『燃える椿の下で』
by真也

 
ACT 15 〜術者来訪〜 




「もうすぐ朝ね」
 長椅子に持たれながら、奴が呟く。僅かな灯の中、サスケの端整とも言える顔が浮かび上がっていた。
「起きなさい。裸じゃカカシ先生が心配するわよ」
「服着て・・・・いいのかよ」
 不審に思って尋ねた。それまでだとあと一度は相手をさせられていた時間だったから。今日は早々と拘束も外されている。
 奴はちろりとこちらを向き、「いいわよ」と興味なさげに言った。
 何だか気味が悪いな。
 もやもやとしたものを抱えながら服を掴む。ゆっくりと身につけ始めた。 
 暗闇の中、奴は黙り込んでいる。ぼんやりとした表情。まるで奴じゃないみたいな。
 サスケみたいだな。
 何故だかそう思った。あいつもよくそんな顔をしていた。下忍時代には気付かなかったが。中忍になり二人で行動しだしてから、それは時折見ることができた。
 任務が終って里に帰る時。休みの日に特訓する時。
 遠くを見つめて、あいつは何かを考えていた。声を掛けられないほど深く。
 あの時サスケは何を考えていたのだろう。誰よりも近くにいたのに、おれはまたかと思うだけで気にも懸けなかった。どうして知ろうと思わなかったのだろうか。
「何を見てるの」
 気がつけば奴が見ていた。
「あんたこそ何ぼーっとしてんだよ。おれが隙を狙ってるかもしれないのに」
「アンタはそんなことしないわ」
 口元に僅かな微笑み。
「なんでだよ」
「サスケ君を殺せるの?だったらもっと早くしているわね。それと、今ここにいないでしょ」
 図星を刺されて黙り込む。横を向いた。まったく。口では敵わない。
「あいつ、どうしている?」
 横を向きながら訊いた。答えてくれるとも思えなかったが。
「考えてるわ」
 ぽつりと返事。慌てて向き直った。
「考えてるって、何を?」
 わからなくて聞き返す。知りたい。あいつの思考は、いつも読めなかったから。
「さあね」
 短い答え。漆黒の瞳が綺麗に細められた。
「ケチ。教えてくれよ」
「駄目。自分で考えなさい。大切なサスケ君なんでしょ?」
 諭すように言われる。言葉がなかった。憮然として下を向く。
「そうね・・・・・アタシも考えなくちゃ」
 呟き。独り言のように牢に響いた。それきり奴は押し黙ってしまった。




「じゃ、これから俺達話があるから。お前、一人で帰れるな?」
 朝。火影のじっちゃんとやって来たカカシ先生が言った。
「帰れるけど・・・・・外出ていいのかよ」
 思わず尋ねる。大抵、ここへの行き帰りはカカシ先生が遠駆けの術で運んでくれていた。
「ああ。寄り道するんじゃないぞ。さっさと帰って身体を休めるんだよ」
 しっかりと釘を差される。頭を掻いた。
「わかってるよ」
 言いながら出口へと向かった。何気なく一度振り向く。僅かに笑んで、奴がこちらを見ていた。おれは踵を返し、階段を上がった。




「久しぶりだな」
 早朝の町を歩く。太陽の光。鳥の声。朝餉のにおい。人の営みが始まりつつあった。人気のない道をゆっくりと進む。
「あ。もしかしたらやってるかも」
 ふと思い立ち進行方向を変えた。カカシ先生のことだ。遠話でイルカ先生におれが屋敷を出たことを告げているかもしれないけど。
「後で怒られるかも知れないけど・・・・・いいよな」
 独りごちて足を運ぶ。だってチャンスだ。ずっと我慢してたんだから。角を曲がる。ラーメン屋『一楽』が見えてきた。ラーメンが食べたい。ここ一ヶ月ほどのおれの切実な願いだった。しかし。
「ええーっ」
 がくりと肩を落とす。『一楽』は閉まっていた。
「本当かよ・・・・・」
 うらめしく看板を見上げる。せっかく一杯食べて帰ろうと思っていたのに。ちょっと視界が歪んだ。
 またあの粥か。うんざりと思う。確かにおれは昼夜逆転してるし、ほぼ毎日奴の相手してるし、体調を壊しやすい状態にあると言える。でも、たまにはもっと腹もちのいいものが食べたかった。
 最初は食事なんて、飲み込むだけで精一杯だったのにな。おれは苦笑した。人間なんて図太い。どんな状況にあっても慣れは生じる。しみじみと思った。
『今度来た時、ぜったいあいつに奢らせる。当分ただ食いするからな』
 固く心に決めて、おれは踵を返した。もう粥でもいい。腹が減っていた。
 
 


 しばらく歩いてカカシ先生の家に着く。それまで感じたことのない気を感じた。イルカ先生は中にいるみたいだけど、屋敷は静まり返っている。
「おかしいな」
 疑問に思い、おれは裏口へと回った。裏から庭へと入る。かたり。垣根の扉を開けて奥へと進んだ。見慣れない気は庭の方で感じる。心持ち警戒。庭木の蔭から、おれはそれを見つけた。
 誰かいる。
 赤茶色の髪。かなりの長身。カカシ先生と同じくらいだ。見たことない姿。ゆっくりと舞いのように身体を動かしている。舞踏とも武術の型とも思える動き。あれはどこかで見た。たしか、森の国の拳法の一つだ。 
「!」
 いきなりクナイが飛んできた。いつ手に持ったのだろう。とっさに躱す。ちょっとかすった。
「どうしたっ!」
 クナイを片手にイルカ先生が縁側に飛び出す。庭木の蔭から見ていたおれと目が合った。
「ナルト・・・・」
「イルカ先生」
「おまえ、何してる」
 先生が庭に降りてきた。赤茶色の髪の男を見やる。
「どうかされたのですか」
「そのおっさんがいきなりクナイ投げてきたってば!」
「何を・・・」
 イルカ先生の眉が顰められる。目の前の男を怪訝そうに見つめた。
「情けない」
 ぼそりと低音が落とされた。男が口を開く。煉瓦色の髪から覗いた左目が、おれを見据えた。
「未知の気があるというに、気配一つ満足に消せぬのか。油断を通り越して、怠慢だな」
 痛いところを突かれて、一瞬言葉に詰まる。 
「理寧殿。お言葉ですが・・・」
「事実だ」
「おっさん、なんだよっ!」
 訳が分からず言ってみる。じろり。唯一覗いている黒い目が無感動に見つめた。威圧感に背中を汗が伝う。ちらりと目をやり、イルカ先生に助けを求めた。苦笑した顔を見つける。先生が口を開いた。
「理寧殿だ。森羅よりおこし頂いた。お前に時限印の解術を手ほどきしてくださる」
 森羅だと?時限印の解術だって?本当なのか?
 キツネに摘ままれたような気持ちを抱えて、おれは目の前の男を見上げた。




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