*『狂える椿』ACT15対応作品*




揺らぎ
       by真也







ACT3



 ゆらゆらと揺れているものを、なんとか抑え込む。
 あの人が揺れているんだ。おれまで揺れるわけにはいかない。
 腹に力を据えて、なけなしの元気を振り絞る。
 なにもかも撥ね返してやる。
 あの人がしてくれたみたいに。





「諸君。俺の留守の間、よく頑張ってくれたそうだねぇ」
 唯一表に出されている右目を細めて、カカシ先生は言った。久しぶりの指導任務のくせに、やっぱり二時間遅れてやって来た後で。
「先生、ほっとき過ぎだってば」
「忘れられちゃったかと思ったわ」
「怠慢甚だしいな」 
「お前達ねぇ、俺にも上忍としての任務ってやつがあるのよ」
 頭を掻きながらぼやいている。そんなの知ってる。その上で言ってるのだ。
 正直、心配していた。おれたちでさえそうなんだから、あの人はたぶん、もっと。
「でも。自分達でかなりやれるようになったそうじゃない。C級任務もこなしてるって?」
「うん、そうなんだっ」
「なんとか、ですけど」
「必然的にな。ったく。これじゃ、いてもいなくても同じじゃねぇかよ」
 険のある言葉。サスケがカカシ先生を睨みつけている。珍しい。いつも冷めた目で見ているあいつが。
 どうしたのだろうか。 
「なによ。お前、寂しかったの?」
「けっ。ナルトじゃあるまいし」
「なんでおれがでるんだって!」
 思わず叫んだ。そりゃ、確かに心配してたけど。
「事実だろうが。カカシ先生いつ帰るってうるさかったくせに」
「でもあれは、イルカ先生が・・・」
 言いかけて口を紡ぐ。蒼眼が見ていた。静かな、何かを語りかけるような瞳。大きく息をついて言った。
「そのことだけどな。俺、年が明けたらまた任務なのよ」
「ええっ、またかよ」
「長引くんですか?」
「んー、まあね。で、今度はイルカ先生も一緒だから」
「イルカ先生も?」
 おれは目を見開いた。サクラちゃんも驚いた顔をしている。サスケだけがいつもと変わらない、無表情だった。
 あの人が任務に。元気になったんだろうか。一緒に任務ってことは、仲直りしたんだよな。
「お前たちね、あの人も忍だって忘れてるでショ」
「でもっ。アカデミーはどうすんだよ。任務受付だって」
「それもそうなんだけどね。今回の任務もはずせないのよ。で、今リハビリ中。ま、三ヶ月位だからさ」
「ええーっ。そんなにかよっ」
「長いですね」
「つまり。それだけ犠牲を払っても、イルカ先生でなければならない。そういうことだな」
 ぼそりとあいつが言った。漆黒の目がカカシ先生を見据える。一拍間を置いて、先生が
「そういうことだよ」と言った。
 しばらく沈黙。あいつは何やら考えているらしい。
「・・・・仕方ねぇな」
「サスケ?」
「しょうがねぇって言ってるんだ。その分、自分達で鍛錬すればいい。ま、お前は進歩望めないけどな」
「何っ!」
「まあまあ。せっかく四人そろったんだから。ケンカしなーいの。さ、行くよ」
「今日は何ですか?」
 サクラちゃんが訊いた。銀髪の上忍はにっこり笑って、『自主トレ』と答えた。





 暮れもおしせまった夕暮れ。部屋のドアを叩く音がした。だれかと思い、戸を開ける。
「先生!」
 思わず叫んだ。ドアの向こうにはイルカ先生が立っていたのだ。
「うわーっ、ほんとに、イルカ先生だってばよ」
 抱きついて、確かめる。本当だ。イルカ先生だ。ふと思いだして身体を離す。
「あっ、いけね。イルカ先生、ケガしたんだったっけ」
「え?」
 先生が目を見開く。驚いてるみたいだ。おれ、知ってるんだぜ。
「今度、カカシ先生と一緒に任務に行くんだろ。で、カカシ先生んちで特訓してるって・・・・・」
「カカシ先生が、そう言ったのか」
「うん。なんか、たいへんな任務なんだってなー。イルカ先生、大丈夫かよ」
 上目使いで見上げた。本当、大丈夫かな。ケガだってちゃんと治ったんだろうか。目の前のあの人が、困ったように笑う。まだまだ本調子じゃないみたいだけど、いつものイルカ先生だった。
「ね。中、入ってよ」 
 引き止めたくて腕を引いた。先生に何かしたかったのだ。
「いま、お湯わかすから待っててくれよな」
 散らかり放題の部屋を横切り、台所に立つ。
「ちょうどよかったってば。お茶っ葉、買ったとこなんだ。イルカ先生、ほうじ茶、飲むだろ」
 言いながらガスを捻った。湯が沸くまでの間、様々なことを話す。久しぶりだった。日々の任務や訓練。最近起こったこと。おれはありったけしゃべった。少しでも、安心させたかった。
 一つだけ、サスケとのことは内緒にした。かえって心配させそうだったから。
「またカカシ先生抜きの任務になるけど、がんばんないとなー。ここんとこ、Cランクの仕事も増えたんだぜ」
 胸を張って言う。先生、安心したような顔になった。
「そうか。みんなとも、うまくやってるみたいだな」
「あったりまえじゃん」
 自信満々に言い切る。そうだよ。あんなの、大したことじゃない。
 その時、湯が沸いた。やかんの湯を急須に注ぐ。
「はい、どーぞ」
 入れ方なんてわからないけど、精一杯、心を込めてほうじ茶を入れた。湯のみをテーブルに置く。
 ゆっくりと、イルカ先生がそれを飲む。おれは見つめた。全部飲み干し、先生が席を立った。
「おいしかったよ」
 穏やかな微笑み。いつもの先生だった。おれも嬉しくて笑う。よかった。先生、元気になったみたいだ。



 三ヶ月。
 ちょっと長くて心配だけど、おれは先生達を信じてるから。イルカ先生も、カカシ先生も、両方。
 だから、きっと帰ってきてくれよな。二人でさ。
 おれも頑張る。サスケの考えていること、全然わからないけど。
 あいつに負けないように、精一杯、頑張るから。



 すっかり夜になってしまった景色の中、イルカ先生の姿が小さくなる。
 思いをこめて、おれは見送った。


 年明け。イルカ先生とカカシ先生は森の国に向かって出発した。




end



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