| 働く猫 by 近衛 遼 ポケットをがさごそとさぐり、馨は何枚かの札を大亮に差し出した。 「はい、これ」 「……なんだよ」 「生活費」 「はあ?」 「いつまでも、カラダで払ってらんないじゃん」 「おまえ……」 「まあ、足らないぶんは仕方ないけど……」 細い腕がからみつく。 「いまから、払うね」 口付けが、大亮の欲望を呼び起こした。 馨の「支払い」は、いつもかなりゴージャスだ。馨と出会うまで男同士の交渉を知らなかった大亮だったが、はっきり言ってそれは人生を変えてしまった。 「……ん……っ、う……あ……ああんっ」 ベッドの上。甘い声が先を誘う。中は溶けるほどに乱れている。どこまでも続く快楽の渦。 腰を深く沈めた。突き当たった場所には、間違いなくその起爆剤があった。 「……!!!」 声さえ出ない。最後のスイッチが押される。点火。 ふたりはそのまま、欲望という名の爆風に飲まれていった。 「これ……どうしたんだよ」 嵐のようなひとときが過ぎ去ったあと。 馨から受け取った紙幣を手にして、大亮は訊いた。行為の余韻に浸っていた馨は、ゆっくりと顔を上げて微笑んだ。 「生活費だって、言ったじゃん」 「いや、でも……」 いわゆる「生活費」を渡しているのは、大亮の方だ。その一部を返還しているのだろうか。 「オレ、アルバイト始めたんだ」 「え?」 まさか、以前にやってたような仕事じゃないだろうな。 馨は男相手の商売をしていたことがある。実の親の借金のカタに売られたときに。 「違うよ」 大亮の考えを察したのか、馨は言った。。 「そんなこと、もうしない」 「……すまん」 わずかでも疑った自分を恥じた。馨はもう、以前の馨じゃない。「大事なものなんかない」と断言した少年ではないのだ。 「オレ、いま『竹林堂』で働いてるんだ」 「竹林堂?」 それは、駅前にある古本屋だった。 「あそこのおやじさん、ここんとこ体調悪いらしくてさ」 本を買いに行ったときそんな話を聞いて、店番を引き受けたらしい。 「……そうか」 いままで事情を話してもらえなかったことに一抹の寂しさを感じつつも、馨が自分で外との繋がりを持ったことに対して、大亮は安堵した。 「時給安いけど、店番してるあいだに本読めるし」 くすくすと笑って、続ける。 「今度、また霞洲翁の初版本が入ってくるかもしれないんだよ。五巻全部揃ったら……」 はっとして、馨は口をつぐんだ。以前、大亮と衝突したときのことを思い出したのかもしれない。 大亮は口元を緩めた。そんなこと、気にしなくてもいいのに。 「揃ったら、いいな」 霞洲翁の初版本。それは、こいつにとって大切な思い出と結びついているのだ。だから。 大亮は馨に口付けた。深く、熱く。 「………」 応えが返ってきた。同じように、否、それよりも深く熱く。 「ねえ」 わずかにはなした唇から、次を誘う声がした。 奥に手を伸ばす。熱い。求めるその場所に、指が吸い込まれていく。内部を確認してから、大亮は再度そこに踏み入った。 求め合って、与え合って、すべてを共有する。「支払い」ではなく、互いを感じるために。 腕の中にある温かな存在を抱きしめながら、大亮はおのれの幸福を実感していた。 FIN. |