたる。思考が働かない。今はただ、痺れて。
唇から首筋へ。その下の鎖骨へ。猫が甘咬みするような刺激が降りてゆく。やんわりとそこが掴まれた。反射的に払いのけようと手を動かす。その手がしっかりと掴まれた。
「大丈夫。喰ったりしないから」
不安で向けた視線は、面白そうな表情に受け止められた。掴んだものを弄びながら、ゆるやかに微笑む。それまでのオウガとは別人に思えて、身体の中心がぞくりと疼いた。わけのわからない熱が湧き起こってくる。
「反応、早いね」
くすりと笑ってオウガが顔を伏せた。その先に予測がついて腰を退く。しっかりと抱え込まれていた。温かい内部に包まれ、固く目を閉じた。
「・・・く・・・」
荒く。細かく。熱いものがそれを取り巻き、蠢いている。それまで感じたものより遥かに高度な刺激に、軽い目眩いを覚えた。不安になる。その瞬間を見つけられたくなくて、オウガの頭を押した。
「いいよ」
顔を上げて訊く。濡れて鮮やかな色調の唇。中から薄紅の舌が覗いた。
「それとも、別の所がいい?」
言われた意味が分からず、それでも頷く。今の状態だけはなんとかして欲しかった。
「じゃ、準備するから」
オウガが身体を跨いだ。目の前でそこを潤し、慣らしてゆく。目を閉じた顔。少し開いた口。妙に艶やかに見えた。
「・・・何を」
「さあ、ね」
悪戯をする直前の子供の顔。猫の瞳がきらりと輝いた。まるで、今から狩りをするみたいに。
「ん・・・・・ふ・・・」
吐き出す息の代わりみたいに、自分がそこに呑み込まれてゆく。熱くてひどく窮屈な空間へ。
「後、知ってる?」
全部収めきったところでオウガが訊いた。知識と経験を総動員する。少ないそれらの結果、答えはでた。こくりと頷く。上体を起してオウガを押し倒した。
甘い声。今まで聞いたことないくらいの。
もっと、聞きたい。
それ以外、何も考えられなかった。
到達する一瞬を目指して、おれは動き続けた。
「ご苦労さん。また会おうねー」
翌日。里のはずれでオウガは言った。復命を済まし、あとは家へと向かうだけの時点で。
「世話になったな。すまなかった」
「何言ってんの。オレが好きで受けた任務だよん」
やんわりと笑い、右手をパタパタと振った。おれは苦笑する。
「黄丸、大事にな」
「ああ」
首肯き、踵を返す。慌てて名を呼んだ。オウガがくるりと振り向く。
「よかったら・・・・食事でもしないか。奢るから」
「ごめんねー」
勇気を振り絞って言った台詞は軽くいなされた。言葉が継がれる。
「オレ、今からキバんち帰るのよ。暗部にオレに来て欲しい奴がいるんだってさ」
にっこりと告げられる。引き下がるしかなかった。あいつはもう、こっちを向いていない。かろうじて「そうか」と答えた。
「そんな顔、しないの」
困ったような顔でオウガが言った。
「アキヒはムツカシイ顔が似合うけど、たまには別の顔もしなくちゃね。ま、そんなとこお前らしくて好きだけど」
オウガがゆっくりと刺さってゆく。心の一番奥底に。微かに内部を傷つけながらも、確実に。
「じゃあねー」
手を振り黄色い犬と歩きだした。細身の身体。引き締まった背中。長い手足。
おれは呆然と見つめた。生まれてしまった、行き場のないものを抱えたままで。
金色の棘はおれを捕まえた。でも。
棘自身は捕まえられることはない。たぶん、誰にも。
end
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