愛?のフローリング by(宰相 連改め)みなひ ACT2 「・・・・・・終わった・・・・」 藍がリビングの片隅に倒れ込んだのは、その夜の午前二時を過ぎていた。工事当日である。 「つ・・・疲れた」 ため息と共に吐き出す。酷使された身体は限界を超え、腕一つ動かせない。このまま、床に沈みこんでゆくような気さえした。 でも、何とか間に合ったな。 しみじみと思う。この一週間、我ながらよく働いた。あの混沌の巣窟と言えた二部屋が、ここまで綺麗に片づくとは思わなかった。 後は、朝にあれとあれを運び出せばいい。 内装業者は朝八時半に来る。しかし、今から睡眠をとれば、何とかその時間までには全部運び出せそうだ。よかった。後は、寝るだけ・・・・。 「お疲れ様です」 うとうととしかけた藍に、銀生の声が聞こえた。目を開け見上げる。銀生はコップを差し出した。 「藍さんたら、昼食も夕食もとらずに・・・・。せめて、お茶くらい飲んでくださいよ。脱水になります」 言われて思いだした。そうだ。自分は今日、殆ど何も口にしていなかった。忙しさと怒りに振り回されて。 「ほら」 促されて身を起こそうとした。しかし、もう身体が動かない。 「すいません、ストローか何かを・・・・」 「あ、そういうことですか。いいですよ」 言いかけを察して銀生が頷いた。ストローで飲ませてくれるかと思いきや、ごくりとコップのお茶を飲む。 「なっ」 何をするかと言いたい藍の顎を捕らえて、銀生が唇を合わせる。液体が流し込まれた。 なまぬるい。 心はそう感じたが、水分を欲する身体は正直だった。ごくりとそれを胃の腑へと送る。 「もうすこし、いりますか?」 にっこりと銀生に訊かれて、藍は僅かに頷いた。本当は怒鳴ってやりたい 。お茶だって自分で飲みたい。でも、今はそれだけの力がない。 「いきますよ〜」 再度唇が繋がれた。藍は注がれたものを飲み込む。ほとんど諦めだった。 「えらいですよ」 顔を離しながら、銀生が囁いた。 「この一週間、あなたは本当によく頑張りました」 整い過ぎた顔に、更にきれいな微笑み。濡れた唇が光っている。 ずるい人だ。 藍は思う。今までのおれの労働を、この人はこの笑顔と言葉で済まそうとしている。それだけでおれが許すと、確信したうえで。 まあいいか。 ぼんやりと藍は思った。あの部屋が片づいたのはいいことだし、フローリングになれば掃除も楽だ。ダニだって発生しにくい。 お世辞言ったって、何もでませんよ。 そう言いかけた時だった。銀生の顔が鼻先まで接近する。にこりと切れ長の目が笑んだ。 「だから、これはおれからのご褒美です」 ご褒美?ご褒美だと?何が「ご褒美」なんだー! 混乱する藍に構わず、銀生が語を継ぐ。 「感謝を込めてしますね。じっくり、味わってください」 「する」だと?「味わう」だと?今何時だと思ってやがる!朝八時半に業者が来るんだぞ?それまでの荷物も出さなきゃならないんだぞ!わかってるのか!!! 「じゃ、行きますよ」 ひっそりと囁いた後、銀生が藍の脇を取った。藍は憤死寸前だ。(でも、動けない) 「せっかく部屋も広くなりましたから、ゆったりばっちり使いましょうね〜」 ずるずる。ずるずる。藍の身体が、じゅうたん間へと引きずられてゆく。しばらくして、「到着ー!」という声と共に、部屋の扉がぱたりと閉められた。 「馬鹿野郎ーーーーッ!」 藍の渾身の(それも最後の力を振り絞った)叫びは、がらんどうの部屋によく響いた。だかしかし、それも銀生の「やだなぁ、もっと色っぽいこと言ってくださいよ」の言葉に綺麗に掻き消されてしまった。 全てが終わった時、空はうっすらと白み始めていた。 「よかったですよ」 ほくほくと顔を綻ばせながら、銀生は藍に囁いた。藍は墜ちる寸前の意識を繋ぎ止める。せめて、一瞬だけでも睨んでやりたい。そんな藍の気持ちを知る由もなく、銀生は言葉を継いだ。 「今日、お願いしますね。俺、仕事ですから」 返事はできなかった。頭も身体も喉も全部、限界を遥かに超えている。本当は、胸の空くまで詰ってやりたい。いや、詰るだけじゃ気が済まない。絶対、仕返ししてやる! 心で絶叫していた藍は、ことりと意識を失った。それは、桐野乾電池の切れた瞬間だった。 そして朝。 予定通り内装業者は銀生の家を訪れ、内装工事は開始された。もちろん朝に運び出す予定だった荷物は運び出され、てきぱきと内装業者にお茶を出す藍の姿が目撃された。 桐野藍は耐えた。根性で朝七時半に起き、荷物を運びだし、業者に気を配り、工事が滞りなく進むように心を砕いた。それが功を奏してか、内装工事は当初の予定の半分の、まる一日で終了した。 そしてそして翌日。 特務三課のオフィスにて黙々と根暗く怒る藍と、泣いたり拗ねたり機嫌とったり誤魔化そうとしたりした銀生が目撃されたが、特務三課主任の怒りが解けることはなかった。 三日後。根をあげてしまった特務三課課長が、部下であり桐野藍の義弟である桐野碧に泣きつくことになる。 某日現在、社銀生の家には真新しいフローリングの間がある。それは、桐野藍の努力と根性の結晶といえた。一ヶ月後、銀生宅に遊びに来た御影本部のナンバーワン、如月水木によってありがたい傷を頂いてしまうのだが・・・・・。 (もちろんその後で藍の義弟、桐野斎が半泣きで補修し、藍は許さざるを得なくなる) ああ、愛?のフローリング。 掃除は楽でよかったねと。 終わり |