草の所縁 byつう
ACT2
花の国の豪商、天升(てんしょう)は、じつににこやかに顔見知りの忍たちを迎えた。
「これはこれは。まさかもう一度『羅刹』と『夜叉』を並べて拝することがあろうとは思いませなんだなあ」
茶室では、黒髪を海老茶の飾り紐で束ねた青年が台天目の手前を披露していた。正客の座にすわった天升は、藤色の干菓子を口に運びつつ、その手前を見つめた。
「羅刹」と「夜叉」は七星窯の天目茶碗の逸品で、そのうちのひとつ「羅刹」は昨秋、木の葉の里の上忍が持ち帰っていた。
「あんときは世話になったねえ、天升さん」
銀髪の上忍は、藍色の隻眼を正客の座に向けた。天升は小さな扇子を揺らしながら、
「なんの。こっちも商売ですよ。『羅刹』を木の葉へ。『夜叉』を森へ。それで雨や海の品物がいち早く手に入るようになりましたからな」
天升は、くつくつと笑った。
「それにしても、おふたかたが水郷寺まで抑えてくださるとは。われわれにとっては、願ったり叶ったりでござりましたわ」
「ありゃまあ、成りゆきでね」
カカシは足を崩した。
「煉〜、もういいだろ。そろそろ本題に入れば?」
「あいかわらず、はたけ殿はせっかちですね」
茶人の姿をした煉は、ゆっくりと茶筅を置いた。天升に茶を献じ、礼をする。天升もそれに応じて礼を返し、茶を喫した。
「けっこうなお点前で」
作法通りにあいさつをする。
「もう一服、いかがですか」
茶碗を引きながら、煉が訊いた。天升は首を振り、
「いや、はたけ殿もお待ちかねのご様子じゃ。こたびの一件、そろそろ進めるといたしましょう」
「もー、そっちで話がついてるんなら、ややこしいことは抜きにしてさあ。要するに、俺はなにをしたらいいわけ?」
いつものことだが、三代目はいい性格をしている。今度の任務に煉が関わってくるのなら、最初から言っておけばいいのに。
『花の国に協力者がおる。まずはその者と接触せよ』
火影はそう言った。そして指示された場所に赴いたところ、そこに天升と煉が現れたのだ。
『やはり、あなたでしたか』
煉はにっこりと笑って、手を差し出した。
『三代目からの依頼で、お手伝いにまいりました。どうぞ、ご存分にお使いください』
使われてるのは、こっちの方みたいだけど。
カカシは煉の手元を見た。「羅刹」と「夜叉」。それを自分たちに与えたのは天升だ。今回、再度それを持ってこの男と接触したということは、それ相当の見返りがあるはずだ。
「されば、申し上げますが」
天升がにこやかな表情を崩さずに、あることをカカシに打ち明けた。
三日後の深夜。
カカシは花の国と岩の国の国境にいた。煉と、その配下の中忍たちも一緒だ。
「ほんとに、こんなことでうまくいくのかねえ」
カカシがため息まじりに言った。
「いきますよ。要するに、この国境上で、岩の忍やつわものたちによって、石永どのが命を落とせばいいのです」
石永とは、岩の国の国主の兄で、何年か前に廃嫡になって隠遁していた人物だ。
「こっちがやっちまった方がラクなのに」
「それでは国際問題になるでしょう。あくまでも、今回のことは岩の国内部の問題として処理しなくては」
煉は部下に配置につくよう命じた。中忍が三名、散っていく。
「そーゆーのって、内政干渉になるんじゃないの?」
「われわれが手を下さなくても、いずれ石永どのはだれかに担ぎ出されます。花の国か、あるいは雪の国に」
「敵を取り込んでまで、国を広げたいかね」
「権力者の思考とは、そういうものでしょう。吐き気がしますがね」
「あー、やだやだ。早いとこ済ませて、里に帰りたいよ」
「あの人が待っているから?」
思わせぶりに、煉は言った。カカシはにんまりと笑って、
「もちろん。ほんとは連れてきたかったんだけどねー。三代目が許してくれなかったんだよ。ったく、石頭なんだから」
たしかに、イルカには岩の国や雪の国の任務経験はない。が、なんといっても彼は「生き字引」だ。各国の、ごく最近までの細かいデータをすべて把握しているはず。同道して不都合があるはずもないのに。
偶然かもしれないが、イルカは今回の任務に、岩の国の国主の座を巡るいざこざが関係しているかもしれないと言及していた。やはり、大局を見る目はたいしたものだ。
もっとも、煉の協力が確保されていたのだから、それにまさるものはないと三代目は考えたのかもしれない。天升を通じて、花の国の上層部を抑えることもできた。これは大きい。
「で、お元気ですか」
「え? ああ、イルカのこと?」
「ええ。私たちのせいで、要らぬ怪我をさせてしまって……」
「そのことは、もういいって。元気にしてるよー。なんか、妙に恐くなっちゃって」
「恐い?」
「そ。アカデミーの生徒たちに対してはもちろん、俺たちに対してもねー。あの人、事務局のお局さんだから」
「お局さんって……それ、ふつうは女の人に使う言葉ですよ」
煉が苦笑する。カカシはため息をつきつつ、
「おまえまで、あの人みたいな言い方しないでよー。つまり、事務局を仕切ってるってこと。以前もかなり恐かったけど、ますます拍車がかかったねー」
「ひと山、越えたってことですか」
「うーん。あの人の場合、ふた山も三山も越えてるからねえ。もう恐いものナシなんじゃないの」
「……そうですね。なんとなく、わかります」
なんとなく、ねえ。
カカシはちらりと横を見た。これ以上はないというぐらいの地獄を見てきただろうに。
時限印に侵され、仲間を虐殺していった父。煉は、その父を自らの手にかけなければならなかった。愛する者を滅する哀しみと苦しみと怒り。あとに残ったものは、それを一生背負っていくしかないのだから。
「駄目ですよ、はたけ殿」
うっすらと煉は笑った。
「そんな顔をしては。私だからいいですが、ほかの者なら誤解します」
「はあ?」
「自分が、懸想されていると」
「ありゃりゃ。そう?」
カカシは頭をかいた。
「そうですとも。いい加減に自覚してください」
「うーん。まあ、以後気をつけます」
とりあえず、あやまっておく。自覚しろと言われても困るのだが。
「……来ました」
鋭い声で、煉が告げた。視線の方角に、隊商の一団。あの中に、石永がいるはずだ。
「岩のやつらは?」
「エサはまいておきましたが、まだ動かないようですね」
「完全に国境を越えたら、おまえんとこの連中が口火を切るだろ」
「ええ。そろそろですね」
「んじゃ、俺は向かって左側ね」
「よろしく」
煉はにっこりと微笑んで、岩場の右へと移動した。
あと少し。隊商の最後のひとりが、馬を引いていく。よし。いまだ。
正面で、発火。森羅の中忍だ。それに続いて、岩場から次々と影が現れた。怒号、悲鳴、馬のいななき。火箭が飛び、一帯は騒然となった。
これに乗じて、花の国まで入り込まれては困る。カカシは岩忍の背後に回り、おのれの任務を遂行した。
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