草の所縁
     byつう







ACT3



 報告書を受け取り、イルカは大きくため息をついた。
「ナルト」
 赤ペンを手に、前に立つ少年を見上げる。
「おまえ、いい加減に件名ぐらいまともに書けよ」
「あ、また、ダメだった?」
「あたりまえだ。『赤毛のおっさんに送る荷物の件』じゃ、ふざけているとしか思えない」
「だって、相手の名前、忘れちまったんだってば」
 カカシといい勝負だな。イルカはふたたび、深く息をついた。
「それなら、サスケかサクラに訊けばいいだろう」
「カカシ先生がいないときの報告書は当番制でさー。だれも教えてくれねえんだってば。サクラちゃんは『自分でやんなさい』って言うし、サスケは……」
 なにか思い出したのか、急に口ごもる。
 山ほど厭みを言われているのかもしれない。サスケはなんでも、そつなくこなすタイプだし、サクラは地道に努力していくタイプだ。行き当たりばったりで、当たればすごいが外れるともっとすごいナルトには、なかなかつらいものがあるのだろう。
 しかし、こと任務の成果に関しては、この三人のチームワークは秀逸だった。さすがにあのカカシの仕込みだけのことはある。波の国での一件以来、着実に力をつけてきているものと思われた。
「まあ、だれにも得手不得手はあるにしても、上を目指すなら、なんでもひと通りのことはできないとな」
 上忍になっても、部下に報告書の下書きをしてもらうような情けないやつもいるが。
「とにかく、これは却下だ。明日中に再提出しろ」
「……相手先の名前、絶対に入れなきゃダメ?」
 ぼそりと、ナルトが訊く。仕方がないな。どうも、自分はナルトには甘くなってしまう。そう思いつつ、イルカは紙片に鉛筆で送り先を書いた。依頼書に書いてあったのを覚えていたから。
「おれが教えたってことは、内緒だぞ」
「うん! わかってるってば。やっぱ、イルカ先生はやさしいよなー。ちゃんと書き直してくるからっ」
 ぱっと明るい顔になって、ナルトは事務局を飛び出していった。廊下に出たところでだれかとぶつかったらしい。謝るどころか、なにやら捨て台詞を吐いて逃げていったようだ。
「また、あいつ……」
 すっかり、不良息子を持った父親の気分である。とりあえずフォローしておこうと立ち上がる。戸口を見ると、そこには山のようなファイルを抱えた同僚がいた。
「あー、もう、順番がめちゃくちゃになっちまったぜ」
 どうやら、ナルトの直撃を受けたのはこの同僚らしい。
「すまん、空木(うつぎ)」
 イルカはファイルを受け取った。
「せっかく、揃えてもらったのに」
「そうだよ、まったく。あいつも、ちっとは落ち着いてきたかと思ってたのに、中身はそのまんまだな」
 空木の言いようを聞いて、イルカは思わず口元をゆるめた。自分と同じ感想だったから。
「よっこらしょ、と。これで全部だと思うけど」
 空木が運んできたのは、アカデミー生の身上書と成績表だった。そろそろ夏合宿のグループ編成をしなくてはいけない。夏合宿は、来期の卒業予定者には卒業試験に向けての天王山でもある。できるだけ幅広い知識と技を身に付けてもらいたい。そのために、各人の苦手分野を強化するべく、班分けをするつもりだった。
「あのさあ、うみの」
 ファイルの順番を直しながら、空木が言った。
「ん、なんだ?」
「勤務シフトのことなんだけどさ」
 言いにくそうに、語を繋ぐ。
「俺、しばらく夜勤から外してもらえないかな」
 空木は先月、父親になった。生まれたのは男の子で、母子ともに健康らしい。が、やはり新生児の世話はそれなりに大変だ。空木にはすでに両親がなく、妻の母親は胸の病いで転地療養中だという。
「なにしろ、やたらと元気な赤ん坊でさー。夜昼かまわず、びーびー泣くんだよ。女房のやつ、ほとんど寝てないらしくて」
 せめて夜のあいだ、少しでも自分が世話を替わろうという心積もりか。イルカは頷いた。
「局長に訊いてみないとわからないが、たぶん大丈夫だろう。今週中に、おれがシフトの入れ替えをしておくから」
「助かる。ひとつ、借りってことで」
 空木はファイルを分類しつつ、片目を閉じた。
「そのかわり、新入生のぶんの班分けと進級試験の問題作りは俺がやるからさ」
「頼むよ」
 イルカは横にすわる同僚に、笑みを返した。





 その日の終業後。
 イルカはひとり事務局に残って、来週からの勤務シフトを組み直していた。局長の政城には、もう許可をとってある。例によって「うみの君にお任せしますから」と、にっこり笑って申請書に確認印を押してくれた。まったく、いい意味で「よきに計らえ」型の典型だ。任せてもらえれば、部下は発奮する。努力して、いい結果を出そうとする。そしてその結果をまっとうに評価してもらえれば、また次にも続いていく。
 政城は、自身の能力以上に他人の能力を引き出す才能を持っている。上司として、得難い存在と言えるだろう。
 前任の局長があまりにも俗人であったため、上司に対する期待などかけらもなかったのだが、政城が着任してからは事務局全体が活気づいている。イルカ自身も、それまでのように機械的に仕事をこなすことは少なくなった。
 今回のことにしても、そうだ。以前のイルカなら、非常事態か火影の勅命でもないかぎり、勤務日程を変更したりはしなかった。
 個人の事情をいちいち配慮していては、任務に混乱をきたす。そう言って切り捨てていただろう。
「とりあえず、こんなもんかな」
 一カ月分のシフトを調整し、イルカはそれを局長の机に置いた。明日、承認印がもらえれば、決まりだ。
 思いのほか、時間がかかってしまった。机の上を片づけて、帰り支度をする。と、そのとき、戸口に人影が現れた。
 警備の忍か。そんなことを思いながら、顔を上げる。
「ただいま、戻りました」
「カカシ先生……」
 イルカは目を見開いた。銀髪の上忍は、口布を下ろしてにっこりと笑った。
「残業ですか。大変ですねえ」
「いえ、たいしたことは……。ご無事で、なによりです」
 定型のあいさつをして、イルカは頭を下げた。
 予定より、二日ばかり早い。うまく事が運んだのだろうか。まさか、不首尾だったから早々に帰還したわけではなかろうが……。
「大丈夫ですよー」
 イルカの不安を察したのか、カカシはひらひらと手を振った。
「仕事はバッチリでしたって。それも、あんたが言ってた通りの展開になりましてねえ」
 カカシは、今回の件に岩の国の跡継ぎ問題が絡んでいたことを告げた。
「本物の報告書は、さっき三代目に提出しましたからねー。んで、これは表向きのものですが」
 ぱさりと、机の上に書面が置かれた。イルカは眉をひそめた。帰還したばかりだというのに、もう報告書を書いたというのか。しかも、ふたつも。
 ダミーの報告書は、じつによくできていた。これは、どう考えてもカカシが書いたとは思えない。もちろん手蹟はカカシのものだったが。
「……これ、だれに下書きしてもらったんです」
 きっと、今回の任務で有能な協力者がいたに違いない。
「ひどいなあ。俺が報告書を持ってくると、すぐにそんな……」
「じゃ、一字一句、あなたが考えたんですか?」
「そうは言いませんけど」
「それなら……」
「はいはい。白状しますって」
 芝居がかった口調でそう言って、両手を挙げる。
「あんたも、よく知ってる人ですよー」
 にんまりと笑って、カカシはその人物の名を口にした。



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