木の葉の里が九尾に襲われ、多くの命が失われた直後。
 うみのイルカは正式に、三代目火影の「手」となった。
 もっと強くなりたい。
 父がそうであったように、母がそうであったように。木の葉の里の将来のために、役に立つ人間になる。
 血にまみれたクナイの前で、少年は誓った。








見えざる手 byつう








ACT1



 まだ、ほんの子供のようだった。
 十一歳の自分が見ても、それは「子供」としか表現できなかった。
 細い手足は血で汚れている。すすでいくらか黒ずんでいる銀髪が、川面を渡る風を受けて揺れていた。
 死んでるのかな。
 そっと、イルカは近づいた。
 アカデミーからの帰り。定期の筆記試験をつつがなく終えて、家に戻る途中だった。
 死んでいるのなら、ちゃんと埋めてやらないと。人は土に還り、命を巡らせる。イルカの両親は、そう言っていた。
 生死の確認ぐらいは、朝飯前だ。これでも忍……もとい、忍のタマゴなのだから。
 川縁の葦の一群の陰に横たわる小さな体。イルカはひざまずいて、首筋に手をのばした。
「……っ!」
 突然、手首を掴まれた。いまのいままで微動だにしなかったその子供が、弾けたように飛び起きてイルカを横に押し倒す。
 目の前に、クナイがあった。
 しまった。やられる。
 反射的にもう一方の手をかざす。
「……なあんだ、コドモじゃん」
 甲高い声が降ってきた。イルカは、そろそろと手を下ろした。
「気配の消し方とか、足運びが妙にうまかったから、警戒しちゃったよ」
 銀髪の子供は、クナイをつきつけたままそう言った。
「あんた、だれ」
「おまえこそ……」
「オレは忍だよ」
「……子供なのに?」
「コドモが忍やっちゃいけないの」
「そうじゃないけど……」
 どう見ても、自分よりは年下だろう。それが、もう実戦経験のある忍だとは。
 もっとも、自分のような「忍」もいる。見かけだけで判断してはいけない。
「あんた、もしかしてアカデミーの生徒?」
 幼い忍は、クナイを引いた。イルカは頷いた。
「へえ。最近のアカデミーって、レベル高いんだねえ。まだ下忍にもなってないのに、たいしたもんだよ」
 誉められていると思っていいのだろうか。いや、「アカデミーの生徒」としての「気」を作れなかったのだ。まだまだ自分は、修業が足りない。
 イルカは、いまだに自分の上にのしかかっている子供を見上げた。
「いつまで乗ってるんだ。どけよ」
 わざと、ふてくされた言い方をする。
「はいはい」
 銀髪の子供はクナイを仕舞って、ひょいと飛びのいた。イルカはのっそりと起き上がって、
「ケガ、してるんじゃないのか」
「え?」
「だいぶ、血が……」
「あ、これね。大丈夫だよー。ぜーんぶ返り血だから」
 へらへらと笑いながら、言う。
 返り血だって? イルカはまじまじと、子供を見つめた。
 これだけ大量の血を浴びるなど、いったいどんな任務だったのだろう。
「さすがに疲れてさー。血の臭いもぷんぷんするし、水浴びしようと思ったんだけどねえ。なーんか、眠くなっちっゃて」
「……まだ三月だぞ」
「それがどうかした?」
「どうって……」
 川の水は冷たい。溜め池などでは、薄氷の張る日もあるぐらいだ。
「おかげで、目が覚めたよ。体洗ってくるねー」
「え、おい、おまえ……」
 イルカが止める間もなく、その子供は服を脱いで川に飛び込んだ。
 雪解け水のせいで、川の水位はかなり上がっている。そんな中にいきなり飛び込んで、平気なのだろうか。
 イルカはいくぶん動揺しつつ、川面を見つめた。
「ふわーっ、きっもちいい!」
 川の中ほどに、銀髪が現れた。
「あんたも入る?」
 胸まで水につかった状態で、叫ぶ。イルカはかぶりを振った。
「ざんねーん。じゃあねーっ」
 ふたたび、流れに身をまかせて、ばしゃばしゃと遊ぶように泳ぐ。
 よっぽど、心臓が丈夫なんだな。イルカはそう結論づけた。
 あれだけ元気なら、心配はないだろう。そう思って引き上げようとしたとき。
 イルカは子供が脱ぎ捨てた衣類に目をやった。
 ぼろぼろの、血だらけの服。あの子は、もう一度これを着るのか。
 なんとなく、悲しくなった。任務だから仕方ないにしても。
 忍の仕事とは、詰まるところ、こういうことだ。そう。わかっている。いつか自分も、全身に血を浴びなければならないのだ。
 イルカは上衣を脱いで、その横に置いた。自分の方がひと回り大きいので、とりあえずこれを羽織れば、膝上までは隠れるだろう。汚れた服よりは、いくらかましだ。
 早春の光の中、銀髪の子供はまだ川の中にいる。イルカはそっと、その場を離れた。






ACT2へ続く

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