『燃える椿の下で』
by真也

 
 あの人は微笑む。
 傷だらけの、血の滲む頬で。
 自分のことなどそっちのけで、温かい手を差し伸べてくれる。
 いつも、いつでも。




ACT30 〜血と傷と温かい手〜 




「もう一度だ」
 イルカ先生が言った。いつもどおりの、穏やかな笑顔で。
「印の凍結はできたな。後は、波長を合わせて取り出せばいい」
 幾筋も裂かれ、首から胸にかけてボロボロになってしまった忍服。きっと下は傷だらけなのだろう。所々に血が滲んで、もとの色さえわからなくなってしまった。
「イルカ先生」
「ほら、落ち着いてやってみろ」
「先生っ!傷の手当てしてくれよ」
「かまわん。おれのことは気にするな」
「でもっ」
「時間が惜しい。もう一度だ」
 泣きそうなおれをよそに、先生は微笑み続ける。カカシ先生は火影屋敷に呼ばれて行った。一縷の望みで縁側を見る。理寧のおっさんは無表情なまま、ぴくりとも動かなかった。
「さあ」
 先生が促す。おれは奥歯を噛み締め、印を組み始めた。



 時限印を凍結する術とこれを取り出し滅する術。
 おれはそれに取り組んでいた。午前中いっぱいかけて印と口呪を会得し、午後からはイルカ先生の時限印に直接解術を試みていた。
『こんどこそ、やらなきゃ』
 できるだけ早く正確に印を組む。最大限に気を高めて。術者と印を持つ者全体を囲む防御結界を張る。次に、その内側に封印結界。時限印が弾けた反動が外に出ないよう、きっちり空間を閉じた。
『よし。次だ』
 二つの結界を張りながら、凍結の術で印を刻んだ皮膚ごと凍結。ここまでは比較的順調に進んだ。だが、しかし。
 次の段階、時限印の周りに結界を張る時点で問題は起こった。時限印は、それ自体が攻撃結果で囲まれている印だったのだ。
『・・・・落ち着けよ』
 結界で周りを取り囲む時、僅かな波長の違いにも時限印は反応した。攻撃結界が容赦なくイルカ先生を襲ったのである。
『あ!』
 しまった。同調しきれなかった。青白い結界の光が、先生の肌を刻む。
「イルカ先生っ!」
「続けろ!」
 駆けだす足を先生の声が止めた。まだ微笑んでる。大丈夫だと。だから、続けろと。拳を握りこんだ。
『・・・・ちくしょう』
 悔しい。おれの力が足りないばっかりに、イルカ先生が傷ついてゆく。なのに。
 あの人は微笑み続けるんだ。おれを心配させないように。おれに修行を続けさせるために。
「最初はうまく同調してたじゃないか。もう少しだ」
 声。イルカ先生の声。穏やかで大きくて、元気になる声。今も変わらない。
 おれは固く目を瞑った。どうすればいいんだ。
「怖いのか」
 理寧のおっさんの声。驚いて目をやる。
「ならば、終わりだな」
「・・・・・・おっさん」
 隻眼が見据える。厳しい光。怖れるなと。甘えるなと言っている。立ち向かえと。
「さあ」
 先生の声が、背中を押す。おれは目を閉じた。


『力が欲しい』
 心から思った。おれはこれ以上、誰も傷つけたくない。
 イルカ先生も。里の人たちも。あいつも。


 何もない所から、ゆっくりとチャクラを練り出す。己の気を徐々に高めてゆく。
 外側の防御結界。封印結界。つぎに、凍結の術。そして、時限印の周りに封印結界を。


 落ち着け。
 落ち着くんだ。
 心を空にして、完全に印の波長に合わせる。この波長だ。これを、維持して。
 もう少し。
 もう少しだ。
 

 結界を・・・・・張れた!


『よし!』
 素早く印を繰り出した。封印結界を六層重ねる。今だ。
 印が結界の光に包まれ、イルカ先生の項から浮かび上がってゆく。おれは粉砕術の印を切った。


「砕破・滅却!」


 気とチャクラをぶつける。閃光。ぴしりという音と共に、結界ごと時限印が消滅した。
「やったな!」
 イルカ先生が駆け寄る。
「先生っ!」
「ああ、よくやった」
 ガシガシと頭を掻き回される。温かい手。イルカ先生の手。おれは縁側を見た。理寧のおっさんが立ち上がっていた。
「おっさん!あれでいいんだろ!」
 おっさんはおれを一瞥し、座敷の中に入って行った。決まりだ。術は、会得できたのだ。
「そろそろ、夕飯時か・・・・」
 西に傾く日を眺めながら、イルカ先生が言う。
「でも、まずは着替えないとな」
 ボロボロの忍服を見やりながら、困ったように笑った。
「先生、入ろうぜ」
「そうだな」
「夕飯、おれが作るよ。先生は着替えてて」
「おまえが?」
「うん」
 大きく頷き、おれは縁側へと向かった。振り向くと、『仕方ないな』という顔のイルカ先生がいた。




「ほい。一丁お待ち!」
 あつあつの丼をどんと置いた。理寧のおっさんがじっと見ている。動かない。
「・・・・あれ?」
 疑問に思ってまわりを見回す。イルカ先生も固まっていた。おれは首を傾げる。
「どしたの?食べないとのびちゃうぜ」
「ナルト・・・・・これはないでしょ・・・」
 呆れたというよりは情けない声で、カカシ先生が言った。
「どうしてだよっ。せっかくおれが精根込めてラーメン作ったのにっ」
「おまえねぇ。精根ってこれは、お湯注ぐだけでしょーが」
「そうだぞ。せめてネギくらい入れろ」
「だってよ・・・・これしか作れねーもん」
 ぼそりと言い訳する。更に情けない顔ダブルで見つめられた。バツが悪い。口を尖らせ頭を掻いた。
「まったく。おまえ今までよく生きてたねぇ」
 ため息をつきながら、カカシ先生が言った。
「だって、これだけじゃねぇもん。一楽で食う時もあったし。時々、サスケも作ってくれたし・・・・」
「イルカ先生・・・・・」
 カカシ先生が隣を見やる。
「申し訳ありません。指導しておきます」
 イルカ先生が頷いた。
 かちり。
 理寧のおっさんが箸を取った。伸びかけのラーメンを口に運ぶ。もくもくとすすり出した。
「・・・・食べましょうか」
 イルカ先生が言う。
「そうですね」
 カカシ先生が頷いた。
 おれは三人を見回して、ホッとした気分で箸を取った。




「一つだけ、言っておく」
 ラーメンを食べ終えた後、理寧のおっさんが言った。
「時限印が発動していた場合、解術は印と共にその肉体の意識まで滅する」
「なんだって!」
 おれは目を見開いた。イルカ先生とカカシ先生もおっさんを見る。
「では。もしサスケが表に出ている時、解術を使ってしまったら・・・・」
「サスケは、消える」
「そうだ」
 断言。死刑宣告みたいに、おっさんの言葉が響いた。




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