*『狂える椿』ACT3対応作品にて、先にそちらをどうぞ*




揺らぎ
       by真也







ACT1



 揺れている。
 あの人の心が、揺れ動いている。
 おれに向けられるどんな批難も、撥ね返してくれたイルカ先生が。
 今、確かに揺らいでいるのだ。
 変わった。
 イルカ先生の中で。何かが。確実に。





「倒れたって!」
 任務受付所でおれは叫んだ。花の国の豪商を護衛する任務から、今朝方復命したばかりの出来事だった。
「なあなあっ。イルカ先生、大丈夫なのかよっ」 
 受付の中忍に詰めよる。人の良さそうなその人は、苦笑しながら答えた。
「ああ。たぶん、過労だと思うけど。あいつ、最近頑張ってたからねぇ。ま、これでいい骨休めになるんじゃないの?」  
「それで?先生、今どこだよ」
「ナルト。どこですか?でしょ」
 サクラちゃんが注意する。
「だって・・・」
 おれは口を尖らせる。しかし、心配なのだ。
「だっても明後日もない。ウスラトンカチ。言い直せ」
「うるせえよっ。ウスラトンカチって言うな!」
「事実だろうが。敬語くらい覚えろ。それとも、お前の頭じゃ無理か?」
「何をっ!」
 煽られて睨みつける。すかした態度で返された。やっぱりやな奴。
「まあまあ。うみのが心配なんだよなぁ。あいつなら医療棟にいるよ」
「ありがと!」
 言うと同時に駆けだした。大丈夫かな。早く行かないと。
 十歩も行かないうちにぐいと襟首を掴まれる。引き戻された。
「何すんだよ!」
 どうせサスケだろうと思って振り向いた。絶句する。
「ぼうず。ここは走るとこじゃないぜ」
 そこには、髭の上忍が立っていた。 





「ちょっとここで待ってな。俺は中の様子を見てくる」
 そう言い捨て、髭の上忍が病室に入っていった。おれ達は廊下で待つ。落ち着かない為か、ひどく長く思えた。
 しばらくして許可がおり、おれ達は中に入った。
「イルカ先生!」
 走って飛び込む。イルカ先生はベッドの上に正座して迎えてくれた。少し痩せてる気がするけど、いつもと変わらなそうだった。
「こら、静かにしろ」
 髭の上忍が睨む。
「面会謝絶のところを、この俺が特別に口利いてやったんだぜ」
「えっ、そんなにひどいのか、イルカ先生!」
 言われて驚く。面会謝絶だって?それって、すごく悪いんじゃねぇかよ。
「大丈夫だよ」
 声に目を向ける。いつもの笑顔。高まった緊張が一気に緩んだ。
「アスマ先生が大袈裟なんだ」
 落ち着いた、しっかりした声音。よかった。ほっと胸を撫で下ろす。
「だよなっ。もーっ、おどかすんじゃねえってば」
 眉に皺を寄せ、おれは髭のおっさんを見上げた。おっさんは知らん顔をしていた。
「先生、これ、お見舞いです」
 サクラちゃんが葡萄を差し出す。ここに来る途中、下町の果物屋で買ったのだ。  
「早く元気になってくださいね」
「ありがとう」
 イルカ先生が葡萄を受け取る。一粒食べた。
「おいしいよ」
「そうですか?よかったー」
 うれしそうにサクラちゃんが言った。なんだか悔しい。だってあれは・・・・。
「オレはリンゴにしようって言ったんだけど、サスケが葡萄がいいって・・・・」
 言い訳みたいに言う。イルカ先生が困ったような顔をしている。
「葡萄の方がのどごしがいい。それに、ナイフがなくてもすぐに食べられる」
 平たくサスケが言った。おれだって考えてたのに。あいつに比べたら子供みたいだ。唇を噛む。仕方がないか。どう考えてもあいつの言うことの方が正しい。
「なあなあ、イルカ先生。いつ退院できる? カカシ先生が帰ってくるまで任務はないから、どっか遊びに連れてってくれってば」
 殊更元気に言う。早く元気になって欲しい。叱りつけてくれるイルカ先生になって欲しい。
「ナルト! 無茶なこと言っちゃ駄目よ」
 サクラちゃんに怒られた。バツが悪くて頬を掻く。そして気付いた。イルカ先生が考えている。不安な表情。
「・・・・カカシ先生は、一緒じゃないのか」
 見たことない顔だった。目に、口元に。隠しきれない心の揺れが見える。 
「あ、カカシ先生は、天升のおっさんと遊んでくるって」
 精一杯説明した。なんとか安心させたくて。イルカ先生のそんな顔は見たくなかった。
「天升?」
「花の国の茶商で、今度の仕事の依頼をした人です」
 サクラちゃんがつけ足す。イルカ先生の眉が顰められた。葡萄の籠を側卓に置く。そのまま黙り込んでしまった。
 表情が徐々に変わってゆく。
 ただの不安から、追い詰められた表情へ。



 揺れている。
 あの人の心が、揺れ動いている。
 おれに向けられるどんな批難も、撥ね返してくれたイルカ先生が。
 今、確かに揺らいでいるのだ。
 変わった。
 イルカ先生の中で。何かが。確実に。



 声を掛けられなかった。
 イルカ先生の周りの空気が、ぴんと張りつめている。うっかりそれを破ってしまったら、先生が壊れしまいそうな気がした。
「おい、どうした。気分でも悪いのか」
 髭のおっさんが先生の肩を揺する。はっとしてイルカ先生が顔を上げた。視線が合う。脅えた、瞳。打ちのめされたような気がした。



 沈黙。



 イルカ先生は何も言わない。唇が小刻みに震えている。まるで何かに遮られ、声が出せないみたいに。
「もういい。寝てろ」
 髭のおっさんが先生の身体を押す。ベッドに横たわらせた。
「面会時間は終わりだ」
 背中から固い声。
「えっ、でも・・・・・」
 戸惑う。このまま先生を放って置けない。
「行くぞ」
 サスケの声。ぴしりと言った。顎をしゃくる。
「長居をすると、治るものも治らなくなる」
 そう言われたら何も言えない。これ以上いたら、おれがわがまま言ってるみたいだ。奥歯を噛み締め、下を向く。皆に従うしかなかった。
 サスケの後に続き病室をでる。サクラちゃんが挨拶していた。





 長い廊下を黙々と歩く。サスケもサクラちゃんも、何も言わなかった。
「イルカ先生・・・・大丈夫かな」
 不安に堪え切れず、言った。四つの目が見つめている。
「だって!・・・・・だって、初めてだった」
 今まで見たことなかった。先生の、あんな顔。いつもしっかりしてて。温かくて。凛と前を向いていたイルカ先生が。
「ナルト。あのね・・・」
「サクラ」
 言葉の途中であいつが遮った。漆黒の目がサクラちゃんを見つめる。
「ナルトには俺が説明する。悪いが、お前はここから一人で帰ってくれ」
 ぼそりとサスケが告げる。サクラちゃんはしばらく考えていたようだけど、頷きながら言った。
「そうね。その方がいいかも。サスケ君、お願いね」
「ああ」
「じゃ、私はあっちの出口から帰るわ。その方が近いから」
「気をつけてな」
「うん。またね。ナルト」
「サクラちゃん、また明日なっ」 
 にこりと笑って、桃色の髪の仲間は踵を返した。ぱたぱたと走って、角を曲がって行ってしまった。
 後には、サスケとおれの二人が残った。
「何をしている」
 声に振り向く。じろり。サスケが見ていた。
「来い」
 言葉を投げる。すたすたと先を進んだ。仕方なく、おれはあいつの後を追った。
 サスケは医療棟の裏にある公園へと、おれを連れてきた。古びたベンチの前で立ち止まる。くるりと振り向いた。
「忘れたのか」
「えっ」
「言っただろうが」
「な、なんだよ」
 あいつが目を閉じ、こめかみを押さえる。大きく息を吐き出した。
「関わるな。あれはお前の手に負えない。イルカ先生自身の問題だ」 
「でもっ」
「あんな様子じゃ、お前が心配なのもわかる。しかし、だからといって何が出来る」
 問われて、言葉に詰まった。だけど、あのままじゃ嫌だ。
「あれを解決できるのは、イルカ先生自身だけだ。それと、カカシの奴」
「どうしてだよっ」
 何故カカシ先生がでてくんだよ。確かに、腕の立つ上忍だけど。
 変だ。イルカ先生、最初はカカシ先生にすごく冷たい気をおくっていた。それが、いつの間にか少しだけ優しいものになって・・・・。
 思いだす。そうだ。イルカ先生、カカシ先生のことを聞いてから様子がおかしくなった。と、いうことは。
「わからないのか」
「ちょっとは分かるって!・・・でも、全部は分からない」
「じゃ、教えるだけ無駄だな。諦めろ」
「ケチ!」
「相談料をよこすなら、考えてやってもいい」
 相談料。それっていつかの・・・。
「いらねぇってば!」
 したたかに笑うサスケに、おれはがなって抗議した。あいつはそれを平然と聞いている。
 ひとしきり聞き流した後、サスケはぼそりと言った。
「いいんだよ」 
「なにがっ」
「お前は・・・・・・知らなくていい。たぶん、あの人もそれを望まない。見せたくないんだ。だから、せめて迷惑はかけるな」
 無表情な中に、少しだけ辛そうな顔。サスケじゃないみたいだった。
 おれの知ってるあいつは、いつもすかしてて、イヤミな奴で。なのに。
 縛りだすような言葉。妙に心に響いた。
「話は終わりだ。俺はいくぞ」
「あ、ああ」
 あいつの姿が瞬時に消える。おれはしばらくの間、サスケのいた場所をぼんやりと見つめていた。
 


 理解はできない。
 あいつの言った言葉を全部は。
 それでも。
 せめて、イルカ先生に迷惑をかけないようにしようと思った。



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