*『狂える椿』ACT7対応作品*




揺らぎ
       by真也







ACT2



 ちゃんとしよう。
 できるだけ、あの人に迷惑をかけないように。
 理由はわからないけど、イルカ先生は今、揺れている。
 これまで見たことない位に。 
 おれにはどうすることもできない。
 だから、これ以上あの人を揺らさないようにしたい。





 数日後、カカシ先生は里に帰還した。けれど翌月の中旬、また単独任務で行ってしまった。
 したがっておれたちはまた、三人で任務をこなす日々を過ごした。
 自分達で考え、自分達で行動する。失敗もあったけど、三人とも着々と経験を積み重ねていった。
「これで今週、三つめだよなっ、サスケ」
 任務受付の前であいつを振り返って言った。心持ち大声で言ってみる。結構、頑張ってるんだぜ。イルカ先生にそれを知らせたかった。
 ちろり。あいつがこちらを見る。
「たかがD級で浮かれるな」
 ぴしゃりと言われた。
「だーって、カカシ先生、いないんだぜ。オレたちだけでやってるんだから」
 ムキになって言い返す。本当。おまえって感じ悪いな。せっかくイルカ先生に言ってんのに。
「言っとくけどね、ナルト」
 サクラちゃんが迫ってきた。顔が怖い。思わずたじろいだ。
「あんたがドジ踏まなけりゃ、とっくにCランクの任務が回ってきてるはずなのよ」
「え、ホント?」
 驚く。頑張ってたのに。足、引っ張ってたなんて。
「事実だ」
 きっぱり断言される。なんだか悔しい。
「D級任務三つより、C級ひとつの方が報酬が上だ。だれが足を引っ張っているかは、言わなくてもわかるな」
 畳み込むように言われた。言い返せずに下を向く。
「今度は、ひとりで先走らないでよね」
 とどめはサクラちゃん。認めるしかなかった。
「わかったよっ。次は絶対、Cランクの仕事、取ってやるってば」
 思い直して意気込む。次は絶対上手くやるんだ。サスケにだって、借りは作らない。背筋をピンと伸ばし、前に進む。戸口の所で振り返った。イルカ先生が見える。元気のない顔。
 ピース。
 おれはVサインを投げた。きっと、うまくいく。
 イルカ先生、おれ頑張るから。先生も頑張って。
 にっかりと笑みを作る。心配なんてさせないように。おれは精一杯笑った。小さく笑う先生が見えた。





 その後も時は淡々と過ぎていった。カカシ先生は帰らない。どうやら任務が長引いているようだった。
 イルカ先生も忙しく働いている。普段と変わらずてきぱきと。でも、だんだん痩せてきていた。髭のおっさんの話によると、おれたちは来月始め位までこのままらしい。でも、おれたちのことはいい。ちょっとずつ自信も付いてきたから。けれど、イルカ先生が心配だった。だんだん表情がなくなってゆく。まるで、人形みたいに。


 カカシ先生、早く帰って。でないと・・・。


 願うようにして、おれは日々を過ごした。そして。
 里に初雪が降った日、ついにカカシ先生は帰ってきた。その日。おれ達は任務で、木の葉の辺境まで行っていた。
 数日後、任務を終えて里に帰ってきたら、イルカ先生が怪我してカカシ先生の家にいるという。
 どうしたのだろうか。
 殊更不安になった。任務に出る前に見たイルカ先生は、今にも消えそうだったから。
 でもどうして。カカシ先生が帰っているのに。ひょっとして、いつかみたいに喧嘩したのだろうか。
 考え出すと止まらなくなり、おれはカカシ先生の家に行くことにした。そこで二人に会えば落ち着く。きっと仲直りしてたんだ。カカシ先生がイルカ先生の面倒を見ているって聞いたし。
 あれこれ思いながら郊外の家へと急ぐ。里のはずれまで来た時、声が掛かった。
「どこへ行く」
 サスケだった。あいつは木に持たれ、両手をポケットに突っ込んで立っている。
「どこでもいいだろ」
 言い捨て、先を急ぐ。今度は進路を塞いだ。
「カカシの家に行くのなら、やめろ」
「なにっ」
「今お前が行っても、迷惑になるだけだ」
「なんでだよっ」
 思わず詰め寄る。漆黒の瞳が見つめ返した。
「言ったはずだ。イルカ先生にだって、知られたくないことはある。特にお前にはな」
「どういうことだってば!」
 ずい。あいつの顔が更に近づいた。すぐ鼻先まで来る。
「本当に、わからないんだな」
「だから何がっ」
「あの人は、カカシのものだ」
 一瞬、絶句する。言葉が継がれた。
「そして、あの人自身もそれを望んでいる」
 意味が分からない。イルカ先生が・・・だって?ものってなんだよ。
「それがどうしたってんだよっ。イルカ先生はイルカ先生だっ!」
 殴りかかる。訳のわからないことを言う口を塞いでやるつもりだった。振り回した手が容易く避けられる。それどころか、反対に捕らえられた。身体が引き倒され、あいつが伸し掛かってくる。
「・・・・くそっ・・・」
 逃れようと身を捩った。掴まれた手はびくともしない。
「くそっ・・・・はな・・・せよ」
「自分で何とかしてみろ」
 冷たく言い放たれた。悔しくて、必死で押し返そうとする。力が違った。
「俺に勝つ。なんて、夢のまた夢だな」
 じりじりとサスケの顔が近づいてくる。すぐ目の前で止まった。
「覚えておけ。これが、お前と俺の差だ」
 押し当てられる唇。やっぱり冷たい。ぎゅっと目を瞑った。息が苦しい。驚きのあまり、鼻で呼吸することも忘れた。


 くやしい。なんでこんなことするんだ。でも。
 今のおれじゃ、押し返すことも逃げることも出来ない。


 不意に力が弛んだ。とっさに腕を逃れる。距離をとって口を拭った。あいつが見ている。
「悔しいか」
「畜生!」
 腹いせにクナイを投げる。わけなく避けられてしまった。サスケが木の上に飛び上がる。おれを見下ろしながら言った。 
「悔しければ、追ってこい。俺を倒せ」
 枝が微かに揺れて、あいつの姿が消えた。あとにはおれだけが残る。
 唇の感触。冷たさ。腕を掴んだあいつの手。その熱さ。何もかもが腹立たしい。そのまま放っておいたら泣きそうになる気がして、おれは口をごしごしとこすった。


 わからない。
 ちゃんとしようと思ってるのに。
 あの人に迷惑をかけないように。これ以上、あの人を揺らさないように。なのに。
 なんでこんなことするんだ。
 どうしておれまで、揺らせるようなことするんだ。



 混乱している。
 波立つ気持ち。なかなか収まらない。
 今はただ、そこに立ち尽くすしかなかった。
 


 その日。サスケとのこともあってか、おれはカカシ先生の家に行けなかった。



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