夏草   byつう






ACT2



 牀の上で、刃はセキヤの求めに応じていた。
 水揚げされた日から、四年ちかく。宿にやってきたときは酒宴の時間から朝まで自分を買い切って、房事を終えたあとはあれこれ外の話をした。
 めったに宿から出ることもない「酒姫」の身である。セキヤの話は面白かった。その一方で彼は、ほかの客の話を聞きたがった。最初は悪趣味だと思っていたが、いろいろな客の対処の仕方を教えられ、水揚げのときと同じく、これも一種の思い遣りなのだと納得した。
 そのセキヤが、半年、来なかった。
 死んだんだろうな。漠然と、そう思っていた。でも。
 生きていた。以前とは、少し印象が変わっているけれど。
 髪は短くなったし、体の傷も増えている。きっとなにか、たいへんなことがあったのだろう。自分などには計り知れないほどの。
 刃は丹念に、セキヤの肌に舌を這わせた。手は下腹部にのびている。
 もう十分な状態にはなっているが、セキヤはまだ次の段階に進む気はないようだった。頭をそっと押される。要求を察して、刃はその場所に顔を近づけた。
「久しぶりだから、ゆっくり、して」
 頭上から声。
 のどの奥が苦しいが、ここで引いてはいけない。
「足、こっちに持ってきて」
 言われるままに、態勢を変える。セキヤの手が下肢のあいだに滑り込んだ。やんわりとした愛撫。背中に震えが走る。
「ダメじゃん。これぐらいで、腰、揺らしてちゃ」
 わかっている。わかっているけど……。
「ま、いいか。今日は特別ね」
 中に指が差し入れられた。なんの抵抗もなく、奥に届く。
「あらら。ゆっくりできないかな」
 探るように指が動く。微妙にその場所を逸らしながら。
 これが終わらないと、だめなんだろうな。ちゃんと、しなくちゃ。
 少し角度を変えてみる。刺激が強くなるように。セキヤのひざがずりあがった。
「もういいよ、刃」
 セキヤは指を抜いた。刃は顔を上げて、セキヤを窺った。
「オレも、ゆっくりできなくなったみたいだから」
 腰がぐっと引かれた。
 覚えのある感覚が背中を這い上がる。持ち上げるように、それは中でうごめいた。息をするのが苦しい。のどもとまで圧迫されているようで。
 声が出る。止められない。また笑われるかもしれない。酒姫がいちいち感じてどうする、と。
 あとで、やりなおし、かな。
 眩暈にも似た感覚の中で、刃は思った。それでもいい。いいから、いまはこのままで……。
 セキヤの熱を体中に受けて、刃はさらに乱れた。





「だめだよ、刃。フルに感じてたら、身がもたないでしょ」
 予想通り、言われた。刃は横を向いた。
 ほかのやつに、感じたことなんかない。そりゃ、体は反応するけど。
 毎日だれかに抱かれていれば、それは当たり前だ。頭とは関係なく、体は動く。そうでないと、あんな商売はやっていられない。
「まあ、オレもしっかり、いっちゃったけどねー」
「人のこと、言えねえじゃん」
「あらあら。強気ね」
 くすくすと、セキヤは笑った。
「でも、そーゆーとこも好きだよ」
 頬に軽く口付けて、セキヤは牀を下りた。
 やりなおしは、なしか?
 刃はそろそろと身を起こした。これまでなら、先に達してしまったり、うまく欲情を誘導できなかったりすると、決まって「もう一回」と駄目出しをされたのに。
 セキヤは鼻唄を歌いながら、身繕いをしている。
「おなかすいたねえ。なんか、食べるもん、持ってきてあげるよ」
 なんだか、立場が逆みたいだ。
「つっても、たいしたものは残ってないだろうけどねー。飯と漬物ぐらいかな」
「おれ、行ってくる」
 刃は手早く体を拭いて、夜着をはおった。帯を横で結びつつ、牀を下りる。
「厨の場所、わかってる?」
「この棟に来る手前の、右側だろ。中庭みたいなのがあって」
「うん。そう。……よくわかったね」
「外の洗い場が見えたから」
 幼いころから、畑仕事や炊事を手伝ってきた。一時は庄屋の家で下働きをしていたこともある。
「勝手に持ってきていいの」
「んー。だれかいたら、オレの夜食、取りに来たって言って……あ、そうだ」
 何事か思いついたように、セキヤは刃を抱き寄せた。首筋に唇をつけて、きつく吸う。
「はい、これでよし。おまえはオレのもんだからねー」
 牛の焼印じゃあるまいし。刃は首筋を押さえて、セキヤをにらんだ。
「怒らない怒らない。さっきも言ったけどさー。ここって、結構、アブナイとこなのよ。なんたって、人殺しと泥棒の巣だから」
「人殺しって……あんたも?」
「ま、ね。おせじにも清廉潔白とは言えないねー」
 にんまりと、セキヤは笑った。
「恐くなった?」
 恐くないと言えば、嘘になる。
 自分も人を殺めたが、それとセキヤの言う「人殺し」とは明らかに違う。おそらくセキヤは、それを生業としているのだ。
 どうりで、なんの躊躇もなく自分を買ったはずだ。この男は、本物の「人殺し」なのだから。
「でも、もう、遅いよ」
 セキヤは言った。
「オレ、おまえをはなさないからね」
 わかっている。その覚悟でついてきた。いまさら、ほかに行くところもない。
「……あんたのこと、なんて呼べばいいの」
「はあ?」
 気が抜けたような声。
「おれ、あんたに買われたんだろ。『ご主人さま』とか、呼ぶわけ?」
 途端に、けたけたとセキヤが笑い出した。腹をかかえて、本当に可笑しそうに笑っている。
「いやーっ、もう、楽しいねえ。こんなに楽しいのは、久しぶりだよー」
 必死に笑いを止めようとしているらしいが、一向に収まらない。
「あー、死ぬかと思った。おまえがヘンなこと言うからさあ」
 そんなにおかしなことを言ったつもりはないが。刃は無表情なままで、セキヤを見遣った。
「オレのことは、『セキヤ』でいいよ。仲間はみんな、そう呼んでる」
「仲間?」
 刃は首をかしげた。身請けされた自分が、ほかの者と同等に扱われるとは思っていなかったから。
「ここでの決まりは、ふたつ。自分の仕事はきっちりやること。仲間のものには手を出さないこと。わかったね」
「おれの仕事って、要するに、あんたの相手をすることだろ」
「それも、仕事のひとつ」
「ほかにも、あるの」
「もちろん。炊事や洗濯や掃除は当番制だし、野良仕事もあるし、買い出しもあるし。ここって、ほとんど自給自足だから忙しいのよ。その合間に、泥棒もしなくちゃいけないし」
 自給自足の合間に、泥棒。なんとも不可思議な連中だ。
「オレたちって、あちこちから目、付けられてるから、いつ襲われるかわかんなくってねー。だから、いざってときには相手を倒せるように、しっかり体、鍛えておいて。それから、頭の悪いやつはいらないから、真面目にお勉強もしてよね」
 なんだか、予想以上にとんでもない所に来たような気がする。
「飯、持ってきてくれるんじゃないの?」
 セキヤは刃の顔を覗き込んで、言った。
「あ、うん。行ってくる」
 考えるのは、あとだ。
 厨に行こうとして、扉を開ける。
「え?」
 足元に、籐の籠が置いてあった。中の皿には握り飯と肉のしぐれ煮が乗っている。
「どしたの、刃」
 セキヤがうしろから、ひょいと顔を出した。籠を見て、またぞろけらけらと笑い出す。
「なんだよ、これ。加煎かなあ。ったく、気が利いてんだから」
 くすくすと、肩を揺らしながら言う。
「あ、違う。この握り飯は醍醐だな。あいつ、無器用だから三角とか俵型に握れないのよ」
 たしかに、その握り飯は炭団のように丸かった。
「厨に行く手間が省けたねー。さ、食べよ食べよ。せっかくの好意を無にしちゃ悪いよん」
 セキヤは刃の腕をとった。
 あの大男が握り飯を作っているところを想像して、刃は複雑な心境になった。
 たぶん、みんな、セキヤのことが好きなんだろうな。それだけは、わかる。
 明日からの生活にいくらかの不安はあったが、そんな「仲間」たちの中でなら、なんとかやっていけるかもしれない。刃はそう思った。




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