*『草の所縁』ACT1対応作品にて、先にそちらをどうぞ*




猶予期間
       by真也







ACT1



 イルカ先生が帰ってきた。
 カカシ先生と森の国へ旅立って三ヶ月と少し。負傷してたけど、ちゃんと帰ってきてくれた。
 任務に行く前に感じていた揺らぎ。それはもう、先生の中には微塵も感じられなかった。
 イルカ先生だ。イルカ先生が戻ってきたんだ。
 本当に、嬉しかった。



 五月になった。
 イルカ先生の傷も治り、おれ達も順調に生活していたその時。カカシ先生が単独任務に出た。今度は十日程で帰るらしい。
「イルカせんせーっ!」
 川辺の道で姿を見つけた。きりりと結んだ髪。ぴんと伸ばされた背中。あの人だった。
「ナルト」
「おはよー、イルカ先生。あれえ、先生、今日、具合悪いのかよ」
 いつもの温かい笑顔。けれど、目の下にクマ。おかしいな。最近元気そうだったのに。まさか、また何かあったのだろうか。
「これは……ちょっと寝不足でな」
 困ったように笑う。でも。少し照れたような顔。一つ、思い当たった。
「ふーん。もしかして、カカシ先生のことで?」
 ちろりと見やって訊いてみる。黒い目が大きく見開かれた。更に言葉を継ぐ。
「イルカ先生、まだカカシ先生の副官やってんだろ。アカデミーの仕事もあるのにさー。忙しいよな」
 サスケが言った。イルカ先生はカカシ先生のものだと。イルカ先生もそれを望んでいると。 
「あんまりムリしちゃダメだってば。先生、何度も倒れてるんだから」
 それでもやっぱり心配だ。だってイルカ先生だもの。どんな理由でも、無理はしないで欲しい。
「大丈夫だよ。無理なんかしてないから」
 笑顔。やっぱりこれには敵わない。
「だったら、いいけど」
 ぼそりと言う。子供をほめるように頭をクシャクシャとやられた。目の前にあの人の顔。
「おまえこそ、無茶するなよ。またしばらく、カカシ先生はいないんだから」
「わかってるってば。最近、おれたち絶好調なんだぜ」
 また心配されている。そんなに頼りないかな。結構、頑張ってるのに。おれは口を尖らせた。
「今日だって、C級任務が……あーっ!!」
 言いかけて思いだした。
「なんだ、急に」
「まっじいーっ。すっかり忘れてたってば。今日は国境までの荷物運びで、いつもより早く集合しなくちゃいけなかったんだ」
 慌てて駆け出す。振り返り、イルカ先生に言った。
「じゃ、イルカ先生、帰ってきたらラーメンおごってくれよなっ」
 あの人の姿が小さくなる。前を向いた。風。草のにおいのする川原。早く行こう。これ以上遅れたら、サスケに何を言われるかわからない。言われるだけならいいが、またその分の代金を払わされてしまう。ほぼ全力を出して、おれは集合場所へと向かった。





 その日の晩。約束通り、イルカ先生はラーメンをおごってくれた。
「あー、やっぱり、イルカ先生と一緒に食べるラーメンが一番だってばよ」
 久しぶりのラーメンを味わう。いつもより五割増しでうまい。にんまりとおれは、味噌ラーメンをすすった。
「もう、ナルトったら。それ、何回めよ。耳にタコができるわよっ」
 サクラちゃんの突っ込み。だって嬉しいんだもの。
「バカのひとつ覚えだな」
 とどめはあいつ。うるさいんだよ。いいじゃないか。 
「バカとはなんだよ、バカとは」
 睨み付ける。サスケはそ知らぬ顔でもう一言「そうだな。バカじゃない。ウスラトンカチだ」と言った。このやろう。 
「なんだとーっ」
 ずいと乗り出してあいつに迫る。無視。相変わらずやな奴。一発殴ってやろうかと思った時、イルカ先生に諌められた。しぶしぶ丼に向かう。なんだよ。おればっかり。なんか、腹立ってきた。
「あしたは遅れるなよ」
 とどめのひと言を投げて、サスケが帰る。サクラちゃんも席を立った。おれは無視して食べ続ける。やけ食い状態だ。しばらく食べ続けて急に腹痛。あ・・・・まずい。
「イルカせんせ〜」
「どうした?」
「なんか、急に、ハラが……」
「おまえ、いくつ食ったんだ」
「三つ……」
「そりゃ、食い過ぎだ」
 イルカ先生が勘定を済ませている。支えられるように店を出た。かっこわるい。
「薬飲んで、早く寝ろ。あしたも遅刻じゃ、洒落にならないぞ」
 びっくりして顔を上げる。びしりとした指摘。にっこりと笑う。
「イルカ先生だー」
「は?」
「え、いや、べつに、なんでもないってば」
 本当にイルカ先生だ。イルカ先生が帰ってきたんだ。よかった。もうおれの知ってるイルカ先生なんだ。嬉しさを噛み締めながら、「いてて」と腹を押さえて下を向く。
「じゃ、行くか」
 イルカ先生が肩に手をやる。支えられ、ゆっくりと歩き出した。空には星。アカデミー時代もよくラーメン奢ってもらった。いたずらして怒られた後とか。参観日とか。イルカ先生はいつもわかってくれる。だから、おれも頑張れるんだ。
「治まってきた。先生、ここまででいいってばよ」
「大丈夫か」
「うん。もう近くだから」
 言いながら飛び出す。
「先生ありがとうっ。じゃあな」
 振り向けばイルカ先生が手を挙げてる。手を振りながら部屋へと向かった。




「遅かったな」
 部屋の前でサスケは言った。おまえ、帰ったんじゃなかったのか?
「賠償金をもらっていない」
 考えを見透かされたように言葉が継がれた。賠償・・・金?
「今日、任務料が減らされた。誰のせいかは分かっているだろうな」
 じろりと睨まれ思い当たる。おれが遅刻した為だ。
「おれ、金なんかねぇよ。ラーメンだってイルカ先生に奢ってもらったんだし」
 下を向いて言う。次に言われる台詞は予想がついた。
「じゃ、あれだな」
 にやりと笑い、サスケがドアの前から退く。おれは憮然と鍵を取り出し、部屋のドアを開けた。
 よくわからない。
 どうしてわざわざこんなもん取りにくるのか。それ程いいものとは思えない。でも、こいつは待っていたのだ。たぶん、これだけのために。
 整った顔が近づいてくる。嫌になるほど長い睫。見透かされてしまいそうな黒い瞳。
「目、瞑れ」
 ぼそりと言われて目を閉じる。逃げ出したいような気持ちを押さえて、おれは賠償金を支払った。
「あした遅れたら、これじゃ済まないからな」
 しつこいほど念押しして、サスケは部屋を去った。おれはむっつりと見送る。当たり前だ。こんなもん、何度も支払うもんか。
 やっぱり、嫌がらせかな。
 ぼんやりと思いながらベッドに寝転がる。なんだかどっと疲れた。寝よう。真剣にもう遅刻だけは避けたい。
 目を閉じる。半刻と経たないうちに、眠りが訪れた。


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