夏草   byつう






ACT1



 少年は、納屋に繋がれていた。首と足に枷をはめられて。
 湿った土の上に、ひざを立ててすわっている。その顔には、いささかの後悔の色も浮かんでいない。
「面白い」
 朱髪の男は言った。
「オレが、買うよ」
 男は宿の主人に、金子を投げた。




 これも、なにかの縁かもしれない。
 セキヤは思った。なにしろ、この少年とはじめて会ったのは、「黒髪さん」と六年ぶりに再会したときだった。そして今日は、「黒髪さん」の墓参りをしてきたばかり。
 ねえ、黒髪さん。オレ、ちょっとあんたの教え子、いじめちゃったからさあ。今度はこの子を助けてやれってことなのかな。なにしろ、あのヒヨコ頭と同じぐらいの年だし。
 セキヤは少年に近づいた。目の前に立って、見下ろす。
「……客、殺しちゃったんだって?」
「向こうが先に手を出したんだ」
 きつい瞳が、セキヤに向けられた。
「だから、殺ったの」
「やらなきゃ、やられる」
「そりゃ、そうだね」
 にんまりと、セキヤは笑った。
「じゃ、行こうか」
「え?」
「おまえはもう、オレのもんなの」
 セキヤは主人に目配せして、枷を外させた。少年は、信じられないような顔をしている。
「……おれ、人殺しだよ」
「それがどうしたのよ、刃」
 セキヤは少年の名を呼んだ。
「あんた……」
 刃はまじまじとセキヤを見た。
「なによ」
「変わってるな」
「おまえに言われたくないねえ」
 セキヤはくすくすと笑った。手をのばして、刃の腕を取る。
「ほらほら、長居は無用だよー」
 主人の気が変わらないうちに、ここを出た方がいいだろう。
 セキヤは馴染みの「酒姫」を連れて、宿をあとにした。





 セキヤが刃の「客」になってかれこれ四年たつ。
 無愛想で気が強くて自己主張が激しい。およそ客商売には向かない性格ではあったが、自分の立場をしっかりと理解し、周りの空気を読むのに長けていて、おべっかのひとつも言わないのに水揚げ直後から上客がついた。
 ちなみに、水揚げをしたのはセキヤである。とくに初物を好む性癖はないが、なりゆきでそういうことになってしまった。売られてきたばかりだというのに、刃には卑屈なところも怯えもなかった。
 なかなか、手応えのあるやつだ。
 セキヤは自分が持っている閨の知識を刃に教え、ほぼひと月に一度の割合で刃の客となった。
 それが、今回は半年空いた。
 久しぶりに遊ぼうと思っていたのに、まさか身請けする破目になろうとは。
 宿の主人の話によると、刃をめぐって二人の客が争って、負けた方が刃物を持って部屋に踏み込んだらしい。結局は逆に、刃が客を刺してしまい、宿の主人は醜聞を恐れて刃をこっそり余所の町へ売ろうとしていたのだ。
 刃は納屋に繋がれていた。首と足に枷がはめられている。
 セキヤは格子からその様子をながめた。
「縁起の悪い名前だとは思ってたんですがねえ。とうとう、こんなことになっちまって」
「いままでさんざん稼いでもらったでしょ。文句言うんじゃないよ」
 セキヤがにらむと、主人はあわてて口をつぐんだ。
 騒ぎを起こした「酒姫」など、まともな所に売れるわけがない。満足な食事もなしに一日中客を取らされて、薬漬けになってのたれ死ぬのがオチだ。
 惜しいよな。それは。
 セキヤは思った。あの目。こんな状況になっても、まだあきらめていない。
 そして、セキヤは刃を買った。





 町を出て、急な山路を行く。
 刃はセキヤのあとについて、黙々と歩いていた。かなりきつい斜面だが、セキヤは歩をゆるめなかった。
 ついてこられないなら、捨てていく。ここからなら、まだ町に戻れるだろう。あの宿に帰るわけにはいかないが、いくらかの金は持たせたから、どこかべつの町に行けばいい。
 セキヤは刃の様子を窺った。歯を食いしばって、遅れまいとしている。息はもうかなり上がっているのに、「待ってくれ」のひと言もない。
 これなら、見処はあるかな。
 セキヤはわずかにペースを落とした。
 山をひとつ越えたところで、最初の休息をとった。水と赤ざらめを刃に渡す。
「まだだいぶあるからね。覚悟しといて」
「してるよ」
 短く答えて、ざらめを口にする。
 しばらく、どちらもしゃべらなかった。山々の濃い緑が目にやさしい。二人は並んですわっていた。初夏の風が、さわさわと流れていく。
「……死んだのかと、思ってた」
 刃が、ぼそりと言った。
「へ? 死んだって、オレが?」
 セキヤは刃を横目で見た。あいかわらず、無愛想な顔をしている。
「ずっと、来なかったから」
「飽きられたとは思わなかったの」
 いじわるな物言いだと思いながら、訊く。
「飽きられるようなことは、していない」
「言うねえ」
 セキヤは刃のあごを持ち上げ、口付けた。当然のように応えてくる唇と舌。そのまま押し倒すと、刃の手が背に回った。足は自然に開かれて、腰紐さえ解けば、すぐにでも交わりを始められそうだった。
「見事だね」
 くすりとセキヤは笑った。
「やりたいのはやまやまなんだけど、まだ先は長いからねー。オレんちに着いたら、ゆっくり楽しもうね」
「あんたが、それでいいなら」
 刃は手をおろした。セキヤはゆっくりと立ち上がり、衣服についた草や埃を払った。
「それじゃ、行こうか」
 二人は、ふたたび歩き始めた。





 村に帰り着いたのは、すっかり日が暮れてからだった。仲間たちはすでに、夕飯を終えていた。
「これはまた、ずいぶん毛色の違うのを拾ってきましたねえ」
 加煎は刃を見て、言った。
 セキヤが気に入った者を連れてくるのは、めずらしいことではない。伽をさせるためではなくても、仲間になりそうならスカウトしてくるのだ。
「拾ったんじゃないよ」
「え……」
 加煎が目を見張る。
「買ったの」
「買ったあ?」
 醍醐が、素っ頓狂な声を出した。
「おまえ、わざわざ金出して、こんな可愛げのねえやつ、買ってきたのかよ」
 可愛げのねえやつ、と言われた刃は、じろりと醍醐をにらんだ。
「かわいいよん。あーゆーことしてるときは」
 あっけらかんと、セキヤは言う。
「ああいうって……アレか?」
「そ。すっごくいいんだから」
「そりゃ……よかったな」
「そういうことなら、喜ばしいですね」
 淡々と、加煎は言った。
 なにしろ「黒髪さん」……すなわち、木の葉の中忍うみのイルカが殉職してから、セキヤはずっと思い出の中に閉じ込もっていたようなものだったから。
 同じ黒髪でもまったく印象は違うが、セキヤが気に入ったのならそれでいい。この少年には、せいぜい働いてもらわねば。
「あ、だからって、味見はなしよ。この子は、オレのもんだからね。みんなにも、そう言っといて」
「わかったよ。よーく言い聞かせておく」
 この村で、セキヤのものに手を出すような命知らずがいるかと思いつつ、醍醐は答えた。
「お願いねー。……で、加煎」
「はい」
「刃に、いろいろ教えてやって」
「と言いますと?」
「まずは読み書きそろばんと礼儀作法、かな。薬の知識もそのうち、ね」
 加煎は一瞬、眉をひそめた。セキヤはこの少年を、夜伽のためだけに買ってきたのではないということか。
「御意」
 丁寧に一礼する。刃はその光景を、訝しげに見つめていた。
「それから、醍醐は……」
「わかってるって。武術一般、叩き込みゃいいんだろ」
 にんまりと、醍醐は笑った。
「そーゆーこと。自分の身は、自分で守ってもらわないとね」
 セキヤは刃の腰を引き寄せた。
「んじゃ、オレの部屋に行こうねー」
 すたすたと、集会所を出ていく。
「……飯、食わねえのかな」
 醍醐が、ぼそっと言った。加煎は扇を揺らしつつ、
「食事より、あちらの方がいいんでしょ」
「あのガキ、体、もつかねえ」
「それほどヤワだとは思いませんが」
「ま、それはそうか」
 セキヤがここまで連れてきたのだ。それはつまり、ここまでセキヤについてこられたということ。
「あとで握り飯でも差し入れするかな」
「邪魔しちゃだめですよ」
「……部屋の前に置いておくよ」
「賢明ですね」
 うっすらと笑って、加煎は言った。
「ところで」
「うん?」
「あしたからのことですが」
「ああ。おまえは午前中、俺は午後でどうだ」
「わかりました。手抜きはなしですよ」
「むろんだ。セキヤが、俺たちに任せたんだからな。腹を据えてかからにゃ」
 刃を、あらゆる意味で「一人前」にすること。
 それが自分たちに与えられた仕事だと、このとき二人ははっきりと認識していた。




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