踏青 byつう
ACT1
狼の遠吠えが聞こえる。
野営の幕の中で、刃は刻をはかっていた。すでに日付は変わっているはず。外もだいぶ静かになった。酒盛りを終えて、それぞれ天幕に引き上げはじめたのだろう。
あと半時ほどかな。寝入り端を襲うのが、もっとも効果的だから。
「おい」
男がかすれた声で、言った。
「それは、もういいからよ……」
骨太い手が、刃の顔を掴む。
「乗れよ。な?」
刃は上体を起こして、男の体をまたいだ。すでに十分に育ったその場所に向けて、ゆっくりとひざを曲げる。男は我慢できなくなったようだ。がっしりと刃の腰を持って、揺さぶった。
「……んっ……あ……っ」
動きに合わせて声を上げる。この男は、嬌声を聞くとますます興奮するらしい。
今日で最後だ。いくらでも、聞かせてやるよ。
「すげえよ、おまえ。ほんとに……」
男は息を荒げて、なおも激しく刃を貫いた。
鬼火山に山賊の一団が住み着いたのは、ひと月ばかり前のことだった。かなりの大所帯らしく、やることも凶悪で、周辺の村は軒並み被害に遭った。
鬼火山は雲の国と木の葉の国、さらには北方の小国との国境にある。各国とも賊の掃討に着手したが、下っ端を捕縛するのがやっとで、頭を潰すことができずにいた。
それというのも、じつはその頭目というのが雲の国の機密を握っていて、それを取り引き材料にして、掃討隊から身をかわしていたらしい。
「だからってさー、なんでオレたちが、山賊退治なんかしなくちゃしけないのよ」
セキヤは機嫌が悪かった。悪い風邪をひいて、三日続けて薬草粥を食べたあとだったからかもしれない。
「そんなの、お上の仕事でしょーが。雲が動けないなら、木の葉の忍に頼むとかさあ」
「木の葉はいま、岩の国との国境で微妙な情勢になってますからねえ。外交面でも神経をとがらせてますし、山賊ごときにかまけている暇はないんでしょう」
加煎が薬湯を湯呑みに注ぎながら、言った。
「で、オレたちが、その『山賊ごとき』を相手にするの?」
セキヤはこめかみをぐりぐりと揉んだ。
「勘弁してほしいよねー。みんな、オレたちを便利屋だと思ってるんだから」
「当たらずと言えども遠からず、ってとこだろ」
醍醐がぼそりと言う。
「はいはい。まあ、ギャラによっては、考えてみないこともないけど」
「木の葉と雲、双方から依頼が来てますから……」
加煎は、にっこりと一葉の紙を差し出した。
「……まじ?」
セキヤが呟く。醍醐は大袈裟に肩をすくめてみせた。
「なんか裏があるんじゃねえだろうな」
醍醐の懸念はもっともだ。
「この頭目が掴んでいるネタというのが、木の葉がらみらしいですねえ」
「……てえことは、森の国がらみってこと?」
「そういうこったな」
醍醐がため息をついた。
森の国を巡って、木の葉と雲はかなり複雑な関係にある。表向きは雲の国の属国である森の国だが、経済圏は木の葉の領域なのだ。森の国から木の葉に出稼ぎに来ている者も多いし、特産の野菜の輸出先は大半が木の葉の国だ。雲の国は臭いのある野菜は好まないので、必然的にそうなった。
森の国の独立運動に対しても、木の葉と雲の本音と建て前が入り乱れている。
木の葉としては、独立させて大っぴらに国交を結びたいのはやまやまだが、歴史のある雲の国との関わりも損ないたくない。雲としては豊富な資源を有する森の国を手放したくはないが、砂の国や岩の国に対する防波堤としての木の葉との国交も保ちたい。
まさに、キツネとタヌキの化かし合いである。
「まいったねえ」
セキヤは薬湯をひとくち飲んで、顔をしかめた。
「まあ、恩を売っておくのも悪くはないけど……全滅させていいんだね?」
「禍根は断っておいた方がいいでしょう。ただ……」
「なによ」
「頭目が掴んでいるという情報が、余所にもれている可能性もありますね」
「やばいじゃねえか、それは」
醍醐が眉をひそめた。
「もし漏洩しているのなら、それはそれで、また新しい火種になりますし」
「そっちまで潰せば、当然、ギャラもアップよね」
くすくすと、セキヤは笑った。機嫌がよくなったらしい。
「んじゃ、まずは探りを入れなくちゃ。だれか賊の中にもぐりこませてみよっか。爺とか親方とか」
爺というのは仲間の中で最高齢の男で、親方というのはいかにも無骨そうな職人堅気の男である。
「爺が適任だろ。警戒されねえだろうし」
醍醐が意見を述べた。加煎も頷く。
「そうねー。それじゃ、爺にはお宝を背負って山登りでも……」
ふと、セキヤは言を止めた。視線を下げて、なにやら思案している。
「どうかしましたか?」
加煎が訊いた。セキヤは二人に向き直った。
「あいつを使う」
ぼそりと告げる。醍醐と加煎は、目を見開いた。
「冗談だろ」
「本気ですか」
同時に、声。
「マジだよ」
セキヤはぐっと、あごを引いた。
「刃を、使う」
焦土色の瞳に、冷たい光が宿った。
盗賊は物品だけでなく、人も略奪する。
人買いや廓に売るために。あるいは自分たちが楽しむために。
物見の情報によれば、鬼火山の山賊たちは男女を問わず、見目よい者をさらっては売り飛ばしたり、仲間内で楽しんだりしているようだった。
頭目の顔を知ること。それから、頭目が掴んでいる情報が余所にもれていないかどうか。
この二点が確認できれば、あとは簡単だ。夜盗の始末など、セキヤたちには造作もない。
「爺が女衒で、刃は雲から木の葉へ売られた色子ってことで」
セキヤは、二人におのおのの役割を説明した。
「抵抗しなけれゃ、いきなりばっさり、ってことはないだろうから、安心して。爺はとにかく、刃を思いっきり大事に扱ってね。そうすればあちらさんも、こりゃ上物だって思ってくれるから」
「はいはい。わかりましたよ。でも、気が進まないねえ」
爺はため息をついた。
「進まなくても、ちゃんとやってよー。雲と木の葉、両方からギャラをぶんどれるチャンスなんだから」
「そんなに大きな仕事なの」
刃は訊いた。セキヤはわずかに目を細めた。
「でかいよ。カネだけじゃなくて、条件的にもね」
「わかった」
刃は頷いた。さらに細かな打ち合わせに入る。
ところどころで確認を入れてくる刃の瞳に、セキヤはかつての記憶を思い起こしていた。
翌日。
爺と刃は鬼火山に向かって出発した。
「なんで、起きてこなかったんだよ」
午後遅くになって厨に茶を飲みにきたセキヤに、醍醐は言った。
「仕事に行くやつの見送りもできねえのか、おまえは」
こんなことは、はじめてだった。いつでも、セキヤは仲間を見送り、そして出迎えていたのに。
「……薬、飲んだんだよ」
「薬?」
「眠れなくて、つい」
「馬鹿が」
まだ、目付きがぼんやりしている。おそらく明け方ちかくになってから、導眠剤でも服用したのだろう。眠れなかったのではなく、眠りたかったのかもしれない。
「ちゃんと……してやったか?」
醍醐は訊いた。セキヤは横を向いた。
「……しなかったのか?」
「したよ」
短い答え。
馬鹿が。
醍醐はふたたび、心の中で毒突いた。
そんなにつらいなら、なぜあいつにこんな仕事を割り振ったんだ。使えるものはなんでも使う。それは、互いに納得してこそのものだろうに。
刃は納得していた。セキヤのためだから。だから止めなかった。加煎も、醍醐も。
「そろそろ、国境あたりかな」
「そうだね」
セキヤは茶をすすりながら、格子の外を見遣った。
月下楼の中臈。
爺の説明に、山賊たちは色めきたった。
月下楼と言えば、雲の国の花街一の陰間茶屋である。そこの「中臈」と称される中堅所の陰間なら、どこへ行っても相当な値で売れる。爺はさらに、助けてくれればさらに格上の妓女や陰間を連れてきてもいいと言って、命乞いをした。
「本当だろうな、じいさん」
頭目の片腕だという、隻眼の男が言った。爺は地面に額をこすりつけて、
「へえ。お疑いなら、あっしにどなたか付けてくだすってもよろしゅうござんす。十日いただければ、ご期待通りにいたしやす」
月下楼の中臈の一行に見えるように、豪華な輿をしつらえて来た甲斐があった。刃は、どうやら頭目に献上されたらしい。
輿を担いできた者たちは早々に逃げて、近くで様子を窺っているはずだ。あとは、刃がうまく情報を聞き出してくれればいいのだが。
「よし。八日、やる。あと二人、連れてこい」
男は爺に見張り役の若者を付けて、アジトから出した。
爺はつなぎ役への暗号を山路の木に残し、鬼火山を下りた。
頭目は、僧のような男だった。
「月下楼の中臈ってえのは、ほんとか?」
値踏みするような、目。刃はきっちりと座したまま、視線ひとつ動かさなかった。
月下楼については、加煎から説明を受けていた。殿上人も忍んで来るほどの高級娼館で、上臈と呼ばれる最高級の陰間は、客を選ぶことができるという。
「体だけを売るのではなく、もてなしのすべてが売り物なのですよ。当然、高度な知識や教養が要求されますから、月下楼に勤めている者たちには、それなりの誇りがあるでしょうね」
あまりに高飛車になってはいけない。が、月下楼の中臈であるからには、軽く見られても困る。そのあたりのバランスが、微妙なところだ。
「返事ぐらい、しろよ」
「しかり」
「へえ?」
刃は、ちらりと頭目を見た。
「……仰せの通りじゃと、申しました」
「はあ、さようで」
くつくつと、頭目は笑った。
「それにしても、その髪はいただけねえな」
たしかに、廓にいたにしては刃の髪は短い。色子や酒姫と違い、陰間は通常、髪を結い上げてかんざしを差す。
「無粋な者がおりましたゆえ」
目を伏せて、用意していた台詞を言う。
「ふん。切られたのかい」
頭目は、襟に手をかけて左右に開いた。白い肌が顕になる。
「ま、確かめてみりゃ、わかるってもんだ」
毛皮の上に敷かれた夜具に、刃は押し倒された。
これが、おれの仕事だから。
何度も何度も、繰り返す。
やるよ、セキヤ。大丈夫だから。
あんたに教えてもらった通りに、やってみせる。
男の息遣いを聞きながら、刃は次に為すべきことを考えていた。
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