*このお話しは椿サスナル『猶予期間』と連動しております。先にこちらをご覧くださいませ。*
草の所縁 byつう
ACT1
端午の節句が過ぎ、新しくアカデミーに入った生徒たちもそれなりに生活のリズムができはじめたころ。カカシは単独任務で、十日ばかり里を空けることになった。
「じつは、極秘なんですけどね」
出発前夜、イルカは褥の中でその行き先を告げられた。
「花の国、ですか」
「ええ。もしかしたら、雪の国まで足を伸ばすかもしれません。行ってみないとわかりませんけど」
花の国が、岩の国に接近しているという噂は以前からあった。雪の国は岩の国と国境線を巡るトラブルが絶えない。雪の国としては、花の国が岩と結託するのは面白くないだろう。南への最短ルートが寸断されてしまうことにもなりかねないから。
「この時期に岩に近づいたって、なんの得もないと思うんですがね。なにかワケありかもしれないんで、ちょっと調べてきますよ」
「岩の国といえば、代替わりしたばかりですよね」
イルカはひじをつき、上体を起こした。
「今度の国主は先代の次男。長子は不祥事を起こして廃嫡されたことになっていますが、そのあたりと関係があるのかも……」
思考を巡らしていると、カカシの手が頬にかかった。長い指が耳から首すじを撫で下ろす。
「そういう顔もいいけど」
ひっそりと、囁かれた。閨だけで聞く声で。背中に細波がたつ。先刻までの余韻はまだ体の隅々に残っていた。
「いまは、別の顔が見たい」
唇が近づく。深い口付け。ゆっくりと、熱を呼び起こすような。
羽織っただけの夜着の下に手が滑り込み、肌を探っていく。長い口付けから解放されたとき、イルカは自分がまったく別のものになっていることを認めざるをえなかった。
龍尾の砦から里に帰って以来、イルカは一度もカカシと任務に出ていなかった。怪我をしたせいもあって、火影はイルカを事務局に復職させたのだ。とはいえ「副官」という肩書きもそのまま残っていて、命令があれば事務局を離れて現場に赴くことになっていた。
花の国と雪の国。しかも岩の国がらみとすれば、情報を掴むのは容易ではあるまい。暗殺任務とは違い、諜報活動や工作には現地をよく知る者の協力が不可欠だ。
残念ながら、イルカは北方や西方の国々には明るくない。知識としていろいろな情報は頭に入っているが、実際に岩の国や雪の国に潜入したことはなかった。
それゆえ今回の任務に、自分は同行できなかったのだろう。適材適所。命のやりとりをするのだから、あたりまえだ。
だれか、サポートする者はいるのだろうか。単独任務だと言っていたが。
つらつら考えながら川縁の道を歩いていると、うしろから元気な声が飛んできた。
「イルカせんせーっ!」
土手を走ってくる足音。イルカは振り向いた。
「ナルト」
「おはよー、イルカ先生。あれえ、先生、今日、具合悪いのかよ」
「いや、そんなことはないが……どうしてだ?」
「目の下にクマができてるってば」
「これは……ちょっと寝不足でな」
たしかに、そうだ。結局ゆうべは、あれからずっと起きていた。眠ったのは未明になってからだ。ほんの一刻ほどの仮眠のあと、カカシは任務に出かけていった。
「ふーん。もしかして、カカシ先生のことで?」
いきなりカカシの名前を出されて、イルカは目を丸くした。まさか、知っているのだろうか。いや、ナルトに限ってそれはあるまい。サスケならありうるが。
「イルカ先生、まだカカシ先生の副官やってんだろ。アカデミーの仕事もあるのにさー。忙しいよな」
心配そうに、ナルトは続けた。
「あんまりムリしちゃダメだってば。先生、何度も倒れてるんだから」
去年の秋口のことを言っているのだろう。あのころ、自分はひどく不安定だった。カカシの姿が見えないだけで、まるで禁断症状を起こしたかのように苦しくなって。
ずいぶんと迷惑をかけたと思う。カカシだけではなく、事務局の者やアスマや、もちろんナルトたちにも。
「大丈夫だよ。無理なんかしてないから」
「だったら、いいけど」
まだ納得していないらしい。イルカはナルトの頭に手をやった。金髪をくしゃくしゃと撫でて、
「おまえこそ、無茶するなよ。またしばらく、カカシ先生はいないんだから」
七班はこのところ、指導教官抜きの任務が増えていた。カカシの留守中はアスマが掛け持ちで指導をしていたが、現場にまでついていくことはなかったから。
「わかってるってば。最近、おれたち絶好調なんだぜ」
たしかに、報告書を見てもそれは十分わかった。例によって、カカシはサクラに報告書の下書きを頼んでいるらしく、自分は終わってしまった下忍の任務内容などはすっかり忘れているようだったが。
「今日だって、C級任務が……あーっ!!」
いきなり、ナルトは大声を上げた。
「なんだ、急に」
「まっじいーっ。すっかり忘れてたってば。今日は国境までの荷物運びで、いつもより早く集合しなくちゃいけなかったんだ」
ナルトは慌てて駆け出した。
「じゃ、イルカ先生、帰ってきたらラーメンおごってくれよなっ」
見る間に、姿が小さくなる。イルカは苦笑した。ずいぶん頼もしくなったと思っていたが、中身はあまり変わってないな。
それがいいことなのか悪いことなのか、一概には言えない。が、変わらぬものを持ち続けて、そのうえで成長していってほしい。人として、忍として、恥ずかしくないように。
川面を渡る風が新緑の香りを運んでいる。イルカは頭を切り替えて、アカデミーへ向かった。
その日の晩は、久しぶりに「一楽」でラーメンを食べた。
前回の任務で負傷したあと、しばらくはまた流動食や栄養剤を摂っていたが、医療棟を出てからは徐々に常食に移行し、この一カ月近くはほとんど薬も飲んでいない。
「あー、やっぱり、イルカ先生と一緒に食べるラーメンが一番だってばよ」
しあわせそうに、ナルトが大盛の味噌ラーメンをすすった。サクラは塩ラーメンの汁をれんげですくいながら、
「もう、ナルトったら。それ、何回めよ。耳にタコができるわよっ」
「バカのひとつ覚えだな」
醤油ラーメンのチャーシューを咀嚼しつつ、サスケがぼそりと言った。
「バカとはなんだよ、バカとは」
じろりとナルトがとなりをにらむ。サスケはそ知らぬ顔で、
「そうだな。バカじゃない。ウスラトンカチだ」
「なんだとーっ」
「早く食べないと、のびるぞ」
見かねて、イルカが口をはさむ。ナルトはしぶしぶ、丼に向かった。
今日の任務で、ナルトが遅刻したために出発が遅れ、時間通りに荷物が運べなかったらしい。当然、報酬もいくらかカットされた。サスケが厭みを言うのも、わからなくはない。
七班は下忍だけでもそこそこの働きをすると、評価されはじめていた。そんな折りに、この失態である。
「あしたは遅れるなよ」
とどめのひと言を投げて、サスケは箸を置いた。ナルトは麺を口に押し込み、「おやっさん、替え玉!」と叫んだ。サクラは半分あきらめ顔で、水を飲んでいる。
「ごちそうさまでした」
サスケがぺこりと頭を下げて、立ち上がった。サクラもそれに続く。
「ああ。気をつけて帰れよ」
席を立って、二人を見送る。黙々と歩いていくサスケの横で、サクラがなにやら一生懸命に話していた。サスケが二言三言、返事をした。サクラはにっこりと笑って、路地を曲がっていった。
唇の動きからすると、サクラはナルトをかばっていたらしい。一年前とは大違いだ。
もうすぐ、彼らも一人前の忍になるだろう。九尾の封印と「うちは」の血。それをどう克服し、あるいはわがものとしていくのか、いまはまだわからないが。
「イルカせんせ〜」
うなるような声に、イルカはあわてて店の中に戻った。
「どうした?」
「なんか、急に、ハラが……」
「おまえ、いくつ食ったんだ」
「三つ……」
サスケたちを見送っているあいだに、また替え玉をしたのか。しかも大盛で。
「そりゃ、食い過ぎだ」
イルカはため息をついた。勘定を済ませ、外に出る。
「薬飲んで、早く寝ろ。あしたも遅刻じゃ、洒落にならないぞ」
教師モードで、びしりと言う。ナルトがびっくりしたように顔を上げた。一瞬ののち、破顔する。
「イルカ先生だー」
「は?」
意味がわからず、問い返した。
「え、いや、べつに、なんでもないってば」
照れ隠しのように「いててっ」と腹を押さえて下を向く。なにやら、よくわからない状況だが、置いて帰るわけにもいかない。
「じゃ、行くか」
イルカはナルトの肩を支えて、ゆっくりと歩き出した。
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