見えざる手 byつう
LAST ACT
かまわない。おまえとならば。
この身が四散しようとも、悔いはない。そうでなければ、ここまで愛しはしなかった。愛せなかった。
生きるのも、滅するのも、おまえとならば。
「カカシ……」
心をこめて、名を呼んだ。
もしかしたら、この男にとってはその名すら忌まわしいものであるかもしれないが。
おそらく、それは里の外れで拾われたあとに付けられた名であろう。この男のふた親がどんな人物であったか、知る術はない。
それでも、自分にとっては、「はたけカカシ」が唯一の者なのだ。ほかのだれでもない。この男だからこそ。
「生きよう」
まっすぐに、告げた。ふた色の瞳を見つめながら。
「生きよう、一緒に」
嵐のごとき結界の中で、イルカはカカシを抱きしめた。
荒れ狂う感情。やっと癒えたイルカの体を、また切り刻んでいく。
「それが駄目なら……」
口付ける。血の味が行き来する。
「いいですよ」
ともに、滅しても。
愛したから。だから、いい。だから、おれは「人」として死ねる。
選べ。カカシ。
おれと生きるか。おれと死ぬか。
写輪眼が、ぐるぐると回っている。紅く、血の色よりもさらに紅く。
「い……」
縊られる直前のような声で、カカシが言った。
「……い……や……」
震えている。怯えている。瞳が揺れている。
「……や……だよ……イ……ルカ……」
いやだ。いやだ。いやだ。イルカがいなくなるのは、いやだ。
カカシの手が、きつく背を掴む。
「……生きたい」
祈りにも似たその言葉が、イルカに新たな力を与えた。
その後のことを、イルカは覚えていない。
気がついたときには、また病衣をまとってベッドの上にいた。枕辺には、マスクとキャップで顔のほとんどを隠したカカシ。
「ごめんね」
一カ月前と同じ言葉を、カカシは言った。
「ごめんね、オレのせいで」
拳を握り締めて、小刻みに震えている。
「いいえ」
イルカも、同じ言葉を返した。
「あなたのせいではありません」
自分で選んだのだから。
「だから……」
「オレのせいだよ!」
血を吐くような声。
「……カカシ」
「オレのせいで、イルカは二度もひどい目に遭った。オレ、もう、こんなことはしない」
決意。まぎれもなく、この男が自分で考えた末の。
「ちゃんとやるよ。術も、技も、イルカみたいにしっかりコントロールして。きっと、そうするから……」
一条の光が、イルカの脳裏に差し込む。
道が拓かれた。細くて、まだ頼りないけれど。
先へ続く道。いつか、ともに歩くための。
「待っています」
イルカは手をのばした。愛しい者へと。カカシはその手を、おずおずと取った。
「イルカ……」
「待っています。もう一度、あなたと会う日まで」
生きたいと、カカシは言った。ならば待てる。人として、ふたたび出会うときまで。
「くれるの」
泣きそうな顔で、カカシは言った。
「また、くれるの」
「ええ。もちろん」
なにをいまさら。
イルカは微笑した。とっくにおまえのものなのに。こんなことぐらいで、崩れたりはしない。おれは、おまえのものだ。この先も、ずっと。
近づいてくる唇を、拒む理由もない。
監視カメラの向こうで苦笑いをしている面々の顔が浮かんだが、それはこの際、気にしないことにした。
イルカは再度、研究所で治療を受けることになった。そして。
カカシはひとり、暗部宿舎に戻った。研究所を一部破壊したことについての責任をとって、しばらく懲罰房に入っていたらしい。
「写輪眼のカカシ」が懲罰房に、ねえ。
リハビリをしながら、イルカは口元がゆるむのを抑えられなかった。
ひとつひとつ、あの男は学んでいくのだろう。この世界というものを。そしてまた、自分も自分の世界を取り戻すために、戦わねばならない。
この春から、自分はアカデミーの教官になる。
うずまきナルト。うちはサスケ。木の葉の里の今後を左右するであろう、ふたりの子供を監視するために。
そう。「手」としての仕事は、あくまでも「監視」だ。なにかしら里に不都合な動きがあったときに、いち早く処理するための。
だが、もうそんな真似をするつもりはない。たとえ彼らが里に仇なす要因を持っているとしても。
彼らが「人」としてまっとうに成長していけば、きっと良き方向に進むはずだ。内に抱える荷がどれほど重くても、彼らはそれを乗り越えていくだろう。
信じるものがあれば。
愛するものがあれば。
すべてを賭してでも、守りたい心があれば。
待っている。
あの男が自分の前に立つ日を。
待っている。
自分があの男の前に立てる日を。
早春の風の中、イルカは木の葉の里へ向かって新たな一歩を踏み出した。
エピローグへ続く
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