朱雀     byつう







ACT3



 輿が、ゆるゆると持ち上げられる。
 前後には騎馬のつわもの、左右に徒歩(かち)の侍者。さらに木の葉の忍が護衛について、雲の国の特使は里をあとにした。
「これでよし、と」
 黒髪の上忍が輿とともに里を出たのを確認してから、セキヤは森を抜けて慰霊碑のある丘へ向かった。





「どうしても、って言うなら、止めねえがな」
 醍醐は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「途中でばれたら、どうするよ」
「そのときは、刃を連れてさっさと逃げてねー。まちがっても、やりあおうなんて思わないのよ」
「わかってらあ。だれが、写輪眼なんぞと……」
 醍醐は大袈裟に身震いしてみせた。
「俺より、おまえの方が危ねえだろうが。特使がすり替わってるってわかったら、うちはの若造、里に取って返すぞ」
「だろうねー」
 セキヤはくすくすと笑った。刃は文官の装束をたたみながら、
「調印書は、加煎に渡せばいいんだね」
「うん。頼んだよ」
「ふたつとも?」
 セキヤを見上げて、確認する。
「へえ。気がついてたの」
 セキヤは内心、驚いた。
 火影は国主宛ての調印書のほかに、あらかじめ文筥の底に兵部尚書への文を忍ばせていたのだ。
「持ったときに、なんとなく、そうかなって」
「勘がよくなったねえ。えらいえらい」
 刃はむすっとしている。
「これぐらいで誉められても、うれしくないよ」
「ふーん。言葉だけじゃ、ダメ?」
 素早くあごをとらえて、口付ける。醍醐は横を向いて、天井を仰いだ。
「つづきは、帰ってからね」
「帰って……きてよ」
 無事に。
 刃は唇を結んで、しわになった装束をたたみ直した。





 それが、一刻ばかり前。
 もう来てるかな。あのヒヨコ頭。
 頭はヒヨコでも、体はすっかりオトナになったようだが。
 セキヤはナルトが、今日のことを慰霊碑に報告しに来ると確信していた。彼は、自分とイルカが深い信頼で結ばれていたことを知っているだろうから。
 丘の上に、人影はなかった。ゆっくりと慰霊碑に近づく。
 かれこれ三年ぶりだ。一応、手を合わせておくか。これは単なるオブジェ。イルカも、あるいはほかの「英雄」たちも、ここにいるわけではないけれど。
 現し身を失った者たちは、いつでもどこでも、望むところに行ける。
 そうだよね、黒髪さん。あんたはオレのところにもいてくれる。オレがあんたのことを思い出しさえすれば、いつでも。
 オレ、いま、しあわせなのよ。生まれてからいままでのことが、どれもこれも無駄じゃなかったって思えて。
『よかったですね』
 静かな声が、耳の奥で聞こえる。
 うん。よかったよ。まだまだこれから、たいへんだけど。
 セキヤはひざを折り、そっと手を合わせた。
 そのとき。
 気配がした。瞬時に、木の上に隠れる。
 来た。ヒヨコ頭だ。すっかり青年の体になって、手足もバランスよくのびている。道端で摘んできたのだろうか。淡い色の秋桜を何本か持っている。
「こんちは。イルカ先生」
 ナルトは慰霊碑に声をかけた。花を碑に前に置いて、腰をおろす。
「今日さ、面白いことがあったんだ。なんだか、わかる?」
 予想通りの展開だ。さて、どうやって登場してやろうか。
「わかってるよなー。イルカ先生は、いつだっておれたちの側にいるんだから」
 だよねえ。木の上で、うんうんと頷く。
「けど、あのおっさんが雲の国の特使だなんて、笑っちゃったよ」
 あのヒヨコ頭!
 またオレのこと、「おっさん」って言ったな。
 セキヤは狙いを定めた。
「だーれが、おっさんよ」
 一応、事前に警告してから、慰霊碑の前に向かって小柄を二本、投げる。
 手加減はしなかった。仮にも上忍が、これぐらいで怪我をするはずもない。
 ナルトは瞬時に地を蹴って、その場から飛び退いた。
「あらら。かわされちゃった」
 しらじらしくそう言って、セキヤはひらりと飛び降りた。ナルトの目が、まん丸になった。
「あんた……なんで、ここにいるんだよっ」
 臨戦態勢のままで、ナルトは叫んだ。
「おまえに、会いたかったのよ」
 正直に答える。
「おれに?」
 訝しげな顔。それはそうだろう。なにしろ、前のときのことがある。
「そ。きっと、ここに来ると思ったからね」
 殺気を削ぎ落とし、セキヤは言った。小柄を鞘に戻す。
「じゃ、さっき輿に乗って行ったのは……」
「偽物よん。オレも敵が多いもんでねー。予定通りのことばっかりやってたら、命がいくつあっても足りないのよ」
 嘘ではない。毎月のように、というのは大袈裟だが、各国の裏情報に通じているだけに、刺客を送られるのはしょっちゅうだ。まあ、今回は個人的な目的のために、細工をしたのであるが。
「影武者の護衛に、サスケを付けたのか?」
「そーゆーこと。写輪眼がガードしてれば、だれもあれがダミーだなんて思わないでしょ」
 ナルトはまだ、納得していないようだった。
 ふふん。ちっとは成長したんだね、ヒヨコ頭。ま、そりゃそうか。もう上忍だもんな。
「で、おまえ、うまくいってんの」
「え?」
 声がひっくり返る。
「うっ……うまくって、なにが」
「そんなに慌てなくてもいいじゃん」
 くすくすと、セキヤは笑った。
「サスケくんのことよー。『いいヒト』なんでしょ」
 ナルトの顔が、見る見るうちに真っ赤になった。
「正直だねえ。まだまだ修業が足りないよん」
 セキヤはナルトの腕をぽん、と叩いた。
「ほーら、間合いを詰められた。油断しちゃダメだって、教えてあげたでしょ。忘れたの」
「……覚えてるよ」
 ナルトはぐっとあごを引いた。
「だよねー。貞操の危機だったもんね」
 ちょっと、いじわるしてみる。硝子のような透明な瞳がセキヤを見据えた。
「あんた、嫌味言うために、わざわざここで待ってたのかよ」
「まさか」
 セキヤは口元をゆるませた。
「ほんとはさっき、声、かけたかったんだけどね」
「広間で?」
「ん。でも、サスケくんがすっごい目でにらんでたでしょ。オレもお仕事中だったし」
 ナルトには「朱雀」として対したくはなかった。黒髪さんのコドモだから。
『おれの、教え子ですよ』
 あのときの、やさしい瞳。どれほど愛しんで育てたか、ひと目でわかった。
「おまえとは、仕事抜きで会いたかったから」
「おっさん……」
 間髪入れず、脳天に一発、お見舞いした。
「……ってーっ!」
「このトリ頭!」
 畜生。手が痛いじゃんか。ったく、石頭なんだから。
「何度言ったらわかるんだよ。オレは……」
「セキヤだろっ。わかってるってば」
 ナルトは頭をかばって、あとずさった。
「……だったら、いいけど」
「それで、なんの用」
「へ?」
「おれに、会いたかったって言っただろ」
「あ、それね。もういいの。用は済んだから」
「やっぱり、嫌味言いに来たのか?」
「もう一発、殴られたい?」
 きっちりと防御に構えを取られた。はいはい。お遊びはこれぐらいにしとくよ。
「会うのが、目的だったんだよ。上忍のおまえじゃなくて、ただの『うずまきナルト』に」
「……よくわかんねえけど」
「おまえ、いま、しあわせ?」
 まっすぐに瞳を見て、訊いた。一瞬の間。
「うん」
 短い答えが返ってきた。
 それでいい。それだけで、いい。
 広間で見たときから、そんなことはわかっていた。あのときのイルカと同じ表情をしていたから。
『失いたくないですから』
『大切なものを』
 大切な人。大切な心。
 それを手に入れたのだ。イルカも、こいつも。
「セキヤ……」
「いい顔、してる。きっと、黒髪さんも喜んでるよ」
 いつも、側にいるのだから。
「じゃ、行くわ」
 くるりと踵を返す。ぐずぐずしていて、写輪眼に捕まってはたまらない。
 一陣の風が吹き抜けた。素早く印を結ぶ。
 セキヤは、仲間の待つ国界に向かって飛んだ。





〜エピローグ〜



 加煎は薬草粥を膳に乗せて、セキヤの前に置いた。
「なんで、オレだけ粥なのよ」
 皆、遠巻きにしている。加煎の異様な雰囲気に押されたこともあるが、純粋に薬草粥の強烈な臭いから離れようと思っているらしい。
「胸に手を当てて、よく考えてみてください」
 冷ややかに、加煎は言った。
「重要な仕事の最中、あなたは私事のために、仲間の命を危険にさらしたのですよ。本来なら、一同の審議を受けるべき事態です」
「みんな、無事だったじゃんか」
「終わり良ければすべてよし、ですか? それで済めば、苦労はしません」
 ぴしゃりと、加煎は言った。
「うちは一族の末裔を敵に回して、今後どういう不利益をこうむるか。よくよく考えてくださいね」
「考えるからさー。ほかになんか、食べるもの、ないの」
「あなたは、あしたの晩まで、これだけです」
「三食、粥なの? 勘弁してよー」
「駄目です」
「ねえねえ、刃……」
「刃のおかずを取ったら、もう一日、延長しますよ」
 加煎は重々しく、宣言した。



 やはり、この村を仕切っているのは、加煎だ。
 醍醐は心の中で呟いて、自分の椀の芋飯を食べた。



(了)



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