『燃える椿の下で』
by真也

 
ACT25 〜約束〜




 理寧のおっさんが姿を消してから、おれは床に入った。倒れ込むように眠り、目が覚めたらもう夕方だった。風呂に入って身仕度を整え、いつも通りに屋敷を出た。
「あら、来たの」
 うちは屋敷の奥の間に座り、奴は興味なさそうに言った。
「休んでもよかったのに。今日来てもつまらないわよ」
 冊子のようなものを読みながら、こちらに顔も向けずに奴が言う。本当におれのことなど気にしてないようだった。
 やっぱりこいつはわからない。ヤケに優しいと思えば痛めつけてくる。なのに今日はまるで無関心だ。どうしてなのだろう。
「何読んでんだよ」
 好奇心に負けて目の前に行く。黒い目がなにかと見上げた。
「なんでもないわ。ただの、子供の落書きよ」
 奴の手元にあったもの。それは誰が書いたのだろう、何かの写本だった。
「誰が書いたんだよ」
「さあね」
 写本の中には、子供とは思えない整った文字が並んでいた。誰かの文字に似ている。
「こっちは見覚えがあるんじゃない?」
 奴は自分の脇にあったもう一冊をおれに手渡した。受け取って中を見る。見慣れた文字。
「・・・・これ・・・」
 それはサスケの文字だった。たぶん、アカデミー時代のノートだろう。それには右上がりの文字で、ぎっしりと術のポイントと内容が記してあった。
「本当。兄弟そろっておりこうさんだったのねぇ。お兄さんの方は特に、だわ」
 苦笑としか思えない表情で奴は笑った。笑いながら目を閉じ、写本をぱたりと閉じた。
「さて・・・・今日は何をしようかしら。時間を潰すのが大変ね」
 奴は目を開き、不思議なことを言いながら膳の前に移動した。おれは首を傾げる。何をするかって、それは大体決っていたから。
「取り敢えず、飲むぐらいかしら」
 杯に酒が注がれる。すっとおれの前に差し出された。
「本当に・・・・それだけかよ」
 訝しげにおれは訊いた。だってこいつの行動は読めない。それに今まで殆どの場合、身体を求めてきていた。
「困った子ねぇ。アンタ、それは自惚れよ」
 目の前で苦笑される。言いようのない気持ちがして、下を向いた。
「それとも・・・・したいの?」
 下から覗きこまれる。そんなつもりじゃない。でもどう言ったらいいのかわからず押し黙った。
「まあ、それは無理ね」
 奴の言葉に耳を疑う。奴はサスケを支配しているし、おれは奴のための供物。不可能な事とは思えなかった。
「どうして・・・」
「こういうことよ」
 疑問を最後まで発する前に腕を取られた。引き倒されて身体に奴が跨がる。ぴたりと動きが止まった。
「・・・・・・おい」
 不審に思って見上げる。焦点の合わない目。制止したままの身体。よく見ると細かく震えている。まるで、内部で何かが激しくせめぎ合っているように。
「やっとね・・・・動きだしたのよ」
 しばらくして、奴が苦しそうに言った。蒼い顔。本当に、痛みか何かに苛まれているような表情だった。
「誰が?」
 わからなくて訊く。呆れたようにため息が落とされた。
「アンタも鈍いわね。サスケ君よ。せっかくアンタを守る為、アタシに圧力かけて頑張ってるのに」
「サスケが?」
「そうよ。いつか抵抗してくると思っていたけど、案外時間が掛かったわ。余程あのことが堪えてたのね」
「あのことって?」
 意識的に訊き返した。あのこと。それが、あいつが乗っ取られた元凶。おれは更に顔を近づけた。
「駄目よ。教えない」
「おいっ」
「そろそろ限界ね。また会いましょう」
 緩やかに笑んで、目の前の顔に表情がなくなった。再び目の焦点が無くなる。身体がびくりと震えた。
「・・・・あ・・」
 徐々に表情が甦る。目に精気も戻ってきた。あれは・・・。
「サスケっ」
 名前が零れる。まさしくそれは、サスケの表情だった。
「・・・・・ナルト」
 あいつは身体の上から退き、目の前に正座した。真摯な目。
「すまなかった」
 ぽつり。素直な謝罪が落とされた。急に頭が混乱する。
「何謝ってんだよっ」
 どう返したらいいか分からず言った。サスケの表情は変わらない。
「今の俺には謝るしか出来ない。・・・・・お前に迷惑をかけてしまった」
 殊勝に閉じられる瞼。長い睫が現れた。
「おまえ、そういう言い方・・・・・」
「事実だ。俺のせいで、お前はあいつに・・・」
 言いかけて唇を噛み締める。閨のことを言ってるのだろう。現に前回あいつが身体に戻った時、おれは奴と身体を繋いでいたのだから。
 気まずい沈黙が流れる。いやだ。サスケのこんな顔、見たくない。せっかく会えたのに。おれはお前のそんな顔見るために、今まで頑張ってきたんじゃないんだ。
「そうだよ」
 大きく息を吸い込み、意を決して言った。サスケが顔を強ばらせる。おれは更に言葉を継いだ。
「おれはなぁ、おまえのせいでひどいメに合ったんだからな。だから、このままじゃ済まさないぞ」
 ずいと詰め寄って言う。あいつが思い詰めた表情になった。
「・・・奢れよ」
「・・・・・」
「一楽のラーメン。一ヶ月分だからな」
 びしりと指差す。サスケの目が一瞬、点になった。しばらくして、それがゆっくりと細められる。張り詰めた気が一気に緩んだ。
「わかった」
 笑顔。口の端を少し持ち上げただけの。しかし、それで十分だった。
「絶対だぞ」
 更に念を押しする。サスケが頷いた。
 よかった。
 心からそう思った。あいつはえらそうで意地悪だけど、あんな顔はさせたくない。
「なあ。奴は今どうなってるんだ?」
「俺が抑え込んでいる」
「やったな」
「いや。まだ、僅かな時間しか出来ない」
「そうか」
 おれは苦笑する。そうだよな。なんせ、時限印があるんだし。
「ナルト」
 肩に手が置かれた。サスケの少し冷たい手。思わず目を見開いた。
「俺は必ず、奴から身体を取り戻す」
「うん」
 微笑んで頷いた。わかってる。おまえならできるよ。
「おれも頑張るな。だから、お前も負けるなよ」
「もちろんだ」
 サスケが言う。いつも通りの、不敵な顔。なんだか、おれまで力が湧いてくる。 
 理寧のおっさんは明日から時限印の解術を教えると言った。時限印さえ解除できれば、木の葉の里に奴がばらまいたものも何とかできる。それに、サスケが奴から身体を取り戻せば。そうすれば・・・・。
 その先を考えて、自分の思考に引っ掛かった。何故だかわからない。下を向き考え直す。
「何考えてるの?」
 言葉に驚いて見上げた。一瞬前とは別人の、見慣れてしまった酷薄な表情。
「あ・・・・あいつは?」
「退いてもらったわ。アタシだって、そう簡単に追い出されるわけにはいかないのよ」
 にやり。何度も見た、妖艶な微笑み。
「飲みなさい。あっちは楽しめないんだから、せめて飲んでもらわないとね」
 呆然とするおれの鼻先に、並々と酒の注がれた杯が差し出された。




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理寧×煉連動作『独寝』

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