『狂える椿』
byつう
七の章
おれは、なにをしているのだろう。
しとどに乱れた夜具の上。もうひとりの自分が言う。「浅ましい」と。
わかっている。わかっていても、どうすることもできない。ほしくて。ただ、ほしくて。
この温もりを、手放したくない。もう少し。もう少し、このままで。
あなたがいる。ここに、あなたがいる。それだけでいい。ほかにはなにも要らない。だから……。
心も体も、あなたに溺れていく。狂っていく。
あなたを失いたくなくて、今夜もおれは刹那を求めた。
単純なミスが、重大な結果を招くことはままある。今回も、あわや砦が干上がるところであった。
「らしくないぞ、うみの」
同僚が、渋い顔をして言った。
砂の国との国境の砦に送る補給物資が、配送伝票の書き間違いでべつの砦に送られるところだったのだ。たまたま糧食の在庫を点検していた同僚が、ミスに気づいて事なきを得た。
「局長には報告した。減俸は覚悟しとけよ」
「わかっている。すまない」
倉庫の隅で、イルカは頭を下げた。
同僚は事の次第を公にはしなかったが、イルカは局長の政城に始末書を提出した。
「困りましたねえ」
いつも通りの芒洋とした口調で、政城は言った。
「内々に済まそうと思っていたんですが」
「そういうわけには、いきません」
「みんなの手前、ということですか」
「はい」
「仕方ないですねえ」
政城はため息をついた。
「では、職務怠慢につき罰金ということで」
命令書に必要事項を書き込む。
「罰金?」
「減俸となると、査問委員会に諮らねばなりませんから。面倒でしょ」
罰金なら、部署の長の裁量である。
「二週間以内に経理課に納めてください。遅れたら追徴金が上乗せされますからね」
いちいち説明するまでもないでしょうが、と断わりながら、命令書を差し出す。イルカはそれを受け取り、席に戻った。同僚がちらりとこちらを見てウィンクする。
皆の心遣いはうれしかった。が、同時につらくもあった。前線の砦の重要性をなんと考えているのかと、叱責された方がましだ。
勝手なことを。自分でもそう思う。もっと仕事に集中しなければ。
頭ではわかっていた。が、どうしてもあの男のことを考えてしまう。
姿が見えないと、いまごろどこにいるのだろうと思い、会えば会ったで少しでも近くにいたいと願う。
いつから、こんなふうになってしまったのだろう。あの男の手を取って、このうえない安らぎを感じたはずなのに。
このごろは、夜を過ごすたびに不安になる。これで最後なのではないか、と。そんな漠然とした思いがよぎり、意識を手放すまで求めてしまう。何度も、何度も。
朦朧としながらも、ただひとつの場所だけは熱く息づいて、貪欲にカカシを追う。追って、追いつめて、やっと満たされて。でも、それは長くは続かない。すぐに新たな渇きを覚え、砂漠で水を探すように、イルカはカカシの体を彷徨する。
いまのイルカにとって、カカシは甘い麻薬のような存在だった。逢瀬のたびにカカシは細やかな愛情を示してくれる。ときおり哀しそうに、ふた色の瞳を曇らせることはあったが。
それでも、求める心は止められない。そんな日々がしばらく続いた。
月が変わって、霜月も半ばになろうというころ。
カカシは火影の館の奥殿に召され、直々に密命を受けた。雨の国での単独任務である。
「……長くかかるのですか」
褥の中で、イルカは訊いた。
「十日ぐらいですね」
ひっそりと、カカシは言った。長い指が黒髪をもてあそぶ。
「暗殺任務ではないので、命の危険は少ないです」
でも、皆無ではない。
イルカは上体を起こして、カカシに覆いかぶさった。
「イルカ……」
困ったような顔で、カカシが言う。イルカは唇でその声をふさいだ。無言のままで、欲する。深く、熱く、激しい楔を。
里に初霜の降りた朝。カカシは雨の国に向けて出立した。
「無事のご帰還をお待ちしています」
定型のあいさつが、つらかった。カカシの微笑みが胸を貫く。
『信じてよ』
そう言われたのは、いつだっただろう。
『信じてよ。俺を』
信じたい。信じさせてほしい。あなたが、おれのものであるということを。
去り行く背を見送るしかない自分が、どうしようもなく哀しかった。あなたの側にいたい。でも、それは許されぬこと。
時限印によって封じられた年月が悔やまれる。あのことがなければ、自分は上忍としてあなたと出会うことができたかもしれないのに……。
否。それはない。九尾の際のトラウマをひきずったままで、自分が忍の道を極められたはずはないのだから。
思考が混乱していた。カカシとともにいたいという願望のみが独り歩きしている。
カカシが里を離れて、幾日かが過ぎた。日々は変わりなく流れていく。
七班は指導教官であるカカシがいなくても、Dランクの任務を着実にこなしていった。司令塔のサスケ、参謀格のサクラ、先鋒を受け持つナルト。子供たちの成長は目を見張るほどだ。
「これで今週、三つめだよなっ、サスケ」
受付の前で、ナルトがうれしそうに言う。サスケはちろりと一瞥して、
「たかがD級で浮かれるな」
「だーって、カカシ先生、いないんだぜ。オレたちだけでやってるんだから」
「言っとくけどね、ナルト」
サクラが剣呑な顔で迫った。
「あんたがドジ踏まなけりゃ、とっくにCランクの任務が回ってきてるはずなのよ」
「え、ホント?」
「事実だ」
サスケが断言した。
「D級任務三つより、C級ひとつの方が報酬が上だ。だれが足を引っ張っているかは、言わなくてもわかるな」
「……」
頬をふくらませて、ナルトが下を向く。サクラがうんうんと頷きつつ、
「今度は、ひとりで先走らないでよね」
「わかったよっ。次は絶対、Cランクの仕事、取ってやるってば」
意気込むナルトをいなしつつ、七班のメンバーが事務局を出ていく。戸口で振り返ったナルトが、にっかりと笑ってVサインを投げた。
ピース。
きっと、うまくいく。
ナルトの心がまっすぐに届く。それに対して、イルカはただ、曖昧な微笑みを返すことしかできなかった。
八の章へ続く
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