■『燃える椿の下で』ACT30 対応作品■


献身
byつう

「いくらなんでも、やりすぎです」
 むっつりとした顔で、カカシが言った。これはだいぶ怒ってるな。イルカは神妙に下を向いた。もっとも、ついつい口元がゆるんでしまうのだが。
「なにがおかしいんです」
 さっそく、指摘された。
「最前線でやりあったわけでもないのに、こんなにたくさん傷を作って」
「すみません」
 とりあえず、謝っておく。カカシは憮然としたまま、傷口の消毒を続けた。前にも思ったが、本当に手際がいい。暗部出身の上忍。並みの医者よりもよほど場数を踏んでいる。
「……終わりましたよ」
 汚れたガーゼや包帯を手桶に放り込み、立ち上がる。
「ありがとうございます」
 夜着をはおり、イルカはふたたび頭を下げた。
「じゃ、これ片づけてきます」
 あいかわらず、ぶっきらぼうな物言いである。まあ、仕方ないな。
 イルカは心の中で苦笑した。自分はそれだけのことをしたのだ。いかにナルトに時限印の解術を会得させるためとはいえ、故意に自分の体を傷つけた。
 時限印の凍結と滅却を試みる際、波長がずれると攻撃結界が発動することは、かなり早い段階でわかっていた。それに対する防御の方法も。しかし、自分はあえて丸腰のままナルトに対した。
 なんらかの操作を加えてしまったら、術の会得は成るまい。そう思ったから。
「夜食ですよ」
 声とともに、だしと醤油のいい匂いがした。
「腹、へってるでしょ」
 枕辺に方盆を置く。その上には、土鍋と椀がふたつ。
「これは……」
「雑炊です。今朝炊いた飯と、塩シャケが少し残ってたんで」
 カカシは鍋の蓋を開けた。ほわりとした湯気が上がる。
「なにしろ、晩飯がアレでしたからねえ」
 ネギすら入っていないインスタントラーメン。ナルトの力作(?)である。
「ま、どうぞ」
 三つ葉を散らして、差し出す。
「……どうも」
 イルカは椀を受け取った。へんだな。ついさっきまで、あんなに機嫌が悪かったのに。
「いただきます」
 れんげを手にして、言う。カカシは湯呑みにほうじ茶を注いでいる。
 雑炊は旨かった。シャケの塩味とだしと醤油が絶妙のバランスで、三つ葉の香りとあいまって、じつに深い味わいを生み出していた。
「おいしいです。とても」
 するりと言葉が出た。カカシはにっこりと笑い、
「それはよかった。これ、みりんを少し多めに入れたんですよ」
「……それ、嫌みですか」
 きのうの卵焼きのことを思い出す。
「まさか。ちょっとだけね、俺にもわかったんです」
 自分のぶんを椀によそいつつ、続ける。
「だれかのために作る食事ってのは、特別なものなんだって」
「カカシ先生……」
「だから、俺もあんたのために『特別』をやってみようかなー、と」
 真面目な顔をして、言う。イルカは小さく吹き出した。
「あれ、どうしました?」
「なんだか、ますます口が巧くなりましたね」
「はあ?」
「おれはだいぶ前から、あなたの作るものを食べてますよ」
 最初は、カカシがイルカの時限印を滅した直後。ひどく衰弱していたイルカを、カカシは親身になって世話をした。あれから、もう五年たつ。
「あらあら。んなこと言ったら、ミもフタもないでしょーが」
 カカシは大袈裟にため息をついた。
「せーっかく、いい雰囲気になりかけてたのに」
「さっきまで、怒りのオーラを発していた人の言葉とは思えませんね」
「そりゃ、怒ってましたよ。あたりまえでしょ。なにもワザとやられなくても」
 やはり、気づいていたか。今日の午後、カカシはこの家にはいなかったので、もしかしたらごまかせるかと思っていたのだが。
「おかげでナルトのやつ、たった一日で凍結と滅却の両方をクリアしましたけどねえ」
 たしかに、ナルトは予想以上に力を付けていた。いまごろ、どうしているだろうか。
 サスケが表に出ているときには、術は使えない。大蛇丸が意識を支配しているときで、しかも至近距離にいなければ。
 いちばん確実なのは閨に誘うことだが、ナルトには無理だろう。いつぞやカカシが言ったように、大蛇丸とて馬鹿ではない。こちらから仕掛けたら、十中八九見破られる。ならば。
 機会を待つしかない。以前のように大蛇丸がサスケを抑え込み、ナルトに手を伸ばすときを。
 こうなってみると、サスケにはもうしばらく弱っていてもらった方がよかったのかもしれない。まったく、タイミングが悪い。
「雑炊、冷めますよ?」
 言われて、あわててれんげを持ち直す。
「心配なのはわかりますけどね」
「あ、いえ、心配というか……」
 いましがた脳裡に浮かんだことを口にする。カカシはふた色の目を見開いた。
「へえ。あんたでもそんなことを考えるんですか」
 くすくすと、可笑しそうに笑う。
「子供たちのために、それこそ骨身を削ってきたあんたがねえ。まあ、ナルトがらみじゃ仕方ないか」
 なにやら納得したように、頷く。
「サスケが出てるときなら、遠隔操作で意識を封じる手はありますけどね。俺がそれやっちゃうと、大蛇丸に警戒されるだけで、なーんにもいいことないでしょうから」
 結局、自分たちはなにもできないのだ。いつもの結論に辿り着く。
「とりあえず、今夜は俺、遠見の術でうちは屋敷を監視してますんで。あんたはゆっくり休んでください」
「それなら、おれも……」
「駄目です」
 ぴしゃりとカカシが言った。
「徹夜なんかしたら、ケガの治りが遅れますよ。これ以上、ナルトに負担かけてどうするんです」
 なかなか厳しいところを突いてくる。イルカは苦笑した。
「わかりました。でも……」
「なにか動きがあったら、起こします」
 即答である。イルカは椀とれんげを盆に戻した。
「ごちそうさまでした」
「もういいんですか?」
「はい。……ありがとうございました」
 体にも心にも、温かなものが沁み入ってくる。
 ふいに、昔のナルトの顔が浮かんだ。事務局で、振り向きざまに指を二本たてて、にっかりと笑ったときの。
 ピース。きっと、うまくいく。
 濁りのない瞳。それはいまも同じ。
 そうだ。きっと大丈夫。あいつは、木の葉の里の「うずまきナルト」なのだから。



 その夜。
 うちは屋敷ではなんの異変も起こらなかった。そして。
 幾度目かの、長い夜が明けた。



(了)





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