踏青 byつう
ACT2
詳細な情報がもたらされるたびに、セキヤは不機嫌になっていった。
理由はわかっている。その情報を入手するために、刃が体を供しているからだ。
「いい加減にしろよ」
刃が鬼火山に入って、六日目。醍醐はセキヤに言った。
セキヤは前日から私室に酒を持ち込んで、籠もっていた。
「なんだよ、このザマは」
床に敷きつめられた夜具を土足で踏んで、醍醐は牀の前まで来た。セキヤの手を払って、杯を飛ばす。
「あいつがおまえのために自分を殺してまで働いているのに、情けないと思わないのか」
「思うよ」
「だったら……」
「黒髪さんのときは、こんなことなかったんだ」
「え?」
「所司のところで、そういうことやってたときも、黒髪さん、またこんな仕事してるって思っただけで……」
「そりゃ、おまえ……坊やと刃じゃ、立場が違うだろうが」
醍醐はため息をついた。
「そんなこと、とっくの昔にわかってると思ってたがな」
「……おまえはわかってんの」
拗ねたように、セキヤは言った。醍醐は牀に腰掛けた。
「あのなあ、坊やは、木の葉の人間だったんだよ。最後まで、な。おまえがいくら想っても、いつかは帰ってしまう『お客さん』だったんだ。けど、刃は違う」
「どう違うのよ」
「ったく、もう、ほんとにわかってねえんだな。刃はおまえの一部だろうが」
一部。
セキヤはその言葉を反芻した。刃が、オレの一部?
「自分の手足のように自由に使えるかわりに、あいつが怪我すりゃ、おまえも同じだけ痛い思いをする。そういう関係になっちまってるんじゃないのか」
そうかもしれない。セキヤは自嘲ぎみに口元を歪めた。
どうして気づかなかったのだろう。刃にこの仕事を与える前に。
単純に、使えると思った。そして実際、予想以上の成果を上げている。
頭目の人となりや側近の様子、賊が次に狙う獲物のことまで、もうわかっていた。やつらは明日、雲の国の商人の倉を襲う。それがうまくいけば、おそらく夜は酒盛りだ。夜半、寝入ったところを襲撃すれば間違いなく全滅させられる。
頭目の保持している情報については、どうやらほかへ流れている可能性はないようだった。
「カネの生る木を、ほかのやつに分けてやるなんざ馬鹿げてるだろ」
頭目は、そう言ったらしい。
わずか五日で、よくそこまで聞き出したと思う。物見の話だと、昼間のごく短いあいだしか、刃は幕屋の外に出てこないという。それ以外の時間は、おそらく頭目の側に侍っているのだろう。まさか日の高いうちから房事を行なうことはないにしても。
「もう、やめとけ」
醍醐は酒瓶を取り上げた。
「あした、鬼火に行くんだぞ。俺は酔っ払いの指図を受ける気はないからな」
言い捨てると、ふたたび土足で夜具を踏んで、出ていく。
静かに、扉が閉まる。その音を聞いて、セキヤはきつく目をつむった。
ぼんやりとした灯明を頼りに、刃は筆を走らせていた。透かしの入った高級紙に、さらさらと歌を書く。
一枚書いては横に飛ばし、また一枚書いては、前に投げる。幕屋の中は、薄様でいっぱいになっていた。
「またかよ、おい」
頭目が紙を拾いつつ、入ってきた。
「無駄遣いすんなよ。高えんだから」
意外と、細かい男である。
「無駄と言うは、無為なことでしょう」
月下楼の中臈に化けてこのアジトにもぐりこんだ刃は、いかにも不興げに答えた。
「われは外に出ることがかなわぬゆえ、このようにして無聊を慰めております。それを無為と仰せか」
刃はここに来て以来、筆と紙を所望して、古歌を書き散らしていた。暇さえあればそうやって時間を潰し、つなぎ役の仲間に隠語まじりの文を書いていても怪しまれないように仕向けたのだ。
「出してやってるじゃねえか」
「はい。されど、ほんの半時ほどでは……」
刃は上目遣いに、頭目を見た。
「もう少し、長うなりませんか」
「そんなこと言って、逃げる気か?」
「逃げられるなら、とうにそうしております」
不本意そうに、横を向く。
「そりゃそうだよなあ」
頭目はどっかりと夜具の上にすわり、げらげらと笑った。だいぶ飲んでいるようだ。外ではまだ、酒盛りが続いている。
商人の倉には思った以上に貯えがあったようで、賊たちは上機嫌だった。
「ま、逃げたって、また捕まえるだけだがな」
骨太い手がのびてきた。刃の腕を掴んで、引き倒す。
「あしたっから、もっと外に出してやるよ」
あしたがあれば、ね。
刃は思った。あんたたちに、あしたはない。今夜が最後。
帯が解かれ、ごつごつした手が肌をまさぐりはじめた。刃はそれに応えながら、時が来るのを待った。
夜陰にまぎれて、セキヤたちは鬼火山の中腹にある賊の根城に近づいた。
「凱旋して、気分よくなってるだろうからねー。見張りも酒飲んでるだろうし、楽勝だね」
「油断は禁物ですよ」
加煎が言った。
「概して、簡単な仕事ほどミスが多くなるものですからね」
「はいはい。わかったよん」
セキヤはぺろりと舌を出した。
「取りこぼしは、よろしくね」
「御意」
加煎は五人ばかりを従えて、配置についた。
「醍醐、そっちの様子は?」
滝の上から下を窺っていた醍醐が、岩場を伝ってセキヤのところに戻ってきた。
「おおかた寝ちまったようだな。見張りはいるが、毛布にくるまってすわりこんでるし。ま、そろそろ頃合じゃねえか?」
「ふふん。じゃ、手っ取り早く片付けようねー」
セキヤは背中の長刀をするりと抜き、山路を駆け降りた。
騒ぎが起こったのは、事が終わった直後だった。
だれか喧嘩でも始めたのかと、頭目が夜具から身を起こしたところに、隻眼の男が血まみれで転がりこんできたのだ。
それから、半時あまり。外はすっかり、静かになった。
下っ端も入れて五十人ほどいたはずだが、とどのつまりは素人である。セキヤたちにとっては、赤子の手をひねるようなものだろう。
終わったかな。
刃は胞衣に着替えて、幕屋を出た。まだ生き残りがいるかもしれない。小柄を手に、用心しつつ足を進める。
炊事場になっていた滝の近くに篝火が焚かれ、十人ばかりが集まっていた。セキヤと醍醐の姿もある。その足元には、いくつかの首級。
頭目の面を、あらためなければならない。刃はぐっと拳を握り締めて、滝の辺に近づいた。
「おう、刃」
先に声をかけたのは、醍醐だった。
「ご苦労だったな。怪我、してねえか」
「うん」
「……おつかれさん」
セキヤは左手で刃の頭を抱いた。刀を持っている右手は、血で汚れている。
「ギャラリーがいるから、チューはなしね」
軽い口調でそう言って、手をはなす。かすかな違和感。なんだろう、これは。
刃はセキヤを見上げた。いつもと変わらぬ顔がある。でも、なにかが違う。
「早速だけどな」
醍醐が口をはさんだ。
「頭目はどれだ?」
首級を刀の先で指して、訊ねる。
そうだ。まだ仕事が残っていた。刃は奥歯を噛み締めて、ずらりと並んだ首を確認した。
「……これだよ」
形相は変わっているが、間違いない。
急に、気分が悪くなった。頭ではわかっていたつもりでも、実際にこれほど多くの血を目の当りにしたことはない。
苦いものがこみあげてくる。滝の縁まで走って、のどの下につかえていたものを吐き出した。
「大丈夫か?」
醍醐が横に来て、刃の背中をさすった。
「すまんすまん。うっかりしてた。なにしろ俺らは、生首の十や二十じゃ驚かなくなっちまってるもんで」
たしかに、そうだろう。醍醐たちは、それを生業としているのだから。
しっかりしなくては。こんなことでふらついてちゃ駄目だ。
「ごめん。もう平気だよ」
刃は立ち上がった。醍醐とともに、篝火の近くに戻る。
「んじゃ、いただく物をいただいて、引き上げようねー」
セキヤはみんなに、あれこれ指示を出していた。賊が商人から奪ってきた金品を、そっくり横取りするらしい。
「刃も、なんかほしいものがあったら、持って帰っていいよん」
葛籠の中に荷物を詰めながら、セキヤは言った。
「いらないよ、おれは」
そう。なにも要らない。ほしいものなんか、ない。
心の中で呟く。だって、あんたのところに帰れるんだから。
なぜ、その言葉を声に出せなかったのか。
それは刃にもわからなかった。
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