朱雀     byつう







ACT2



 小さな膳に、肴が三種と酒。提子も杯も銀である。
 銀は毒に反応して色が変わると言われている。調停や和議の席での食器や箸も銀を使うのが雲の国の習わしであった。
 火影はもちろん、それを知っている。木の葉の国に二心なき証しとして、銀器を用意させたのだ。
「宗旨変えでもしたのかの」
 ぼそりと、火影が言った。セキヤは「文官」の表情を崩さずに、
「どういうことよ」
「いや、なに。まさか本当に御身がここまで来るとは、思わなんだでのう」
「背に腹は変えられないでしょ」
「だとしても、ずいぶんと思い切ったことよ」
 火影は提子を手にした。セキヤの杯に酒を注ぐ。
「これで、『朱雀』の顔は知られてしもうたぞ」
「覚悟の上だよ」
 セキヤは杯を口にした。
「どうせ、いちばん知られたくないやつには知られてるし」
「……カカシのことか」
「そ。じいさんが余計なことしてくれるから、バレバレよ」
 全身を覆う殺気。あのときの戦慄は、いまでもはっきりと覚えている。が、おそらく、いまのカカシはそうではないだろう。
 砦のひとつぐらい、ひとりで落とせるはずなのに、味方の被害はもちろん敵方の被害も最小限に抑えて陥落させる方法をとっている。それゆえ方がつくまで時間がかかるのだ。
 砂忍相手にそれをやるのは、自殺行為なんだけどね。
 セキヤは思う。それでも、ぎりぎりまでカカシは策を練るだろう。イルカが生きていたら、そうしたであろうすべてを為すまでは。
 この三年あまり、物見の報告を聞くたびに思う。自分が見た「写輪眼のカカシ」は、もういないのだと。
 ねえ、黒髪さん。あんた、いまでも一緒にいるんだろ。あの男の側に、ずっと。
 それぐらい、わかる。だから、あんたが大切にしていたものを壊したりしない。この里も、この国も。
「御身も、変わったのう」
「年くったってことでしょ」
「わしに、それを言うか」
 くつくつと、火影は笑った。
「ときに……御身、なにゆえにわしの首を獲らぬ」
 セキヤはぴくりと眉を上げた。
「和議の席には、ふさわしくない話題だね」
「いかにも。じゃが、こういうときでもないと、訊けぬでな」
「まあね」
 セキヤはカブの酢漬けに箸をつけた。
「いつか、獲ってやろうとは思ってるよ」
「さもあろう」
「けど……楽しくないからね」
「ほう」
「だまし討ちも闇討ちも、反吐が出る」
 だまされた方が悪いなどと、勝者の理屈でしかない。
「てなわけで、じいさんが本陣構えるような戦になったら、心置きなく、その首、いただくよ」
「して、その戦の相手は雲の国かの? それとも……」
「じいさん、せいぜい長生きしてよね」
 セキヤは火影の言葉をさえぎった。
「そーゆー戦が起きるとしても、まだまだ先の話だから」
 いわゆる「朱雀」の組織を盤石なものにするのに十年かかった。今度も、おそらく同じぐらいの時が必要だろう。
 単なる名称としての「朱雀」ではなく、実体のある「朱雀」として力をつけていかねばならない。今回のことで、それが不可能ではないとわかったから。
「なるほどな」
 火影は納得したようだった。
「されば、せいぜい精進することとしよう」
「お願いね」
 あいかわらず、食えないじいさんだ。ま、食おうとも思わないけど。
 宴と言うにはあまりにも静寂に、時は進んでいく。提子の酒もそろそろ尽きかけたころ。
「ところでさあ」
「なんじゃ」
「オレ、あいつと話したいんだけど」
 セキヤはちらりと目配せした。
「……ナルトのことか?」
「違う違う。そのとなりの、黒髪のやつ」
「サスケか」
「そ。……うちは一族の末裔、でしょ」
「なにを言うつもりじゃ」
「ちょっと、激励したいだけよ」
 自分の運命だけでなく、あのヒヨコ頭の運命まで背負い込むことになったんだから、それなりの覚悟はしてもらわなくちゃね。
「サスケ」
 火影が下座に声をかけた。サスケは膳を横にやり、立ち上がった。まっすぐにこちらへと向かってくる。
 ふーん。いっちょまえに眼飛ばしてくれて。写輪眼使ってなくても、オレがどういうやつかはわかるのね。
 セキヤは穏やかな面を作って、サスケに目礼した。
「朱雀どのが、おまえと話したいそうじゃ」
「……なにか」
「うちはのお方にお目にかかるのは、はじめてにございます」
 舌を噛みそうになりながらも、セキヤは文官らしくそう言った。
「写輪眼と申すものは、いくさ場におきましては、このうえなく頼りになるとか。現にはたけ上忍は片目だけで神のごとき働きをなさっている由。うちは殿も、これから木の葉の御ために、さらなるご活躍をなさることと存じます」
 サスケの表情が固まった。
『てめえなんぞに、そんなことを言われる筋合いはない』
 言外の声が、びしばし聞こえる。
 はいはい。そうよね。わかってるよ、そんなこと。わかって言ってるんだから、聞き流すぐらいの度量は持ってくれなきゃ。
 セキヤはさらに、にこやかに続けた。
「願わくは、そのお力が両国の友好の掛け橋となりますように」
 要するに、雲の国相手に写輪眼全開で戦ってくれるな、ということだ。
 サスケは無言だった。理性と感情がせめぎあっているのだろう。
 まだまだ、甘いねえ。
 セキヤは視線を外した。もういいよ。ヒヨコ頭んとこに戻っても。
「ご苦労であった」
 火影が言った。さすがは、じいさん。場の空気を読むのが巧い。
 結局、サスケはひと言も返答することなく、御前を辞した。
「遊びがすぎるぞ、朱雀」
 火影がたしなめた。セキヤは素直に頷いた。
「そうねー。ちょっと、やりすぎたかな」
「いきなり急所を突きおって」
「人間、若いうちに叩かれた方がいいのよ」
「御身は叩かれすぎたのう」
「じいさんこそ、急所突くの、やめてよね」
 セキヤは唇をとがらせた。
 叩かれたなんてもんじゃない。潰されたんだ。とことん、もとの形もわからぬほどに。
 一瞬、視界が傾ぐ。
 いけない。いま、そんなことを考えていては。
 セキヤは居住まいを正した。
「ねえねえ、じいさん」
「今度はなんじゃ」
「今回のギャラ、一割返すからさあ。ひとつお願いがあるんだけど」
「……金は返さずともよい」
「え、いいの?」
「貸しにしておく」
 つくづく、食えない。
 セキヤは苦笑しつつ、火影にあることを依頼した。





 酒宴のあと。
 雲の国からの特使は早々に帰国の途についた。サスケは火影から、国界までの護衛を命じられ、渋々それに従った。
「とりあえず、ひとつ片付いてよかったですねえ」
 リーが素直に喜んでいる。
「砂の国の方も、なんとかうまく収まればいいんだけどな」
 ナルトは呟いた。同期の者も何人か、カカシとともに任務についている。
「あちらは、まだしばらくかかりそうだな」
 ガイが思わせぶりに頷きつつ、言った。
「まあ、また私が手伝いにいってやろう! アンがはじめて寝返りをうったときの写真も焼き増ししたことだし」
 寝返りって、それ、戦場じゃ縁起悪いじゃんか。
 そう思ったが、口にはしなかった。
 サクラとリーのあいだに生まれた女の子は、もうすぐ六カ月になる。ガイの「じじバカ」ぶりは里のみならず、前線にまで知れ渡っていたから。
「それじゃ、またな」
 館の前でリーたちと別れて、ナルトは里のはずれに向かった。
 森を抜けて、坂道を上る。初秋の風が心地よい。途中、道端に咲いていた秋桜を何本が摘んで、ナルトはさらに歩を進めた。
「こんちは、イルカ先生」
 慰霊碑の前に、花を供える。
「今日さ、面白いことがあったんだ。なんだか、わかる?」
 草の上に腰をおろして、ナルトは言った。
「わかってるよなー。イルカ先生は、いつだっておれたちの側にいるんだから」
 みんなの側に。心の中に。いつも、彼はいる。
「けど、あのおっさんが雲の国の特使だなんて、笑っちまったよ」
「だーれが、おっさんよ」
 声が、降ってきた。瞬時に飛び退く。
 いままですわっていた場所に、小柄が二本、突き刺さった。
「あらら。かわされちゃった」
 木の上から、ひらりと赤毛の男が飛び降りた。鳥のように滑らかな身のこなしだ。
「あんた……なんで、ここにいるんだよっ」
 ナルトは構えを解かぬまま、セキヤをにらんだ。






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