今、ここに在ること  by (宰相 連改め)みなひ




 〜プロローグ〜

「やーっと帰ってきたよな」
 やれやれと扉を開けた。中に入る。鍵などない。昏の張ってる結界を、そうそう解ける奴はいないから。
「しっかし、びっくりしたよなー。藍兄ちゃんが銀生さんの水鏡なんて」
 言いながら部屋に入る。
「でも、万々歳だよな。初任務は成功だし、ちゃーんと『対』んなったし、藍兄ちゃんも一緒にはたら・・・・」
 言い終わらないうちに後ろから腕が回ってきた。背中に感じる、熱。
「約束だ」
「え?」
「任務は、終わった」
 いきなり過ぎる訴え。しばし言葉を失う。確かにいいって言ったけど、おれまだ夕飯も食ってないんだぞ。
「あのさ、これ食ってからにしない?」
 ガサガサと右手のビニール袋を振ってみた。中には藤おばちゃんの弁当が入っている。
「おれ、腹減ってるし。あったかい方がうまいし。な?」
 もう一押しと言葉を重ねた。けれど。相棒は一言も発さず、両手はぴくりとも動かない。
「温める」
 背後を窺うおれに、ぼそりと答えが返ってきた。一瞬、なんのことだかわからない。
「・・・・へ?」
「後で、温めてやる」
 ああ、弁当か。思い当たってる間に身体を返された。ばたんと押し倒される。したたか、背中を畳に打ちつけた。
「わーっ!ちょっと待てー!」
 バタバタと暴れるおれを、昏はがっちりと抑え込んだ。普段少ししか食べないくせに、どうしてこんなに力あんだよ。
「昏っ、おいーっ!」
「嫌か?」
 身動きが取れず大声を張り上げるおれに、昏は能面みたいに、表情を変えずに言った。
「嫌、なのか?」
 ふっとあいつの顔が歪んだ。張り詰めたものが伝わる。
 うわ、まただよ。
 知り合ってから何度も見ている表情に、気が滅入りそうになった。上から抑えつけてるくせに、昏はとんでもない顔で見つめてくる。切なくて、哀しい表情。おれの一番苦手な顔だ。
「待てって言っただけだろ!勝手に決めんな!」
 大声で叫んだ。自己完結してしまうあいつの、つまんない考えを吹き飛ばしたくて。
「いいよ」
 ぼそりと答えた。目の前の漆黒が僅かに開く。その奥に、活きた輝き。
「約束だもんな。じゃ、やろ」
 観念して言った。腹は減り放題だし、風呂だって入りたい。畳の上ってのもイヤだ。でも、いやと言うほど伝わる。あいつの心の声が。
「碧」
「でも言っとくぞ!一回やったらメシ食うからなっ」
 ホッとしたような顔に、ぴしりと宣言した。ちょっと譲歩してやったんだ。これ以上は譲らない。おれは、腹減ってんだ。
「わかったか!」
 口を尖らせて言うおれに、あいつは微笑んで一言、「了解」と答えた。