| 消えてゆく。 小さな光が、伸ばした手の先で。 見えなくなるその瞬間まで、耳に声が届いていた。 助けを求める、泣き声が。 光に抱かれる by(宰相 連改め)みなひ 御影宿舎に向かうおれと水木さんに、御影長から遠話が入った。槐の国での任務を終え、帰還する途中のことだった。 『御影研究所にて、急を要す』 必要事項のみの、短い指令。 「なーんかアヤシイわよね。アタシも行こっか?」 水木さんはそう言ってくれたけど、同行してもらうのは気が退けた。御影研究所の任務は、おれ個人にのみ目的を置いたものが多い。御影本部ナンバーワンの水木さんを、手持ちぶさたで待たせるのは申し訳なかった。 「とにかく行ってきます。長引かないと思いますし、先に御影宿舎に帰っていてください」 微笑みと共に告げた。たぶん、いつもの研究機器や検査装置のテストとかだろう。そう思って一人で向かうことにした。 「わかったわ。それじゃね」 「はい」 お互い片手を挙げて別れる。ひらりと木の上に飛びあがった水木さんの背を見送り、おれは御影研究所へと急いだ。 「桐野君、よく来てくれました」 御影研究所では、宮居さんと柴所長がおれを待ちうけていた。 「特務三課の昏君にも依頼したのですが、あいにく任務で莫の国との国境地帯に向かってまして・・・・君が来てくれてよかったです」 宮居さんから告げられた言葉に、少なからず驚いた。特務三課の昏、それは碧の「対」の青年の名前だ。彼は幻の一族といわれる昏一族の末裔だと聞く。普通の術者とは比較にならない攻撃力と結界能力。そして何より、他者の意識を「操作」できる能力。その昏一族の力を必要とするくらい、重大なことが起こっているのだと知った。 「とにかく第一実験室に行きましょう。どんどん彼女の『力』が強くなってきています。早くしないと、実験室ごと破壊されかねません」 言葉に押されて急いだ。実験室へ。おれは宮居さんの後に続いた。 第一実験室は、御影研究所の地下にあった。そこには、厳重な結界が張られていた。 「試験段階の局所人工結界装置が役にたちましたよ。まだまだ一面しか張れませんし、人の張るものほど細かい密度は無理ですけど」 装置の開発者である宮居さんが言った。宮居さんは昔「水鏡」候補だったと訊く。きっと、その経験が開発に役立っているのだろう。 「どうぞ」 案内された第一実験室には、数人の研究者がいた。皆、防護印の入った服を着ている。そしておれは、覚えのある気を感じた。 「宮居さん、これは・・・・」 「ええ。君には馴染んだものかもしれませんね。あそこです」 指し示された部屋には、一人の少女がいた。おれは息を呑む。少女は、おれが暴走したときとよく似た気を放っていた。 「外で遊んでいる時、急にあの眼が現われたそうです」 宮居さんが言った。 「それまでは、彼女は普通の生活をしていました。両親とも、家系上金眼のでた人物はいません」 小さな少女。普通に暮らしていただろうに。両親や兄弟、友達や周りの人々に囲まれて。 「・・・・・震えてますね・・・」 「ええ。ここに来る前からそうだったようです。何が起こったかわからないうちに連れてこられて、閉じ込められたままですからね。でも、こちらにも術がなくて・・・・」 突然現われた「力」。かつての不安と恐怖が甦る。それでもまだ、おれはいくばくかの「知識」を持っていた。術というものに対する「知識」。しかし彼女は何も知らない。あの時のおれとは比較にならないものに、苛まれているだろう。なんとかしなければ。 「桐野君、君にお願いしたいことは・・・・」 「わかっています。出来るかどうか自信はないですけど、中に入って彼女を誘導してみます」 おれは意を決し、彼女の閉じ込められている部屋の中へと入った。 少女の気に同調すること。それは難なくできた。が、しかし。 気を誘導してコントロールすること。それは、「御影」であるおれには、経験少ない技術だった。それでも。 ほぼ一日という時間をかけて、おれは少女の気を誘導した。恐怖と混乱を鎮めて、なんとか抑えられるようにともってゆく。もう少しだと思ったその時、少女の命は消えてしまった。長時間の「力」の暴走に、幼い身体は耐え切れなかった。 「桐野君のせいではありません。どうか気を落とさないでください」 宮居さんはそう言った。 「君自身も自己の『力』をコントロールしている段階なのですから。よく頑張られたと思います」 あいさつもそこそこに研究所を出た。そこにいれば、自分を抑えられなくなるような気がした。 『コワイ』 全力で走る。少女の声が頭から離れなかった。 『ドウシテココ二イルノ?』 走りながら感じる。どんどん身体が熱くなっていた。現われた耳鳴りと頭痛。もう一人のおれの覚醒。 『父サン、母サン。ドウシテイナイノ?』 もっと早く駆けつければよかった。そうすれば間に合ったかもしれない。 『ナニカガ暴レ回ッテイル。コワイヨ、ダレカタスケテ』 何もできなかった。彼女が消えてゆくのを、ただ見ていることしか。 チカラ。 おれ自身をも振り回すもの。何も生み出すことのない。 すべてを壊すだけのものなど、どうして与えたのだ。 何一つ、守れはしないのに。 御影宿舎に帰ってきたおれは、何重にも結界を重ねて拘束室に潜んだ。今の暴走した状態では、あの人を傷つけてしまう。一人で朝まで耐えようと、耐えれば何とかなると思っていた。けれど。 『目を開けろ、斎!』 おれごときが張った結界に、あの人が気付かないはずがなかった。水木さんは拘束室に来た。悲鳴まじりに懇願するおれに、あの人は動じなかった。 『何があったの。答えなさい』 金眼を見開くおれに、水木さんが命じる。結界を解けという。おれは自分が恐ろしくて、目を閉じようとした。 『閉じるな!』 鞭のような声。身体が波打った。過る不安。自分を抑えれなかったら。あなたを傷つけたくない。でも。 『今からそこへ行く』 結界を解いたおれに、あの人は言った。おれは首を振る。 『信じろ』 逃げてください。だめだ。本当にだめです。 『オレを信じろ!』 真摯な瞳。茶色のそれが、真っ直ぐに見つめている。おれは唇を噛み、自分の怖れを抑え込んだ。手が、肩が、ガタガタと震えだす。 一歩。一歩。水木さんが近づいてきた。おれは必死でふんばる。流されちゃ、いけない。 『ようし、いい子だ』 あの人の指先が触れた。流れ込む熱。長い腕に抱きしめられて。 ああ。 温もりがかき消してゆく。おれの不安を。おれの怖れを。跡形もなく。 ああ・・・・水木さんだ。 緊張の糸が弛んでゆく。同時に涙が流れた。 『泣けよ』 水木さんはおれの無力を、黙って聞いてくれた。 『泣け。叫べばいいんだ。ここには、おまえとオレしかいない』 解き放つ言葉をくれる。理性の堤防は簡単に壊れた。溢れだすままに流れる。涙。悲しみ。 慟哭し続けるおれを、水木さんはずっと受け止めてくれた。その腕で。その胸で。抱きしめ続けていてくれた。 『いいんだよ。泣きたい時は、泣くほうがいい』 夜明け前、ようやく気持ちの静まったおれに、あの人は言った。優しい目をして。きれいに手入れした指が、涙を拭ってくれた。 『それに。オマエの涙は、きれいで好きよ』 浮かんだ笑み。水木さんこそきれいだと思った。あなたが笑うから、おれはおれでいられる。 『誰にも見せるな』 独占。あなたに求められることを、至福だと感じた。 おれはあの子を助けることが出来なかった。それでも。 このチカラを制御することで、なにかを守れるかもしれない。 なにかを生み出せるかも。 おまけ> 「水木さん」 「なに?もう一回って言うならベッドに運んでよ。さすがに拘束室で二連チャンは堪えるもの」 「いえ、そうじゃなくて・・・・・お願いがあるのですが」 「なーによ、改まっちゃって。はやく言ったら?」 「はい。もしよければ、おれに『水鏡』の術を教えてください」 「どーして?」 「おれ自身をコントロールしたいんです。結界や気の扱いにもっと上達すれば、やりやすくなるかもしれません」 「まーそう上手くいくとは思えないけど、いいんじゃない?アンタ、遮蔽結界はってたし」 「えっ」 「知らないとは言わせないわよー。アンタ、いつからそんな芸当できるようになったのよ」 「あの、その・・・・すみません」 「いいわ。もしアンタが『水鏡』できるようになったら、『御影』と『水鏡』、交代でやるわよ」 「へ?」 「もちろん、ベッドも交代!」 「え、ちょっと、それは・・・・」 「冗談よ。ばーか」 おわり 水木バージョン、「猛獣を抱く夜」へ |