| 「なーんか、ココん所がイマイチなのよねー」 ボディ・コンシャスな衣裳に包まれた肢体を鏡に映し、御影本部ナンバー1の「水鏡」、如月水木は呟いた。 続々・愛?のステッパー by(宰相 連改め)みなひ 「さあて。そろそろだわね」 御影本部の平和な午後、如月水木は部屋を出た。向かうは食堂。目的は三時のおやつ。その日は彼の「対」である青年が、アップルパイを焼く予定になっていた。 「う〜ん、いいにおい。紅茶はアップルティーにしよっと」 うきうきと水木は歩き続ける。パイを焼く香ばしいにおいとリンゴの甘酸っぱい香りが、廊下までただよって来ていた。 「斎っ、できた〜?って、なによこれ!」 食堂に入ってすぐ、如月水木は防御結界を張った。食堂の奥には人だかり。中に、とんでもない奴の気。 「冗談じゃないわよっ」 ずかずかと人の山を掻き分け、如月水木は進んだ。目指すは人山の中心部。そこに、あいつがいる。 「ちょっと!なんであんたがここにいんのよっ!」 「なんでって、遊びに来たんじゃない〜」 男たちの山の奥底で、元御影ナンバーワン(水木は否定しているが)にして現特務三課課長、社銀生がくつろいでいた。 「何しにきたのよ」 如月水木は警戒していた。この社銀生という男は抜け目のない男だ。のんびり間の抜けた声と態度で油断を誘い、ちゃっかりおいしいところを持ってゆく。今までの苦い経験(主に、目をつけていたかわいコちゃんを横取りされた事実)が、水木を用心深くさせていた。 「なによ水木、冷たいねぇ。せっかく俺が、いーもんもってきてやったのに」 「いいもんですって?」 「そうよ。ほら」 如月水木は凝視した。社銀生が指差したものを。真っ黒な饅頭状の物体の上に、踏み板みたいなものが二本生えてる。横から見たら、黒いウサギだ。 「なんなの?」 「じゃんじゃじゃーーーん!これは、画期的運動マシン、『ミラクル・ラン・ステッパー』っていうのよ」 えへんと胸を張りながら、銀生は物体を紹介した。水木を含む御影本部の男達は、一斉に眉を顰めた。 「みらくる?らん?へーんな名前ねぇ」 「で、なにやんだよ」 「どんな運動すんの?」 水木の横で聞いていた、御影本部でも古参の「対」が尋ねた。「御影」の榊剛と、「水鏡」の桧垣閃である。 「よくぞ聞いてくれました。この『ミラクル・ラン・ステッパー』はね、毎日たった二、三十分踏むだけで下半身全体を引き締めてくれんのよ。これでウェストラインばっちしのナイスバディよん」 「二、三十分?うっそじゃなーい?」 「ほんとよ。だって藍さん、すーっきり締まったよ」 「なんですって!あのお局が?」 「そうそう」 「お局って誰だ?」 「俺の『対』。桐野藍さんっていうの」 「げ!桐野!・・・・まじかよ」 驚く水木の横で榊剛は「ほう」といい、桧垣閃はなぜだか焦っていた。じつは桧垣閃と桐野藍は学び舎時代の「水鏡」クラスの同級生で、桧垣閃はいつも藍にトップの座をとられていたらしい。(おまけにその所為で支給されると見込んでいた奨学金が半分になり、閃はその分学費捻出に非常に苦労したようだ) 「ちょっと銀生、それってどういうことよ。なんであのお局がこれで引き締まったのよ」 「簡単な話よ。俺が運動不足だった藍さんにこれをプレゼントして、藍さんが俺の愛を受け入れてカシカシ踏んでくれたのよ。そして、あのただでも俺好みな身体を更にスレンダーに磨いてくれたってこと」 「へー」 「細身か。それもいいな」 「あの『桐野の神童』が・・・ねぇ」 「締まったのは外見だけじゃないよ」 「おお!」 いきなりの銀生の爆弾発言に、御影本部の男たちは湧き上がった。皆期待の目で先を促す。なんだかモヤモヤきてる水木を置いといて。 「藍さんね、前からよかったけど更に良くなってねぇ。俺の為に磨いてくれたって思っただけで、愛の歓びもひとしおなのよ。だから、お前達に愛のおすそ分け」 「なるほどねぇ」 「それで銀生さん、これ持ってきたってわけ」 剛と閃が答えた。水木はぶすくれる。あのお局が銀生の為に何かするとは思えないけど、更にスレンダーって部分が気にくわない。良くなったっていうのも生意気だ。(別に、相手が違うんだから生意気も何もあったものじゃないと思うのだが・・・・) 「とにかくさ、試してみてよ。剛も締めたら?腹の出かかったおっさんよりも、ぜい肉バイバイな方が縛らせてくれるかもよ」 「それもそうか。んじゃ、ちょっくらやってみるかな」 「あ、剛ちゃん」 「ちょっとまったー!」 榊剛がステッパーに足をかけた時、如月水木は声を張り上げた。皆の視線が集まる。 「こういうものはねぇ、御影ナンバーワンのこのアタシが最初にやるって決まってんのよっ!」 青筋を額に浮き立たせ、如月水木は宣言した。それは、桐野藍に対する宣戦布告だった。 「それじゃ、食堂を片付けてきます。三、四十分でもどりますから」 夕食も終わって皆がくつろぐひと時、桐野斎は水木に言った。ちなみに斎はよく食堂の仕事を手伝っている。最初は暴走のお詫びと称していたが、実はただ単に家事が好きなだけかもしれない。 「はいはい。明日はアイスもいいわね」 「わかりました。作って冷やしておきます」 食堂掃除の際、斎は明日のおやつの下準備もする。今では水木もそれを知ってて、ちゃっかりリクエストしていた。 思えば、これがイケナイのよね。 如月水木は反省した。毎日食べる斎手作りのおいしいおやつ。これが水木に必要以上の身をつけている。だけどおやつを抜くのはいやだ。ならば、入ったカロリーの分だけ、消費するしかない。 「いってきます」 「いってらっしゃーい」 何食わぬ顔で斎を送り出し、如月水木は顔を引き締めた。目指すは昼間部屋に持ってきたステッパー。今日から三十分、密かにダイエットよ! 「ようし、いくわよ」 如月水木はステッパーに足を掛けた。かしりと踏み込む。汗かきタイムが始まった。 なあんだ。簡単じゃない。 カシカシとステッパーを踏みながら、如月水木は思った。ステッパーは淀みなく動いている、別段重くもない。これならあっという間に三十分くらい過ぎそうだ。 「今度都に行って、アップテンポな曲を仕入れてこよう」 フンフンと鼻歌を歌いながら、水木はステッパーを踏み続けた。そして三十分後。 そろそろ、時間だわね。 全身汗だくになりながら、如月水木は時計を見た。もう少ししたら、斎が帰ってくる。 終わり。シャワーあびてこよっと。 そう思ってステッパーから降りた瞬間、かくりと膝が落ちた。べちゃり。次の瞬間、水木は自室の床に這いつくばっていた。 なんなの。 水木は自らの状態に驚く。確かに自分は風呂に行こうとした。なのに、どうしてこうなっている? どうしたのよ。 再度立ち上がろうとした。だけど腰から下が動かない。膝と太ももが、ガクガク震えて力が入らない。 洒落になんないわよっ! 如月水木は焦った、このままでは斎が帰ってきてしまう。汗だらけで床に這いつくばってる姿など、死んでも見せたくないっ。 「なめんじゃないわよーーーーーっ」 気合の雄叫びと共に、水木は両腕に力を込めた。ずるずると上半身だけで身体を引きずる。彼は如月水木、御影本部ナンバーワンの「水鏡」なのだ! ばたん。 根性一発で水木は自室の浴室までたどり着き、這いつくばったまま風呂の中へと消えた。そして十分後。 「すみません、遅くなりました」 キィとひかえめに扉を開けて、桐野斎が部屋に入った。そして見つける。部屋にバスタオル姿で倒れている、如月水木の姿を。 「水木さん!どうしたんですかっ!」 斎は慌てて駆け寄り、水木をそっと抱き起こした。愛しい人を覗きこむ。 「・・・斎」 「大丈夫ですか?どこか、具合でも・・・・」 「湯あたりしちゃったみたい。ちょっと、目眩いが・・・・」 いつもよりいくぶん弱々しく、如月水木は微笑んだ。斎が心配そうに水木の頬を撫でる。首で脈を確かめた。 「水木さん」 「もう大丈夫よ。だけど、少し横になろうかしら・・・・」 水木の白い手が、するりと相棒の首にまわった。薄茶色の瞳が、悪戯っぽくきらめいて誘う。 「連れてって」 緩やかに笑みながら、水木は斎に囁いた。意味を察した斎が、頷いて水木を抱き上げる。寝台の上に二人、もつれ込んだ。 恋人達の影が艶めかしく揺らぐ。部屋の隅では例のステッパーが、一個ぽつんと取り残されていた。 銀生が残したステッパーは、水木と斎の部屋からいつの間にか御影本部の食堂に移っていた。時々、思い出したようにカロリーの気になる「御影」や「水鏡」達が、カシカシと汗かき踏んでいる。 そしてそのステッパーこそ銀生がクロスワードパズルの景品で当てて、同じものは二つ入らないから始末しろと藍に言い渡されたものだということは、当の銀生しか知らない。 ああ!三度目愛?のステッパー。 見栄の為なら嘘でも吐くよ おわり |