草の所縁
     byつう







ACT4



 山の中腹にある泉のそばで、カカシは芋を洗っていた。
 先刻、立ち寄った村で分けてもらったものだ。まもなく昼時。これを焼いて味噌をつけて食べよう。小魚も何尾か獲ったし、昼餉には十分だろう。
「はたけ殿」
 木陰にいた煉が、声をかけた。
「できましたよ。これでいいですか」
「あ、悪いねえ。いま行くから」
 カカシは芋を手に、淵から離れた。流麗な字で書かれた書類が差し出される。
「うわあ。こりゃ、出来過ぎだよ」
「そうですか?」
 煉はたったいま自分が書いたものを覗き込んだ。
「省略していいなら、そうしますが」
「してして。あんまりきっちりしてると、なに言われるかわからないから」
「三代目に?」
「……と、あの人にね」
 藍色の目を細めて、肩をすくめる。煉は苦笑して、新しい紙を出した。
「はたけ殿にも、苦手なものがあったんですね」
「あたりまえでしょ。まじで、代筆屋を雇いたいぐらいなんだから」
 七班の任務はサクラがいるからなんとかなるが、単独の、しかも極秘の任務となるとだれにでも頼めるものではない。今回は気心の知れた煉がいたからよかったが。
「あの人に書いてもらえばいいじゃないですか」
 さらさらと筆を走らせながら、煉が言った。
「イルカに?」
「ええ。駄目なんですか」
「たぶん、そーゆーズルはしないと思うなー。なにしろ、事務局の生き字引でお局さんだから」
 以前なら、なんとかなったかもしれない。が、いまはもう無理だ。
 イルカはしっかりと自分の足場を固めている。そのうえで、カカシに対する気持ちを確固たるものとしているのだから。
 あの人が崩れるのは、褥の中でだけ。この腕に抱いているときだけ、すべてをさらけだしてくれる。肌を重ね、息を交わし、互いを感じ合う時間。ふたりとも、なにも隠すものはない。隠すことはできない。こぼれる声も、震える指先も。
「もしかして、尻に敷かれてます?」
 いたずらっ子のような顔で、煉は笑った。カカシは首をかしげて、
「うーん。そう言われると、そんなような気も……」
「それはそれは……ごちそうさまです」
 ぴらりと、煉は一枚の書面を差し出した。
「三代目に提出する分です」
「どうもー。なんか、魔法みたいに早いねえ」
「事実を連ねるだけですから、たいして頭は使いません」
「そーゆーもん?」
 カカシは報告書を丁寧に乾かして、懐に仕舞った。煉がふたつ目の報告書を作成しているあいだに、火遁を使って芋と小魚を焼く。しばらくすると、あたりに香ばしい匂いが漂ってきた。
 いい色に焼けたころ、煉は筆を矢立に戻した。どうやら、二枚目の報告書もできたらしい。
「おつかれさまー。さあさあ、食べて食べて。魚、足らなかったら、また獲ってくるから」
「いただきます」
 にっこりと笑って、煉は小魚に手をのばした。





 花の国と岩の国の国境での仕事は、ことのほかうまくいった。森羅の中忍三人もじつに過不足なく動き、半刻とせぬうちに事は終わった。
 森羅の者たちは、さすがによく訓練されていた。見事な連携。あれは一朝一夕にできるものではない。
 それぞれがおのれの役目を十分に理解し、その場その場に応じて最も効果的な方法をとる。森羅の中忍は、木の葉における特別上忍と同格だ。
 いずれ、森の国が独立を果たせば、名実ともに森羅の一族が国を動かすことになろう。首長の蒼糸は国主に。いま目の前にいる青年は、さしずめ内務尚書といったところか。
「どうかしましたか」
 煉が不思議そうな顔でこちらを見ている。カカシは思考を中断した。
「へ? いや、ちょっと考え事」
「なにか、今回の件で不都合なことでも?」
「違う違う。思ったより早く片づいたから、休みがもらえないかなーと思って」
 小魚を咀嚼しつつ、適当に話を繋ぐ。
「ここんとこ、こき使われててねえ。おまえからも三代目に口添えしてよ」
「それはかまいませんが」
 煉は火影から今回の報酬を受け取るため、木の葉の里を経由することになっていた。配下の中忍たちは先んじて復命しているが。
「私は余所者ですから、お力にはなれないと思いますよ」
「うーん。やっぱりムリか。三代目は外面がいいから、なんとかなると思ったんだけど……その点、おまえんとこのボスは気が利いてるねえ」
 蒼糸は今回の仕事に際して、煉たちに十日のいとまを与えている。木の葉から森羅への協力依頼は極秘扱いだったから。
「残り二日は、ほんとの休みってことだろ」
「ええ。まあ」
「あ、じゃあさ。三代目からギャラもらったら、俺んちで宴会しない?」
「はたけ殿のお宅で?」
「報告書、書いてもらったお礼にごちそうするよー。俺、けっこう料理、得意だし」
「知ってます」
 煉は微笑した。
「この味噌も、あなたのお手製でしょ」
「そうそう。これは三年ものねー。今年は仕込みの時期に砦にいたから、作れなかったけど」
 味噌の仕込みは、たいてい真冬だ。木の葉の里では、年が明けて最初の午(うま)の日に仕込むのが慣わしになっている。
「お誘いはうれしいんですが、あの人が気を悪くしませんか」
「んー。そうかな。だったら、宴会じゃなくてバーベキューでもするかな」
「バーベキュー?」
「そ。俺の部下たちも呼んで、うちの庭で」
 ナルトたちも一緒なら、煉が言うような心配はあるまい。
「でも、いまからだと里に入るのは夕刻になりますよ」
「篝火をたけばいいでしょ。寒い時期じゃないし」
 少々夜風が冷たくても、それで風邪をひくようなヤワな連中ではない。
「よーし。そうと決まったら、急がなくっちゃねー」
 カカシは芋を口に放りこんで、立ち上がった。
「悪いけど、先に行くよー。できるだけ早く里に入らないと、食材が調達できないから」
 ナルトたちを呼ぶなら、半端な量では済まない。肉屋に魚屋に八百屋。今日の売れ残りを全部買うことになるかも。
「わかりました。私はここを片づけてからまいります」
「よろしくー」
 片手を上げて、カカシは泉の向こうまで飛んだ。



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