見えざる手 byつう
〜エピローグ〜
春は芽吹きの季節だ。
と、同時に、自然界でも人間界でも、雛の巣立つ季節でもある。
「合格……ですか」
アカデミーの書庫で資料を調べていたイルカは、同僚からその知らせを聞いて、ほう、と大きなため息をついた。
よかった。ナルトたちの班は、ただでさえメンバーのバランスが悪いと危惧していたから。
うずまきナルト、うちはサスケ、春野サクラ。
三者三様まったく違った個性の……というと聞こえはいいが、要するに水に油、ラーメンとフルコースほど相容れない面々なのだ。今後の任務のことも考えると、下忍試験に合格する確率はかなり低いと踏んでいた。
そのうえ、彼らの試験官になった上忍のこれまでの採点表を見ると、辛口も辛口、しかも試験内容が尋常ではない。
これじゃあ、「手」の採用試験みたいだぞ。
イルカは半ば本気で、そう思った。極めて高度な心理戦。アカデミーを卒業したばかりの下忍候補に仕掛けるような内容ではない。
もっとも、これを突破したならば、かなりの確率で早期に中忍になれるだろう。中忍試験には、この類の心理戦は不可欠だから。
ナルトには、無理だろうな。
イルカはそう思っていた。一途で、一生懸命で、前しか見ていないようなやつだから。
九尾のことがなければ、もっと素直に育っていただろう。が、逆に言えば、それが彼の心を鍛えたとも考えられるのだ。
サスケについても、そうだ。なんでもそつなくこなす秀才でありながら、自らに課している枷のために、他者よりもさらに深い洞察力を持つようになった。
彼らは木の葉の宝だと思う。背負うものがどうであれ、彼らを潰してはならない。
それでも、今回はあきらめていた。この試験官では、合格するのは至難の技だ、と。
それが、なんと、合格したというのだ。件の試験官の、はじめての合格者。
いったい、どんな試験内容だったのだろう。そのうち報告書が提出されるだろうが。
書庫から山のような資料を抱えて事務局に向かっていたイルカは、階段の手前で長身の人物とぶつかった。当然ながら、ばらばらと資料が落ちる。
「うわ。まずいなー。持ち出し不可のところを頼み込んで貸してもらったのに……」
「へえー。そりゃ悪かったですねえ」
のほほんとした声。
まさか。
記憶の中にあるものと、類似したそれ。
まさか、そんな……。
イルカは顔を上げた。
さらさらとした銀髪、ななめにした額宛て。口布で顔半分を隠してはいたが、イルカにはそれが彼だとわかった。
「はじめまして。はたけカカシといいます」
藍色の隻眼を細めて、男は言った。
「今度、正式に七班の担当になりまして」
七班。ナルトたちの班だ。ということは、この男が……。
「はじめ……まして」
なんとか、言葉が出た。
そうだ。自分たちは、いま出会ったのだから。
「うみのイルカといいます。子供たちが、お世話になっています」
「あー、やっぱりイルカ先生? 一度アナタに会いたいと思ってたんですよー」
カカシは散らばった資料を拾いつつ、言った。
「もう、ナルトから毎日毎日アナタのことを聞かされ続けてましてねー」
「それは……ご迷惑をおかけして」
「いーえ。そーんなことはないですよ。……はい、どーぞ」
資料をばさりと差し出す。イルカはそれを受け取った。
「こないだ、あいつらに世界中でいっちばん好きなものはなにかって聞いたんですよー。そしたら、ナルトのやつ、なんて答えたと思います?」
「え? ……さあ。なんでしょうか」
イルカは首をかしげた。カカシはイルカの肩をぐい、と掴んで、
「イルカ先生と食べるラーメン、だってさー」
いたずらっ子のような表情。四年前のままに。
「そんなことを……」
「なーんか、妬けるよね」
くすくすと笑いながら、カカシは語を繋いだ。
「ほんと、あんたって最高だから。これからは、ずっと見張ってないとねー」
それだけ言って、ふっと体を放す。
「ときに、イルカ先生」
教官の口調で、言う。
「はい」
「今晩、お暇ですか」
「ええ。べつに予定はありませんが」
「だったら、晩飯食いにいきませんか。おごりますよー」
ごく自然な会話。この男の四年間には、どのようなことがあったのだろう。
「わかりました。お供します」
このうえもなく穏やかな笑みとともに、イルカは答えた。
待っていた。
この男が自分の前に立つ日を。
待っていた。
自分がこの男の前に立てる日を。
そして、いま。
カカシ。
おまえはここにいる。
おれは、ここにいる。
見えざる手に、導かれて。
(了)
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