■『燃える椿の下で』ACT24 対応作品■
憂世
byつう
戻る
行かせて、よかったのだろうか。
薄墨色の空を見上げて、イルカは唇を結んだ。
ひどい状態だった。カカシに担がれてこの家に戻ってきたとき、ナルトの意識はまったくなかった。これまでにも何度かあんなことはあったが、最近は心身ともにその類の負担は軽減していたようだったのに。
なにがあったのだろう。大蛇丸とのあいだに。
訊きたかった。が、ナルトが言わないかぎり、こちらから詮索することはできない。
それはイルカとナルトとの不文律だった。信じているから。だから、訊かない。話してくれるまで待つのだ。それが、自分にできる唯一のこと。
幸い、今日の結界修業は午前中で終了した。散々な成り行きではあったが。
あの男はどこに行ったのだろう。ナルトが封印結界を破った直後にこの家を出ていき、いまだに帰ってこない。まさか、このまま戻らぬつもりではあるまいが……。
理寧。底知れぬ力を持つ森羅の術者。能面のような顔の裏で、いったいなにを考えているのやら。
それにしても、今日のあれはまずかった。あの男のことだ。ナルトがうちは屋敷でどんな「仕事」をしているかは察していただろうが、ナルトの気持ちを思うと、いたたまれない。
見られたくなかっただろうに。あんな跡を。
カカシやイルカに対しても、手首の跡さえ見せないようにしていたのだ。それを、いわば部外者にさらしてしまった。
「あーらあら、またコワイ顔して」
庭先から、カカシが縁に向かって近づいてきた。
「やっこさんは?」
「理寧どのなら、まだお戻りになっていません」
「ふーん。ま、朝まで用事はないから、夜遊びしてもらってもいいけどねー」
よっこらしょ、と、縁側に腰を下ろす。
「ナルトは……」
「大丈夫でしょ。今日は、昼からまるまる眠れたし」
口布を下げつつ、カカシは言った。
「それより、あんたの方が心配ですよ」
「え?」
「わかってないですねえ。ナルトのこととなると、あんたはあんたじゃなくなっちゃうから」
にんまりと、カカシは笑った。
「大丈夫ですって」
ふたたび、同じ台詞を言う。
「今朝、サスケのやつにハッパかけときましたしね」
そうだった。ナルトが限界まで責められたあと。
サスケが、大蛇丸の意識を突き破って出てきたとカカシは言っていた。それなら、まだサスケは消えていないのだ。ナルトの前にサスケが現れてくれたら、きっと……。
「ね? あいつらを、信じましょうよ」
何度目になるだろう。この言葉。
信じましょう。
自分たちには、それしかできない。
長い指があごを掴む。額宛てはいつのまにか外れていた。ふた色の瞳が近づく。左の紅。右の藍。見慣れた、きれいなふたつの宝玉。
唇が重なった。応えようとして、たじろぐ。
「どうしました?」
いかにも不思議そうに、カカシ。
「どうって……理寧どのが戻ってくるかも……」
「きませんよ」
あっさりと、言う。
「今日の修業は終わったんです。あしたからは、いよいよ時限印の解術でしょ。どんな用事かは知りませんが、今夜は帰ってきませんよ、きっと」
なにを根拠に、そんなことが言えるんだ。思わず、にらんだ。カカシは委細承知とばかりに微笑した。
「まあ、よしんば戻ってきたとしても、俺とあんたの結界を突破するのは至難の技ですからねえ。コトの最中に踏み込まれる心配はないですよ」
自信たっぷりに断言して、カカシはイルカの首筋に口付けた。途端に、ぞわりとした感覚が背中に走る。
「……やめてください」
身をよじって訴える。
「やめませんよ。でも……」
きつく吸い上げてから、語を繋ぐ。
「奥の間へ行くまで、待ってもいいです」
その提案に、異議を唱えることはできなかった。
カカシの愛撫に、頭の芯までが熱くなる。指の動きが、舌の軌跡が、呪文のように全身をとりまいて。
仕掛けたのはこの男の方だ。それなのに、いつまでたってもひとつ処に留まって、次に進もうとしない。
焦らしているのか。そうやって、思考を奪うつもりか。体はもう、すっかりこの男に染まっているのに。
いい。それでも。あなたが望むのなら、いまはなにも考えない。だから……。
引きつける。腰を合わす。深い部分に誘って、閉じ込める。
「……ん…っ……は…あ……」
声が内部の状態を暴き出す。嵐の中に浮かぶ船のように、激しく。
「イルカ……」
耳元で囁かれた。求める声。それに応えて、イルカはさらに深くカカシを導いた。
甘えているのだろうか。自分は。
この男を感じることで、こんなにも満たされる。先刻までの自分が、まるで嘘のように消えていく。
これでは、あのころと同じではないか。この男にすがって、すべてを求めていたころと。
情けない。いくつもの山を越え、河を渡り、傷だらけになりながら、やっとここまで来たというのに、根本的にはなにも変わっていないなんて。
「そんな顔、しないでよ」
ひっそりと、カカシが言った。イルカを懐にいだいたままで。
「それも、あんたなんだから」
受け入れるというのか。こんなおれでも。あなたの望むおれでなくても。
長い指が髪を撫でる。まじないのように、何度も。
やはり、この男はずるい。こんなふうにされたら、いつまでもうじうじとしていられないじゃないか。
顔を上げる。ふた色の瞳をしっかりと見据える。
「だったら……」
もらってもらおう。あなたに預けよう。弱いおれを。
首に腕を回した。唇を重ねる。口腔を貪る。
責任は、とってもらいますからね。一生を賭けてでも。
浮き世は憂き世。人は皆その中で、明日に繋がる道を探す。
淡い月明りの差し込む奥の間に、ふたりの息遣いが溶けていった。
(了)
『燃える椿の下で』ACT24へ