『燃える椿の下で』
by真也
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ACT24 〜始まり〜
温かい手が背を覆う。ゆっくりと寝かされようとしている所で目が覚めた。
「起きたか」
綺麗に細められる隻眼。そのまわりの笑いジワ。流れる銀糸。
カカシ先生だった。
「先生・・・」
呟いて思いだす。そうか。おれ、あいつにひどくやられたから・・・・。でも、修行が。
「身体に障る。少し休め」
起き上がろうとして止められた。布団に押し戻される。
「もうすぐイルカ先生が朝餉を持ってきてくれる。少しでも腹に入れて、眠るといい」
優しい声音。諭されるように言った。
「ナルト。朝飯だぞ」
襖が開き、イルカ先生が中に入ってきた。朝餉の膳をごとりと置く。薬草粥だった。
「食えるか?なんなら、他のものを用意しても・・・」
心配そうに覗きこまれる。こんなの、もう何度目かなのに。おれは苦笑した。
「大丈夫だよ。腹、減ってるし」
「そうか」
ホッとした顔で、イルカ先生が言った。
「食べるよ」
そろそろと身体を起こして、匙を手にとった。温かな椀を手に持ち、粥を掬う。少しずつ口へとやった。
ああ。温かいな。
しみじみと思う。温かい部屋で、温かいものが胃の腑へと落ちてゆく。身体の中心からじわり、じわりと熱が広がる。広がった熱が癒してゆく。身体を。心を。
何故だったのだろう。ぼんやりと思った。奴はどうして、おれを痛めつけたのだろう。殺気は微塵も感じなかった。蔑みも。悪意も。ただ、哀しそうな顔。それだけが記憶に残っていた。
『人間ってね。憎みすぎても愛しすぎても駄目。どちらも結局、堕ちるだけ。ちょっといい加減位がいいのね』
奴の言葉が思いだされる。もしかしたら、触れてはいけない部分だったのかもしれない。
そんなことを思いながら、おれは匙を進めた。
「おかわり、いるか?」
目の前に盆が差し出された。イルカ先生だった。
「えっ」
「椀、カラになってるよ」
カカシ先生に言われて気付く。考え事をしながら、粥を食べきっていたのだ。
「どうするんだ?」
首を傾げ、困ったように訊かれる。慌てて盆に椀をのせた。
「もう一杯食うってば。粥だと、すぐ腹減っちゃうし」
「わかった。入れてくる」
盆を持ち、イルカ先生が立ち上がった。台所へと向かう。襖に手を掛けた時、それが自動的に開いた。
「遅い」
襖の向こうには、理寧のおっさんが立っていた。
「理寧殿」
「時間だ。何をしている」
「お待ちください!ナルトは、今日は・・・・」
「おぬしに言うておらぬ」
詰め寄るイルカ先生を、隻眼が睨み据える。イルカ先生が唇を結んだ。
「理寧殿、お言葉ですが・・・」
「せぬのか」
イルカ先生の言葉を遮り、理寧のおっさんがこちらを向く。地を這う低音が落とされた。
「おのが都合で、休むのか。甘いな」
「しかし!」
「やるよ!」
必死で叫んだ。もうすこし遅ければ間に合わない所だった。おっさんとイルカ先生が争う。そんなとこ、見たくない。
「・・・・ナルト」
イルカ先生がこちらを向く。ひどく強ばった顔をしていた。おれは意識的に微笑む。
「先生。おれ、やるよ。確かに時間が足りない。これくらいで、休んでなんていられないよ」
「本当に、やるのか」
カカシ先生。確認するように訊いた。
「うん。でも、まだ腹へってるからさ。おっさん、もう一杯粥食う間、待っててくれよ」
理寧のおっさんを見やる。おっさんはおれを一瞥し、背を向け縁側へと歩いていった。
「おまえ・・・」
イルカ先生が不安そうに見ている。どうも、心配性は治らないらしい。おれは殊更元気に言った。
「先生、おかわり早く頼むぜ」と。
二杯目の粥を平らげた後、おれは縁側へと向かった。理寧のおっさんが彫像みたいに腰かけて待っていた。
「今日は、封印結界だ」
言葉と同時に印が組まれる。閃光。とっさに気を張り巡らせる。あっという間に封印結界がまわりを取り囲んだ。
「これを解け。できるだけ早く」
「どうしてだよ」
「解けなければ窒息する。空気も入らぬからな」
「何ですって!」
後方の座敷から聞こえた。イルカ先生だった。
「イルカ先生。修行の邪魔になります」
「しかしっ」
「ナルトを信じましょう。な、ナルト」
カカシ先生が抑えてくれている。おれはこくりと頷いた。
「行くぜッ」
精神集中。気を研ぎ澄ませる。おっさんの封印結界。どれほどの力を持つのか。とにかく時間がない。体力的にも、今立っているのが精一杯だ。結界を破る力を出すにしても、今の体力じゃ数回が限度。どのみち、時間が長引けば命がない。
よく考えろ。
今ある力で、一番効果的な方法を。
全神経を集中させ、おれは考え続けた。
徐々に息苦しくなってくる。数回試みた内側からの攻撃は、結界を歪めることもできなかった。
あれから、どのくらい経ったのだろう。窒息しきってない所を考えると、そう時間が経ってないのかもしれないが。
ふと思いついた。封印結界は中のものを外に出さない為の結界だ。よって、外からの攻撃を避ける為他の結界と合わせて使われる事が多い。しかし、この結界は単品だ。だから、外から攻撃すればもしかしたら・・・。
外から、中にいるおれごと攻撃する。そうすれば、解けるかもしれない。
手先が痺れてきた。あと長くは持たない。たぶん、次の攻撃で最後だろう。できるだけ、大きな攻撃を外から。何がいいだろう。遠隔からの攻撃だから、やはり雷撃か。
ありったけのチャクラを練り込む。張り巡らせた気を最大限に高めて。結界の外に気を放っておいてよかった。それを媒介に雷を呼べる。
あいつならわけないのに。ふと思って苦笑する。甘えてるよな。サスケの事ばかり考えている。
おれだって。
全身全霊の力を雷雲に注ぐ。湧き起こった稲光が、封印結界に囲まれたおれを打った。
ドォォ・・・ン。
「うわぁ!」
結界が弾ける。封印結界が楯となって、雷の直撃は免れた。結界の切れ端と乱れた気、立ち籠める雷撃からの熱が渦巻く。衣服が粉々に切り裂かれた。顕になった肌。ああ。これじゃあ、見られてしまう。奴が肌に刻んだものを。でも、隠す余裕なんてない。おれは膝をついた。
「ナルト!」
イルカ先生の声。縁側を飛び越え、傍らにやってきた。すばやく上着を脱ぎ、おれに被せてくれる。
「理寧殿!」
鋭い声。全身でおれを庇いながら言った。
「ナルトは結界を解きました!もう、宜しいでしょう!」
おれを背に、理寧のおっさんを睨み付ける。数瞬、二人は動かなかった。
「確かにな」
しばらくして、おっさんがぼそりと言った。無表情のままだった。
「今日はこれで終わりだ。わしは、これから用事がある」
言い捨て、すたすたと裏口へと向かう。途中でぴたりと立ち止まった。
「明日から時限印の解術を教える。体調を整えておけ」
振り向かないまま、おっさんが言った。そのまま進んでゆく。裏口に姿が消えた。
「本当に、無茶な奴だな」
イルカ先生の声が聞こえる。目の前の顔が泣きそうに歪んだ。
「とにかく休もう。床に入るんだ」
肩が支えられる。促されるまま、おれは縁側へと向かった。
理寧のおっさんは朝まで帰って来なかった。
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