回帰   byつう






ACT3



 翌朝。
 見事にイルカは、六年前のイルカになっていた。さすがに仕掛け人形ではなかったが、セキヤの側を片時も離れず、以前のスタンスを保っている。
 よかった。これで、セキヤは私たちのもとに留まってくれる。
 加煎はイルカに感謝した。やはり、あの人はただものではない。
「なにしたんだよ、おまえ」
 醍醐は加煎に訊いた。
「地獄の一丁目まで行ったんですよ」
 言いながら、扇を揺らす。
「……帰ってこられて、よかったな」
 声音に実感がこもっている。
 醍醐とて、セキヤの性格を熟知している。加煎がいかにしてセキヤを翻意させたか、想像して身の毛のよだつ思いであったに違いない。
「ということで」
 セキヤが今回の仕事の概要を告げた。
「今日中に東雲まで行ってほしいのよー。五人ぐらいで、なんとかなるかな?」
「三人でもいけるぜ」
 賭場を仕切らせたらいいような強面の男が言った。
「んー。それはわかってるんだけどね。時間がないんだよー。だから、五人ね。あさってまでに、方、付けてよ。そうしないと、黒髪さん、お仕置されちゃうから」
 セキヤは一同に向かって、にんまりと笑った。
「そんなことになったら、可哀想でしょ」
 はい。その通り。
 その場の雰囲気が、ひとつになる。
 イルカはすまなそうに、皆を見つめている。その瞳のやさしいこと。
 決まったな。加煎は思った。今回もまた、「黒髪さん」を中心にして滞りなく仕事を終えることができるだろう。
「んじゃ、詳しいことはこれ見てねー」
 東雲の里での作戦が書かれた書類を、皆に配る。
 おそらく昨夜、イルカが夜なべして作成したのだろう。西方と東雲の、詳細な作業が記されている。
「例外は、なしね。この通りに事を運んで。あとでやりなおしのきく仕事じゃないからねー」
 期限の切られた、精密な仕事。
 一同は、ぎゅっと唇を結んで、セキヤの言葉に頷いた。




 西方の砦への文は、森の国の独立運動を支持する雲の国の豪族からの密書という形をとった。もちろん、まったくの偽物である。
 文遣いが西方の斥候に文を預けた直後に、追っ手に捕まり連行される。それを見た斥候は文を持ち帰り、事の次第を上司に報告するだろう。おそらくそれで、文の内容を疑うことはないはずだ。
「黒髪さん、性格、悪くなったんじゃないの」
 セキヤは言った。イルカは苦笑する。
「すみません。でも、仕事ですから」
「はいはい。お仕事ねー」
 文遣い役はイルカ。追っ手の役はセキヤである。
「悪役って、結構、好きだよん」
 セキヤはイルカの服をびりびりと破きながら、笑った。これも演出である。
「なんか、わくわくするねえ」
「そうですか?」
「うんうん。すっごく楽しい。ねえ、顔にアザ作ってもいい?」
「……どうぞ」
 頬骨の上や口角に色粉を塗って、暴行の跡をつける。
「うわー。もう、最高よ。醍醐が見たら、速効、押し倒しそう」
「あの人には、そういう趣味があるんですか」
「そ。醍醐は縄で縛っていじめながらやるのが好きだし、加煎は薬使って思いきり乱れさせるのが好きだね。で、東依は……」
 ふと、言いよどむ。
 そういえば、まだイルカに話していなかった。イルカも訊いてこない。東依がいないことに気づいているだろうに。
「あいつが死んだってこと……もう聞いた?」
「……はい」
 わずかに目を伏せる。
「一年ほど前だそうですね」
「うん。オレを庇ってね。……馬鹿だよ」
 あのとき。
『セキヤ!』
 血を吐くような声。
 振り向いたセキヤに、東依は抱きついた。その背に、深々とクナイがささる。
『よかった……』
 それが、最後の言葉だった。
 クナイに塗ってあった毒は、かなり強力なものだったらしい。東依は短時間のうちに、その生を終えた。
「よかっただなんて……なんで、そんなことが言えるのかねえ」
「本当の、ことだから」
 ひっそりと、イルカは言った。
「……本当の?」
「自分の命より……大切だったんですよ、きっと」
 穏やかな横顔。イルカは、なにかを思い出しているようだった。
 なるほど、ね。
 しみじみと、セキヤは思った。
 自分の命より大切なもの。それを、あんたは見つけたんだ。
 かなわないよな。それじゃ。
 セキヤは納得した。そいつが、イルカをこんなにも大きく、あたたかく育てた。自分が為しえなかったことをやったのだ。
 たいしたもんだよ、だれかさん。セキヤは心から、そう思った。
 イルカがこちらを見ている。やさしい瞳で。
「で、東依はねえ」
 先刻の話を続ける。
「ガツンと一発ぶんなぐって、あとはやりたい放題」
「……なんとなく、わかります」
「でしょ。芸がないったら」
 二人は笑った。
 東依は、不本意だったかもしれないが。




 夕刻。
 作戦は決行された。
 西方の砦はイルカの思惑通りに動き、任務は滞りなく完了した。同じころ、東雲の里に入っていた男たちもイルカの指示に従って情報を流し、こちらもまた、十分な成果を上げた。そして。



「ありがとうございました」
 村に戻ったイルカは、一同に頭を下げた。
「なーに。たいしたことじゃないって」
 強面の男が言った。
「そうそう。また、一緒にやろうぜ」
「あんたがいると、セキヤの財布のひもがゆるむからねえ」
「もう少し、いられないのかい。まじで、あしたっから粥や大根飯になりそうなんだけど」
 皆、口々に言う。イルカはすまなそうに、どうしても早く帰らねばならないのだと説明した。
「はいはい。もう、みんな、黒髪さんは疲れてるんだから、散って散って。あんまりしつこいと、あしたっから酒なしだよん」
 セキヤがイルカの腕を取って、言った。
「げっ。大根飯の上に、酒なし? そりゃないだろ」
「お客人、よーく覚えておきなよ。これがセキヤの本性なんだから」
「そ。俺たちにゃ厳しいのなんのって」
「黒髪さんにヘンなこと吹き込まないのよ」
 じろり、とセキヤ。
「事実だろうが」
 にやにやしながら、醍醐が口をはさむ。加煎はそ知らぬ顔で扇を揺らしていたが、心の中では同じことを考えているに違いない。
「醍醐ー。加煎の薬草粥、三日間、食べたい?」
「前言撤回。てめえら、余計なこと言うんじゃねえ」
 一同に向かって、すごむ。強面の男が、ひょいと肩をすぼめてうしろに下がった。
「今日はもう、お開きね。黒髪さん、朝にはここを発たなくちゃいけないから」
 セキヤはイルカの腰を引き寄せた。
「じゃ、ゆっくり名残りを惜しもうねー」
「……そうですね」
 見せつけるように寄り添って、二人は集会所をあとにした。一同はため息をついて、お開きどころか二次会が始まってしまった。新しい酒が配られる。みんな、明日から飲めなくなるかもしれないと思ってか、やたらとがぶ飲みをした。
「まったく、どんなふうに名残りを惜しんでいるのやら」
 杯を手に、加煎がぼそりと言った。醍醐はがぶ飲みのクチである。
「ふん。そろそろ限界だろうからな。『過ち』犯してるかもしれねえぞ」
「やめてくださいよ。私はセキヤがいちばん大事ですが、あの人のことも好きなんですから」
「俺もそうだよ」
「だったら、縁起でもないこと言わないでくださいね」
「縁起でもないって……」
「あの人が黙って手込めになると思いますか」
「……思わないね」
 醍醐は杯を置いた。
「もう『仕事』は終わったし」
「でしょ」
「おい……それって、めちゃくちゃまずくないか」
「まずいですよ」
 二人は顔を見合わせた。
「……様子、見に行くか」
「地獄の二丁目まで行くかもしれませんけどね」
「おまえと道連れじゃ、浮かばれねえな」
「お互いさまです」
 思いきり不毛な会話をしつつ、醍醐と加煎はセキヤの私室に向かった。





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