昏一族はぐれ人物語 〜少年編〜   
by (宰相 連改め)みなひ




ACT24

「どういうことなんだ!」
 急に現れた同僚に、土岐津が怒鳴った。
「遥!てめぇ、いきなり現れたかと思えば、夏芽が記憶を失ったままがいいって何だよ!」
 怒る土岐津に、遥は冷静に目をやった。夏芽に張った結界はそのまま、口を開く。
「落ちついて土岐津。緊急事態なんだ。嵯峨弥、昏一族がきみを引き渡せと言ってきている。訴状は同族殺しだ」
「!」
 オレは唇を結んだ。覚悟はしていた。それは予測した結果だった。事実、自分は出雲を殺した。
「わかった。出頭するよ。どこに行けばいいの?」
「さすが嵯峨弥だね。話が早くていいよ。けれど、行く先は昏一族の所じゃない。御門はきみを保護するようにと、命を出された」
「なんだって!」
 オレは目を見開いた。保護。何故。オレは同族殺しだ。裁きは当然なのに。
「どうして」
「御門は君を手放さないつもりだ。それ以上の何ものでもない。ともかくは、従ってもらう」
「遥!」
 同僚はオレに近づき、しっかり腕を取った。オレは戸惑う。従うって?このままじゃ行けない。夏芽の記憶を戻さないと・・・。
「待ってよ」
「待たない。先にも言った通り緊急事態だ。きみ側の事情は、この際考慮できない。例え『昏』の言うとおり、同族を殺したとしても」
「でも!」
 オレは叫んだ。どんな理由があろうとも、まだオレは行けない。夏芽の記憶を戻していない。
「こうしている間にも、『昏』は草の根分けてでもきみを探しだそうとしているだろう。我々は『昏』にきみを渡すわけにはいかない。だからきみの身柄を確保する。それが御門の意志だ」
「けれど、オレは夏芽の記憶を・・・・」
「残念ながら相手は『昏』だ。もしそちらの彼がきみの記憶を取り戻したら、彼にも魔の手は伸びるだろう。ならば、今のままの方が彼にとっては安全だ。違うかい?」
「・・・・・・」
 オレは唇を噛んだ。言い返せない。遥が言うのは、十分考えられることだ。
「とりあえず、彼は御影研究所に運んだほうがいい。保護と検査が必要だ。土岐津、それはきみに頼む」
「わかった」
「オレも・・・・」
「残念だけどそれは許されない。嵯峨弥、きみは彼を危険に巻き込みたいの?」 
 遥の問いに、オレは言葉がなかった。事実もう、危険に巻き込んでしまっている。
「気持ちはわかるよ。だけど彼は土岐津に任せて。もう時間がない。外に何人か連れてきた。土岐津、早く」
「ああ」
 夏芽を抱え、土岐津が扉の外に消えた。何人かの気配が遠のいてゆく。 
「行こう」
 腕を掴んだままの遥が言った。
「次はぼくらの番だ。『昏』がここを嗅ぎつけないうちに。いくよ」
 掴まれた腕が引かれた。オレは動かず抵抗を示す。まだ、整理がつかない。
「どうしたの?」
 覗きこむ栗色の瞳。
「早くしないと。ここにいれば、否応でも同族と戦うことになるよ?」
 告げられた言葉に目を見開いた。同族との戦闘。もう二度としたくない経験に唇を噛み、オレは遥の後に続いた。
 
 
 その後。
 遥とオレは護国寺に向かった。護国寺は遥の生まれ育った所だとかで、戒律の厳しい寺だった。
 オレはそこで出雲との一件を聴取され、オレは隠すことなく一部始終を話した。同族殺しが明らかになった後も、御門はオレを昏に引き渡さず、昏の再三の訴えに対し以下のように返答した。

「和の国にて過ち犯したる者、和の国の法にて裁かれるべし」

 正当防衛と民間人(夏芽)への被害があった事により、「昏」もそれ以上はオレの返還を求めることは出来なかった。御門は「処罰」と称してオレを「御影」より除籍し、護国寺での幽閉生活を命じた。


〜エピローグ〜

 目の前に緑が広がる。
 日差しが暑く感じられるようになったある初夏の日、オレは護国寺の一角から外を見ていた。
 夏芽、大丈夫だろうか。
 窓枠に手を掛け、夏芽を想う。ここに来て一月、厳しい戒律も修行も精進料理も慣れてきた。だけどあの時別れて以来、心には夏芽のことしかなかった。オレの「操作」を受け、目覚めぬまま別れた夏芽。ちゃんと覚醒しただろうか。他に、問題はなかったろうか。
「よう」
 キイと扉が開き、見慣れた姿を見つけた。オレは驚く。そこにはかつての同僚、土岐津千秋が立っていた。
「あ・・・」
「来てやったぜ。なんか、魂抜けてるって感じだな」
 言いながら土岐津は近くまで歩いてきた。オレはしばし戸惑う。聞きたいことはたくさんある。でも、自分にその資格があるとは思えない。
「幽閉つっても、部屋に鍵はかかってないのな。逃げるかもしれねぇのに、のんきな坊さんたちだ」
「逃げたりできないよ。術者が、遥のおじさんって人がいるし。それに、自由に動けるのは寺の中だけなんだ。外には、すごい結界が張られてる」
「けっ、天下の昏一族が。ワケねぇくせに」
 苦笑するオレに土岐津は告げた。オレは返答に困ってしまう。逃げるつもりなんてない。本当はすぐにでも行きたい所があるけれど、それは叶わぬことだから。
「夏芽な、意識取り戻したぜ」
 不意に土岐津は言った。オレは声を出そうとする。けれど、声が出ない。もっと訊きたいのに。記憶は?身体は回復したの?
「身体はもう、大丈夫だ。研究所の飯がうまいってガツガツ食ってる。あいつの味音痴は、ありゃ一生治らねぇな」
 そう言って土岐津は顔を歪めた。ガリガリと頭を掻く。
「頭ん中は完璧だよ。お前の記憶以外、もとのまんまだ。おまけに術がまともに使えるようになってる。今年は無理だったけど、来年の卒業試験は難なく受かるだろう」 
「・・・・よかった」
 自然と気持ちが言葉にでた。ほんとによかった。細心の注意は払った。安全な範囲の「操作」だった。それでも、心配な事に変わりはなかった。
「よくねぇよ」
 泣きそうになるオレを横目に、土岐津がしかめっ面で言った。
「お前があいつにやったことは、帳消しにはしねぇぞ。俺が覚えてるんだからな」
「うん」
 こくりと頷いた。もとより、そうするつもりはない。ただ、夏芽が無事に意識を取り戻したことが、本当に嬉しかった。
「嵯峨弥」
「え?」
「遥から聞いた。御影研究所でのことも、殺した同族のことも全部。お前、ギリギリの状態だったんだな」
「土岐津・・・」
「しかしな、そういう状態だからって、何をしてもいいってことじゃあない。人間、やっちまったことには責任ってもんがついて回る。『昏』であるお前にとっても、それは同じだ」
「・・・そうだね」
 素直に告げた。土岐津がオレを見ている。夏芽と同じ、まっすぐな瞳で。
「だからな」
 ずいと大きな手が頭を掴んだ。驚いてオレは見上げる。目の前に黒髪の同僚。大きく息を吸い込んで。
「しかたがないから、当分の間、夏芽は預かってやる」
 オレは目を見開いた。土岐津が言葉を継ぐ。
「何年掛かってもいい。いつかあいつの前に立ち、お前なりの方法で償え。わかったな?」
 温かい手が、髪をくしゃりと撫でた。オレは奥歯を噛み締める。震える唇。止まらない。
「土岐津ごめん・・・・ごめん!」
「馬鹿、何泣いてんだよ。終わったわけじゃねぇんだぞ?これからなんだからな」
「・・・・・・うん」
 肩を震わせるオレの頭を、土岐津はポンポンと叩いた。オレは何度も思う。今度は逃げない。周りに甘えてしまわない。今はできないけど、必ず夏芽に償う。逃げた弱い自分を変えて。もう一度夏芽に会って。きっと・・・。

 困る土岐津の前で、泣きながらオレは誓った。そして。
 その誓いを胸に、三年に渡る幽閉生活をおくった。

少年編 終わり