愛?のフローリング by(宰相 連改め)みなひ連 ACT1 その日、桐野 藍は大忙しだった。 「いらないものといるものを分けてください。その後この机をリビングに移動しますから、中のものを全部抜いておいてくださいね」 言い渡されたこの家の主、社 銀生が口をとがらせ言い返した。 「ええ〜っ、いらないものなんてないですようっ。どれもこれも俺が吟味に吟味を重ねた一品なんですう」 びきり。藍のこめかみが青筋立った。じろりと自らの共同生活者を睨み付ける。 「吟味、ですか」 「はい」 「なら、どうしてその吟味したものが、包装も破られずに一年も二年も埃かぶってるんです?」 食い殺さんばかりの藍の視線に、銀生がへらへらと頭を掻く。のんびりと口を開いた。 「まあまあ、そうカリカリこないでくださいよう。藍さんたら怒りんぼさんなんだから・・・」 「それで?」 「え?」 のらりくらりとやり過ごそうとする銀生を、逃すかとばかりに藍が掴まえた。漆黒の双眸が、更に険しくなる。 「説明、してください」 「はぁ?」 「早く説明しなさい!こんな混沌とした机に、どうやったらできるんですかっ!」 ばしん。藍が問題の机を叩いた。積み上げられた本や工具、CDにフロッピー、わけのわからないフィギュアなどがバラバラと落ちる。もわりと埃が舞った。 「あ〜、『仮面景虎』の『ぬらりひょん人形』が落ちた〜」 「聞いてるんですか!もとはと言えば、誰のせいだと・・・げほっ、げほ・・・」 舞い上がった埃に、藍がげほげほと咳き込む。ハウスダストは彼のアレルゲンだった。 「大丈夫ですか〜?」 「げほっ、げほっ、だ、大丈夫なわけ、げほ、ないです」 背中をさする銀生に、藍は半分涙目である。赤くなった目が、立派なアレルギー反応を示していた。 「いけませんねぇ。んじゃ、ちょっと一休みしますか」 「しません!いい加減にしてください!」 ばしん。銀生の手を藍が振り払う。どっかん。火山大爆発だった。 「大体ねぇ、あなたが元凶じゃないですか!じゅうたんは細かいゴミがとれにくいし、手入れがしにくいんですよ!だのに、そのじゅうたん間でばりばりせんべい食ってぼろぼろ落とすし、あっちこっちで酒やらジュースやらコーヒーやらこぼすし!おまけに、煙草や術で焦がして!!おかげで二部屋もだめにしたの、わかってるんですか!!!」 くらり。一息で言った藍は目眩いを覚えた。しかし、ここで倒れてはいけない。そんなことしたら、寝室に引きずりこまれて終わりだ。なにより作業が進まない。 「だって藍さん〜」 「黙りなさい!ともかく、今日中にこの部屋と隣の部屋を片づけて、家具を全部リビングに運ばなきゃならないんです。内装業者は明日来るんですよ!」 それは事実だった。じゅうたんでこの人は暮らせない。そう判断した藍が、壊滅したじゅうたん間をフローリングに変える依頼を内装業者にしたのは一週間前、明日は工事当日なのだ。 「まったく!おれはこの一週間、寝る間も惜しんで片づけてるのに!たった二間の部屋が、どうしていつまでも片づかないんですか!!」 それも事実だった。藍は必死で片づけた。なのに、部屋を占有している銀生のガラクタ(藍にはそう見える)は一向に減る兆しはない。片づけても片づけても立ちはだかるゴミ(藍にはそう見える)の山。まさに、果てしない戦いだった。 「これはどうする」 逆上する藍の鼻先に、一冊の本が差し出された。なんだと目をやる。漆黒の髪と目。硬質な視線。昏だった。 「顔の前に物を持ってくるとは何事だ」 本を払いながら、藍が言った。 「失礼にも程がある。おまえのしつけをした者の顔が見たいな」 「見たいか?」 無表情に、昏が返す。 「ああ」 「あそこだ」 ちろりとやられた昏の視線の先に、銀生がいた。落ちた『仮面景虎のぬらりひょん人形』を、拾い上げている。 「ごめんね〜、ぬらりひょん。痛かったでしょ〜?もう大丈夫だからね」 「何が大丈夫ですか!こんなもん捨てなさい!!!」 まだまだ逆上中の藍が、人形をもぎ取る。ばさりとゴミ箱に放り込んだ。 「ああ〜っ!!ぬらりひょん〜っ!」 「拾うなーーー!」 「だから、これはどうするんだ」 叫ぶ上司二人に、部下昏は動じない。再度藍の鼻先に、本をずいと差し出した。 「貴様、一度言ってわからないか?」 「本に関しては何も言ってはいない。見ろ」 ぎりぎりと睨み付ける藍に、ぼそりと昏は言った。言われた藍が本を見る。それは、藍の本だった。 「これも捨てるのか?」 「捨てない。むこうへ持っていけ」 悔しい気持ちを抑えて、リビングを指差す。昏はくるりと踵を返して、スタスタと廊下を歩き出した。前方のリビングから、ぴょこりと金髪が飛び出す。碧だった。 「昏〜っ、こっちこっち!これ、重くてさー。動かないんだ。手伝ってくれよっ」 「わかった」 心持ち明るい声で、昏が碧に応える。藍は舌打ちした。碧も碧だ。いったい、どうしてこんな奴がよかったのか。碧が昏を選んだことを、未だ納得できない藍だった。 「いくぞ」 「うん、そっちから出して」 「ちょっと待て!」 二人が運びだそうとしているものを、廊下から見て藍は叫んだ。違う。それは食卓だ。それを表に出してどうするっ!藍はリビングに駆け寄った。 「それは、出さなくていい!」 「え〜?藍兄ちゃん、机って言ったじゃん」 口を尖らせながら、碧が言う。二人は食卓を床に下ろした。 「机じゃない!それはテーブルだ!」 「え?昏はここ座って字ぃ書くもん」 ぷくりと頬を膨らませる碧に、藍は脱力しそうになる。おまえ、おれと暮らしている時、何を見ていた!というか、そんなの、子供の頃に教えただろうが!! 「おまえの家には机もないのか?」 じろりと睨み付けながら、藍は昏に言った。黒い目がまっすぐに見返す。昏が口を開いた。 「ある」 「なら、怠慢だな」 「俺はその時々で一番効率のいいものを使っているだけだ。たかがメモ書き程度に、わざわざ机を使う方が無駄だと思うが?」 真っ向から正論で返され、藍は奥歯を噛み締めた。いけない、今は考える事が多過ぎる。こいつを言い負かすだけの思考が働かない。 「あー、はらへったー!」 睨み合う藍と昏の隣で、碧が叫んだ。 「もうだめ。昏、藤おばちゃんとこ弁当買いにいこっ」 「こら碧!」 藍の声におかまいなく、碧は昏の手を引いた。さっさと玄関を出てゆく。逃げたもん勝ちだった。 「ぬらりひょん、今度ね、ぬりかべ人形も買ってあげるよ〜。そしたらさ、もう寂しくないでしょ?」 じゅうたん間に戻れば、銀生が何やら人形に話しかけている。藍はじろりとそれを一瞥し、無言で片付けだした。黙々。黙々。無言で手を動かす。しばらくして、弁当を買った碧と昏が帰ってきた。リビングで叫んでいる。 「兄ちゃーん、弁当食おうよ。シャケとうな重とチキン南蛮と焼肉弁当のどれがいい?」 「藍さ〜ん、俺、焼肉もらいますね〜」 「じゃ、おれうな重!昏はシャケだよなっ」 何やらメニューは決まったようだが、藍は昼食をとらなかった。顔は既に、能面だった。 ACT2へ |