| 煙が空へとのびてゆく。 高く。高く。より高く。 雲一つない空に上がるその煙は、多くの同胞たちを追悼する煙だった。 天の頂 ACT1 父がこの世を去った。 その年和の国を震撼させたクーデターより、命を落としたのだ。 近衛府の将校たちを中心としたクーデターは、叔父であり一族の長である昏周(こん あまね)をはじめ、多くの昏一族の命を奪った。オレの父である昏近江(こん おうみ)も、長と共に殉職したその一人だった。 高いなぁ。 あそこまで高く上がったら、天に届くだろうか。 周叔父さんや父さんに届いたかな。 届いたなら、いいんだけど。 空を見上げる。そうあってほしいと願っていたとき、背後に気配を感じた。 「嵯峨弥様」 慣れた声に振り向く。長身。オレと同じ銀髪に蒼眼。出雲だ。 「出雲」 「こんな所にいらっしゃったのですか。お父様をお見送りいたしませんと」 「ここで見送ってたんだ。ほら、煙が見えるでしょ。どんどん上がっていくよ」 昏出雲(こん いずも)は昏一族分家筋の出身で、オレが幼い頃よりこの家に仕えてくれた。オレは任務に忙しい父や病弱な母の代わりに、出雲に術や生活の基本を教えてもらった。 「父さん、周叔父さんとゆっくりしてるかな。寂しくないよね。みんなもいるし」 「そうですね。近江さまも長も、どうか安らかであれと思います。御二人とも普段からお忙しい方でしたから、少しでもお休みになっていらっしゃいますようにと」 「うん」 出雲の言葉に頷く。オレは自分の考えていたことを、出雲が代弁してくれて少し嬉しかった。このもの静かな守役は、いつもオレの気持ちを察してくれる。時には厳しいことを言う時もあったが、それでも、オレは出雲が好きだった。 「参りましょう」 出雲が告げる。 「一族の皆様がお待ちになっていらっしゃいます。長戸様が、後で嵯峨弥様にお話があるそうです」 「伯父上が?」 「はい」 「・・・・何の話だろう」 オレは少し、不安になる。 「わかりません。ともかくは戻られませんと」 「うん」 「さあ」 出雲が肩を抱く。促されるまま、オレは歩きだした。 「嵯峨弥。こたびは、心許ないこととなったな」 オレの伯父である昏長戸(こん ながと)は、昏一族の総帥だった。 「母はどうか?」 「母は今、床に臥せっております。すっかり力を落としまして・・・・」 「そうか。無理もないな」 溜息混じりに言う。長戸伯父は、仕方ないという表情になった。 「先の長である周も、お前の父である近江も、『昏』としての役割を立派に果たした。そのこと、お前も誇りに思ってゆくがよい」 「はい。伯父上」 「ときに嵯峨弥、『力』の方は?」 訊かれて身を固めた。オレの一族『昏』は、和の国でも特殊な能力を持つ一族だった。遠見や透視、時には人の意識にまで入り込む能力。その『力』をオレは未だ、開花できずにいた。 「それが・・・・申し訳ありません」 「まだ、か」 総帥であり伯父である男は、見るからに落胆した様子で吐き出した。 「口惜しいことだな。お前には近江の血が、昏一族直系の血が流れているのに」 告げられたオレは唇を噛む。言われなくてもわかっている。そのことで一番口惜しいのは、オレだ。 昏一族の者は大抵、五つを過ぎることから自らの能力を自覚し始める。中には叔父である昏周のように、生まれながらにしてその能力を開花している者もあったが。殆どの者は、十を過ぎる頃には意識してその能力を使えるようになっていた。しかし。 オレは齢十三にして、その能力の開花すらできていない状態だった。 「恐れながら長戸様、人にはそれぞれ熟すべき機というものがございます」 俯くオレに声が聞こえた。出雲だ。出雲が言ってる。 「今は亡き昏周様も、嵯峨弥様には機を待つようにと告げられました。機が熟したその時にこそ、昏の『力』は訪れると」 「周が・・・・か。それでは、嵯峨弥の機は、いつのなのだろうな」 「それは・・・・」 長の問いに皆が押し黙った。出雲も言葉を継ぐことはできない。 「もういい。嵯峨弥、下がれ」 告げられオレは消えてしまいたくなった。視えなくてもわかる皆の落胆。苛立ち。刃のようにこちらに向いてくる。 「はい。失礼いたします」 一礼して、告げる。オレは逃げるようにその場を離れるしかなかった。 「今日は、申し訳ありませんでした」 その日の夜。夕餉の支度をするオレに、出雲は頭を下げた。 「出雲が余計なことを申しましたばかりに、嵯峨弥様をお辛い立場に追い込んでしまいました」 謝られてオレは戸惑う。別に出雲は悪くない。それどころか、オレを庇ってくれようとした。こんなのなんでもない。オレが、本当のことを言われただけだ。 「出雲のせいじゃないよ」 「嵯峨弥様」 「だって、全部本当のことだもの。いいんだ」 「そんな、およしください」 「ごめんね出雲。出雲もやだよね。こんな、できそこないのお守りなんて」 「おやめください!」 ぱしり。頬に痛みを感じた。出雲が打ったのだ。オレは呆然とする。 「・・・・出雲」 「申し訳ありません。しかし、御自分を卑下なさってはなりません」 ふわり。温かい手が頬を包んだ。出雲の顔が歪む。とても、苦しそうに。 「断じて、できそこないなどではありません。嵯峨弥様は、近江さまのご子息です」 じわり。目の端に熱いものを感じた。目の前の出雲が滲む。 「出雲は、嵯峨弥様を信じております。お母上もしかり。今は、時が訪れていないだけです」 「・・・・うん」 しかと出雲の胸に抱かれ、オレは目を閉じた。同時に安堵する。そうだ。あきらめちゃいけない。母が、出雲が信じてくれる。 「ごめんね。困らせること言って」 「いいえ。誰にも不安になるときはあります。ですが、お母上にそれを見せるのはよくないかと。さあ、夕餉に取り掛かりましょう」 「そうだね」 濡れてしまった目元をごしごし擦って、オレはがんばって笑った。出雲が微笑みながら頷く。オレは大きく息を吸い込み、着物の袖をまくった。 その日の夕餉は穏やかに過ぎていった。 臥せていた母さんも、起きて少しだけ粥を食べることができた。 オレはしっかりしなくちゃと、自分の心に言い聞かせていた。 |