帰投 by真也
自分の息づかいだけが聞こえた。
早く、できる限り早く里に戻らなければ。奴が、まだそこにいるのだ。
目的は火影暗殺か。いや、それでは利に合わない。やっと成立した停戦協定は、奴らにとっても重要なはずだ。
何か、違う目的があるのだ。
「ちっ!」
目の前に、木の葉谷。近道の丸太橋は、先日の雨で落ちてしまっていた。写輪眼で辺りを視る。あそこだ。あそこなら、跳んで渡れるだろう。俺は助走をつけて、大きく跳んだ。
今、里にはカカシがいない。渡り合えるのは、上忍のうちでも何人かだろう。もし、あいつが相対することになったら・・・。
まだ早い。いくら上忍になったとはいえ、あいつには足りないものがある。強靱な強さを持つ者と渡り合った経験。それが、絶対的に少ないのだ。
全力で木々を渡る。普段なら枝一つ揺らさずに行くのだが、今はそういってはいられない。
『間に合ってくれ』祈るように、俺は森を駆けた。
ひと目見ただけで分かった。朱い髪、鳶色の瞳。文官の装束をしてはいたが、その内の凶々しい気は隠しようもない。
朱雀。
『あいつは危険だ』カカシの記憶が告げる。朱雀。セキヤ。人並み外れた気を持ち、未知の術を使う手練れ。
そいつが雲の国の特使として、木の葉の里にやってきたのだ。
『何を企んでいるんだ』俺は、上座を睨み付けた。
調印の儀式はつつがなく終了し、三代目火影の誘いで酒宴が催されることとなった。
火影と奴が杯を交わす。静寂な宴が進む中、俺は黙ってことの成り行きを見守った。
「サスケ」火影に呼ばれた。膳を横へやり、立ち上がる。そのまま上座へと進んだ。じわじわと強くなってゆく危険信号。
俺はまっすぐ、朱雀を見据えた。
口元に微笑みさえ浮かべながら、奴が目礼する。
「朱雀どのが、お前と話したいそうじゃ」火影がいった。
「・・・・・なにか」
声に険が入るのは、致し方なかった。奴が俺に話をする。極めて不穏だったから。
「うちはのお方にお目にかかるのは、はじめてにございます」
すました顔で言う。少し高めの、張りのある声。
「写輪眼と申すものは、いくさ場におきましては、このうえなく頼りになるとか。現にはたけ上忍は片目だけで神のごとき働きをなさっている由。うちは殿も、これから木の葉の御ために、さらなるご活躍をなさることと存じます」
『何が言いたい』頭に血が上ってゆく。カカシと比べて、お粗末だといいたいのか。屈辱に、奥歯を噛み締める。
「願わくは、そのお力が両国の友好の掛け橋となりますように」
にこやかに続ける。腹の中では何を考えているのやら。
何か言おうと考えて、押し黙った。今、この場で下手なことは言えない。言葉一つが、命取りになる。
「ご苦労であった」火影が促す。俺は踵を返した。
「何だったんだよ」席に帰ると、ナルトが小声で言った。
「何でもねぇよ」呟いて、睨み返す。慌ててあいつが口をつぐんだ。
『気にいらねぇ』心の中で吐き捨てた。
嫌なことは続くものだ。
俺は火影から、国界まで奴の護衛を命じられた。
出立の声が掛かる。輿が、ゆるゆると持ち上げられた。並んで、俺も歩き出す。
歩き出して間もなく、それに気付いた。気配が違う。あの、凄まじい気ではない。
『謀られた』
怒りで眉間にシワが寄る。しかし、気をつけなければ。火影からの勅命だ。逆らうことはできない。
確固とした証拠がない以上、あの輿を引き止めて確認するわけにもいかない。気持ちを押し殺して、国境まで耐えた。
火影屋敷が見えた。塀を乗り越え、中に入る。広間へと向かった。
「火影は無事か!」
丁度歩いてきたリーを掴まえ、間近に詰め寄る。大きな目が、さらに見開かれた。
「あのっ、火影様なら今、奥殿に帰られた所です」
「生きてるんだな!」
「もちろんです!」
俺は胸を撫で下ろした。火影暗殺は、思ったとおりない。では・・・。
「あいつは何処だ?」
「えっ」
「ナルトだ。ナルトは何処にいる」胸ぐらを掴んで訊いた。
「ナルトさんなら、さっき門で別れました。帰られたと思いますっ」しどろもどろで言う。俺はリーを放り出して、屋敷を後にした。
『どこにいる』
わけもなく気がはやる。アパートまでの道を、全力疾走した。程なくついて、戸を叩く。返事はない。ドアを蹴り飛ばして開けた。あいつはない。踵を返して、森へと急いだ。もしや。
森の家に帰る。中を開けた。ここにも、いない。俺は壁を殴りつけた。
落ち着け。落ち着くんだ。思いだせ、あいつの行きそうなところは。
一つだけ、思い当たる。
もう、あそこしかない。
イルカ先生の眠る慰霊碑。
俺は三度、駆け出した。
森を抜ける。もうすぐだ。もうすぐ着く。そこで感じた。あの、気。
茂みを抜ける瞬間、それは消えた。
俺は眼を見張る。慰霊碑の前にナルトがいた。自分で立っているから、無事なのだろう。
『どういうことだ』
安堵とともに、別の感情が湧く。気配を殺して、枝へと跳んだ。
あいつと奴に、どんな過去があるのか。それはわからない。
しかし、訊けばいいことだ。時間はある。ゆっくり訊いてやろう。
充分、納得するまで。
限りなく不穏なことを、俺は考えていた。
<END>
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