『燃える椿の下で』
by真也

 
 これは、罰なのだろうか。
 あいつの心に気付けなかった。あいつを拒んでしまったおれへの。
 必死で縋り付いてきた身体を、何故突き放してしまったのだろう。


 

ACT8  〜手段〜




 コトコトと小さな音がする。あれは何かを炊いている音。味噌の香りと薬草みたいなにおい。温かく落ち着いた空気。おれは目を開いた。
「起きたか」
 目の前に笑顔。鼻を横切る一文字の傷。イルカ先生だった。
「おまえ、よく眠ってたぞ」
 にっこりと深く笑む。穏やかな、おれの好きな顔。どのくらい眠っていたのだろう。疑問に思い辺りを見回した。豪華な欄間のある部屋。どこかで見たような掛け軸。どこでだったろうか。
「・・・朝?」
 酷い声が出た。掠れて、カラカラの喉から。
「バカ。もう夕方だよ」
 たしなめるように言われた。アカデミー時代となんら変わらない口調で。
「何か飲むか?」
 訊かれて頷いた。起き上がろうとして背筋と腰が鈍く疼く。イルカ先生が背に手を回して助け起こしてくれた。
「ほら。ゆっくり飲めよ」
 差し出された湯のみを受けとる。温かくて香ばしい香り。これ、ほうじ茶だ。
「先生。ここ、どこ?」
「カカシ先生の家だ」
 言われて納得する。見たことがあったはずだ。ここには何回か来ているのだから。いつぞやはバーベキューを食べたりした。
 楽しかったな。
 そう思いながら湯のみに口をあてる。そうだ、あの時は皆がいた。サクラちゃんも。煉という森羅の人も。そして、サスケも。
「うっ」
 思いだして急に吐き気に襲われた。喉へやろうとしていた液体が鼻へと逆流する。追い打ちをかけるように酸味のある胃液が込み上げてきた。背を丸め必死で抑える。このままでは・・・・。
「いいぞ」
 頭上から声。背中に温かい手。ゆっくりとさすってくれる。イルカ先生だった。
「吐いてもいい。我慢するな」
「先生・・・」
 思わず顔を上げた。あいつと同じ、まっくろな瞳。胸が痛い。抑えようとしても、何かが込み上げてくる。震える唇。止まらない。
「よく、がんばったな」
 誉めてもらう為にしたんじゃない。それでも涙が滲み、震えが身体全体へと広がっていく。手を伸ばして精一杯しがみついた。
「せんせい・・・・イルカ先生っ!」
 言葉にならない。説明する必要もない。ただ、溢れてゆくものを流した。声も。嗚咽も。涙も。
 全てを洗い流すように、おれはイルカ先生の腕で泣いた。




 
 高まったものが徐々に収まってくる。外は暗くなっていた。
「先生、ごめんな」
 恥ずかしさと申し訳なさでおれは身体を離した。イルカ先生を見上げる。先生は困ったような顔をしていた。目が赤い。
「あちこち、汚しちゃったし・・・・・」
 布団と先生の着物には、ほうじ茶と涙のシミが出来ていた。かっこ悪い。目のやり場がなくて項垂れる。
「ナルト、腹減ってないか?」
 苦笑して先生が言う。
「うん。もうペコペコ」
 おれも頷き、笑った。
 


「悪い。ちょっと失敗、だな」
 イルカ先生が運んできたお粥は、少し焦げてしまっていた。灰緑色でドロッとしている。
「あのさ・・・・・ラーメンとか、ないの?」
「何言ってるんだ。この粥は身体にいいんだぞ」
 指導的にぴしりと言われる。諦めて、おれはさじを手に取った。
 熱いくらいの粥をふうふう言いながら食べる。湯気の向こうにイルカ先生がいた。
「先生。これ、おいしい?」
 疑問で訊いた。酷い味だったから。
「おれはもう慣れている。何回も食べさせられたからな」
 軽く眉を顰めて先生が神妙に言った。思わず苦笑する。この粥を先生に食べさせた人。その人の見当がついてしまったから。
「先生・・・・この粥を食べるきっかけって、時限印?」
 思いきって訊いた。あの人の目が大きく見開かれる。しばらくの沈黙の後、「ああ」と返事がなされた。
 時限印。その言葉を聞いた時のイルカ先生、いつもと違っていた。過敏な反応。まるで、一番触れて欲しくない部分に触れたような。
「訊いてもいい?もしあいつが時限印に侵されているのなら、おれはそれを知らなきゃ。知って、方法を考えなきゃ。あいつを取り戻す方法を」
「ナルト・・・・」
 イルカ先生が見つめる。静かな、それでも強い意志の見えるまなざしで。
「最初にあの牢を見つけた時、中に入ってたのは確かにサスケだった」
 呟いて、椀とさじを膳に置く。
「あいつ、『来るな』って。『いいから出て行け』って言ってた。きっと、おれを巻き込まない為だったと思う。だのにおれ、奴に振り回されて何も見られなかった。印も。あいつに戻す手がかりも・・・・・」
 ぎり。唇を噛む。膳を脇にやり、先生の前へ行った。背筋を伸ばして正座する。前に手をつき、先生を見上げて言った。
「イルカ先生。頼む。教えてくれよ。時限印も、あの行為も。どうやったら上手くこなせるのか。身体に最低限の負担で、相手にそれを知られない方法を。おれ、カカシ先生と先生の事も知ってる。だからこそ教えて欲しいんだ」
 一気に言って頭を下げた。頭上で沈黙。迷っているような空気。おれは根気よく待った。
「おまえの知ってるおれじゃないぞ」
 ぼそりと呟きが落とされた。顔を上げる。真摯な表情が待ち構えていた。
「ひょっとしたらおまえの嫌いなおれかもしれない。それでも、知りたいんだな」
 まっすぐな視線。おれもまっすぐ返した。こくりと頷く。
「・・・・・わかった」
 目を閉じ、イルカ先生が言った。再度目を開く。その目に迷いはなかった。
「明日、早朝から起こすぞ。一日でどれだけできるかわからないが、知識だけはたたき込んでやる。覚悟しろよ」
「うん」
「食べたら寝ろ。身体を休めておくんだ」
「わかったってば」
 微笑んで膳を戻した。食べよう。うまいと言えない味だけど、これが身体に効くのなら。
 苦くて酸っぱい粥を飲み込みながら、おれは明日を思った。



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