続・愛?のステッパー  by(宰相 連改め)みなひ




「はい。かわいい部下達に、俺から愛のレンタルサービス」
 いきなり座敷に現れた、銀生がどさりと荷物を置いた。結界に侵入された昏は、むすりと口をへの字に結ぶ。
「不法侵入だ」
「いいからいいから。これ、すっごく身体にいいのよー」
「必要ない」
「またまた昏ったらー。まあ、見てみなって」
 部下の抗議をものともせずに、上司銀生はダンボール箱を開けた。中から黒い物体を取り出す。
「よいしょっと」
「銀せ・・・」
「これなに?」
 更に抗議しようとする昏の前に、黄色い頭がぴょこりと出た。彼は昏の「水鏡」にして私生活パートナー、桐野碧である。
「碧、邪魔を・・・」
「ねえねえ銀生さん、これってなんなの?なんか、黒いウサギみたい」
「よく聞いてくれたねぇ。これは簡単に筋力アップとダイエットができる画期的マシン、『ミラクル・ラン・ステッパー』っていうのよ」
「みらくる、藍?」
「そうそう、藍さんも毎日踏んでるのよ。もう、お気に入りみたい」
「えーっ、藍兄ちゃんが?」
「ホント」
 銀生を追い出そうとする昏の気も知らずに、碧は銀生と盛り上がっている。仕方がない。昏は銀生追放を断念した。どうせあの性格だ。言いたいことを言ったら帰るはず。
「今日から三日貸してやるから、とにかく乗ってみな。一日二十分程!簡単だし静かだし効果抜群よー」 
「ふーん、んじゃ、やろっかな」
 胡散臭げに見つめる昏をよそに、その気になった碧がステッパーに足を掛けた。カシカシと音を立てて踏み込み出す。
「どう?」
「おもしろい!なんか、変わってるー」
「でしょ」
「うん!」
 碧はことのほかステッパーを気に入ったようだ。カシカシ。リズムをつけて踏みつづけている。
「じゃあ、三日後に取りにくるから」
 言い捨て銀生は姿を消した。昏が予測した通り、言いたいことだけ言っての退場。後には若者達が残った。
「楽しいか?」
 妙に脱力しながら昏が訊く。
「楽しいよっ」
 にっこり笑顔で碧が返す。昏は大きく息をついた。得体の知れない機械だが、碧が気に入ってるからいいか。どうせ三日後には返すものだし。碧のことだ。そのうち飽きるだろう。
「よーし、なんか歌いながらやったらいいかも。なに歌おっかなー」
 碧がなにやら言っている。しばらくして。少し音程の外れた歌が聞こえ出した。「無謀(もちろん碧は『むぼう』とひらがな発音)ダッシュ」やら「真の勇気」やら「愛と正義の戦士の血潮(もちろん碧は『ちしお』とひらがな発音)」やら。何やら聞いたことがない。昏自身、楽譜どおりか誰かが歌ったそのままをコピーならば出来ないことはないが、実は音楽に興味はない。
 特殊な歌みたいだが、碧の声を聞くのはいいな。
 かわいい相棒の歌声を耳に、昏一族の末裔は瞼を閉じた。うとうととし始めた瞬間。
「昏、昏、起きてよ」
 ゆさゆさと身体を揺らされた。碧の声だ。いささか不機嫌に昏は目を開いた。
「・・・・・なんだ?」
「銀生さんのもってきたやつ、壊れちゃったようっ」
 まだ寝ぼけ眼な昏に、相棒碧は訴えた。壊れた?銀生が持ってきたやつか?
「あれ藍兄ちゃんのお気に入りなのに・・・・昏っ、どうしよ〜」
 桐野碧は泣きついた。相棒の肩をぐらぐら揺らす。義兄の大切なものを破壊した時、自分がどういうメにあったか。それは、碧自身が一番良く知っている。
(余談だが、碧にとって一番恐い人物は桐野藍ではない。藍は「うるさい」のであって「恐い」ではないのだ。一番恐い人物は皆様のご想像にお任せします)
「なあっ、昏〜」
「どこだ」
「へ?」
「どこが壊れている。見ないとわからないだろう」
 半分パニックになってる碧に、「対」の青年はため息混じりに言った。冷静である。さすが昏一族。
「直せるの?」
「わからない。でも、努力はしてみる」
「昏ってばやさしー!さんキュ!」
 桐野碧はギュッと相棒に抱きついた。おれのために昏は修理を試みてくれる。なんだかちょっと嬉しい。
「こら。これだと故障箇所が見られないだろう?離れろ」
 ちょっと照れながら、相棒昏は碧に告げる。実は彼としては三日後銀生が物を取りに来た時、故障を知られたくないだけなのだが。故障品は買って返せば済む。だが、故障した事実をあの男がチクチク言わないわけがない。
 桐野藍。あのイヤミを言う為に生まれてきたような男が。
「どこがおかしいんだ」
「うん、じゃあやるから。昏、見てて」
 ひょいと碧がステッパーに乗った。踏み始める。
 キイ。
 あれ?
 キイ。
 鳴ってるな。
 キイ。
 どこからだ?
 キイ。
 うるさい。
「わかったー?」
 碧が足を止めて振り向いた。昏はこくりと頷く。確かに、金属の擦れる音がする。
「降りろ。工具入れを持ってこい。それと機械油だ」
「うん、わかった」
 昏は碧をステッパーから降ろさせた。ステッパーを裏返して見る。碧が工具入れと機械油を持ってきた。
「どう?」
「この可動部分に問題があるのかもな。油をさしてみる」
 昏はステッパーのメインになるだろう可動部分に油をさした。ステッパーを元の位置に置く。
「踏んでみろ」 
 碧は言われた通りにステッパーを踏んだ。しかし。
 キイ。キイ。キイ・・・・・。
 音は止まらない。
「油が足りなかったか?」
 昏は再度ステッパーを裏返し、今度はたっぷりと油をさした。またひっくり返して元の位置に置く。
「やってみろ」
「オッケー」
 碧は再びステッパーを踏んだ。だけど。
 キイ。キイ。キイ・・・・・。
「止まんないな」
「ああ。別の箇所かもしれない。他の可動部分にも油をさしてみる」
 昏は三度ステッパーを裏返した。今度は各部ジョイントに油をさす。
「もう一度だ」
「うん」
 碧は三度ステッパーを踏み出す。でも。 
 キイ。キイ。キイ・・・・・。
「修理の方法、間違ってんじゃないのー?」
 思わず碧は言った。だかそれは、時限爆弾のスイッチだった。ぶちり。昏の近くで何かが切れる音がする。
「・・・・・昏?」
 さすがに危険を感じた碧は、そろそろと昏を窺った。そして固まる。普段から無表情な相棒は、更に能面な顔をしていた。背後に湧き立つオーラが恐い。
「分解する」
「へ?」
「このままでは根本的な原因がわからない。箱に説明図あったはずだ。分解して、もう一度組み立てる」
 抑揚のない声。ステッパーを睨み付ける視線。相棒昏は完全に怒っていた。碧はビビる。なんだよ。やばいじゃん。
「あの、昏・・・」
「どいてろ。邪魔だ」
 焦る碧を押しのけ、昏はステッパーの前にどかりと座った。説明図を片手に、ブツブツ機械を分解し始めている。碧はひょっとして「昏」の能力で透視したらいいんじゃないかと思ったりしたが、声を掛けられるような様子の昏ではなかった。
 どーするんだよ。
 黙々と作業に打ち込む昏に、碧は頭を抱えた。けれどどうしようもない。触らぬ神に祟りなし。碧は遠巻きに避難することにした。
 なんか、退屈だな。
 碧はガシガシと頭を掻く。昏はまる無視状態だ。分解作業に集中してるらしい。
 つまんない。
 ちょっといじけながら、碧はあくびを一つ漏らした。瞼が下がってくる。次の瞬間、桐野碧は眠りの国へと旅立って行った。


『起きろ』
 いきなり大音量の遠話が頭に響いた。桐野碧は飛び起きる。なんだ?なにがあったんだ?
「わわっ」
「起きたか。碧、直ったぞ」
 目の前には黒髪の相棒が座っていた。疲れた顔。頬や手が、機械油で汚れている。
「ほんと?」
「確かめればわかる。乗ってみろ」
 桐野碧は立ち上がった。昏の脇をすり抜け、ステッパーへと進む。両足を掛けた。
 カシカシカシカシ・・・・。金属音がしない。
「やった!直った!」
「だろう?」
「うんっ!昏ありがとー!」
 ぴょんとステッパーから飛び降り、桐野碧は昏に飛びついた。昏が身を捩る。
「汚れるぞ」
「いいじゃん。洗えばいんだよ」
「そうか」
 にっこりと笑う碧に、昏が鮮やかに微笑む。黒と碧が互いを映し合った。
「では、次は俺の番だな」
「なにが?」
「俺を、直してもらおう」
 弧を描く昏の唇が、ひっそりと碧の耳に囁いた。碧はしばし考える。ま、そうだよな。
「いいよ。修理代だ」
 金髪の青年は頷いた。黒髪の青年は笑みを更に深くし、ふわりと恋人を抱き上げる。
「うわ、一人でいけるって」
「いいだろう?これも料金のうちだ」
 恋人達は出口へと向かった。足音が遠ざかる。ほどなくして、風呂場の戸が閉まる音がした。


 三日後。
 社銀生は例のステッパーを回収しに来た。前よりも動きの良くなった物を手に、ほくほくと家路につく。
 実はそのステッパーがもともとキイキイ音を発していたものであり、その原因が銀生にあるとは、当の犯人、社銀生しか知らない。

 ああ、もっかい愛?のステッパー。
 カップル違うとこうも違うの?


おわるー


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